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ジャック・ニクラスを初めて見たのは1973年の全米オープンだった。それまでは伝聞や映像、記事、あるいは書物の中の知識としての情報でしかなかった。全米オープンの記者会見場で、僕は、ニクラスが座るテーブルの正面の最前列に座り、腕組みをして、さあ来い、という意気込みで待っていた。
ニクラスが席についた。次の瞬間の第一声のトーンを聴いて、僕は、一瞬呆気にとられた。甲高いトーンで、ニクラスというプロゴルファーのイメージとは、程遠かったからである。でも、大切な単語には鋭いイントネーションがあり、自分の意思の強さを伝えていた。 ゴールデンベア……金熊。ニクラスは、1940年オハイオ州コロンバスに生まれ、父親の影響でゴルフを始めた。 ニクラスに、ゴールデンベアという愛称の由来を聞いたことがある。 「よくその質問をされるんだけど、いくつかのストーリーがある。ひとつは、60年代の初めにオーストラリアの試合に出たときのこと。当時、私のマネジメントをしていたマーク・マコーマックが、記者やゴルフ関係者が集まった席で『ニクラスについてどう思いますか?』という質問をした。するとメルボルン・エイジ紙のスポーツ記者、ドン・ローレンスが『偉大なゲーム巧者。それでいて抱き締めたくなるようなゴールデンベアのようだ』と表現したことが広まったというもの。他にもオハイオの 高校時代のバスケット・チームのマスコット・ネームが、やはりゴールデンベアだったというのもある。いってみれば複合的にそういう言葉が生まれたわけです」 スポーツ万能で、中学時代には、バスケット、フットボール、野球のほかにトラック競技にも長けていた。高校時代からはその中からゴルフとバスケットボールに絞ったとニクラスはいう。
名設計家ドナルド・ロスがデザインしたサイオト・カントリークラブでゴルフを覚え、記録によると、10歳で父親に連れられてゴルフを始めて数カ月後にはハーフで51を出し、1年後にはラウンドで81。その秋には74というスコアを出している。 12歳から5年連続でオハイオ州ジュニア選手権に優勝。13歳のときに69のスコアをマーク。19歳で全米アマチュア選手権優勝と、その溢れる才能は幼い頃から際立っていた。 次回「第2回 自ら描いた肉体と精神の放物線」につづく
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