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“どうなる?” 日本のゴルフ界! トップアマチュア対談 阪田哲男VS尾家清孝 後編
2006/07/26
日本のゴルフ界がより成熟するためには

WG 昨年9月に「アジア太平洋アマ選手権」(*3)が成田ゴルフ倶楽部で、10月には軽井沢ゴルフ倶楽部で35年ぶりに復活なった「アマ東西対抗」(*4)が開催されました。日本のアマチュアゴルフが熱くなる予感がするんですが・・・。

*3:ノムラカップアジア太平洋アマチュアゴルフチーム選手権

1963年、フィリピンで日本、台湾の3か国で第1回が開催されたアジアカップが前身。77年には、オーストラリア、ニュージーランド、パプアニューギニアがアジア太平洋ゴルフ連盟(APGC)に加盟したことを受け、現在の大会名称になった。冠のノムラは、大会創設時JGAの副会長で、戦前戦後を通じてゴルフの国際交流事業に多大な貢献を寄せた野村駿吉氏の偉業を讃えるもの。日本は初代チャンピオンとなって以来8度のチーム優勝があるが91年からは遠ざかっている。阪田はこれまでに8回、尾家は4回出場。写真は昨年日本で開催された第22回大会の日本代表、池田勇太、伊藤勇気、岩井亮麿、額賀辰徳とキャプテンの浅川竜彦。

阪田 残念ながら、僕にはそうは思えませんね。1965年の第2回アジア・アマ以来、実に30年ぶりの自国開催だったというのに、注目したのはごく一部の関係者のみ。海外なら開催中は新聞のトップページで毎日報道されるイベントなんです。僕らが海外に行ったときは、常にその国のベストシーズンに最高のコースで開催されていることが実感できたし、マスコミの報道姿勢にも大会の歴史や意義を伝える熱意が感じられた。それに比べると、はっきりいって、今回の日本での開催は失敗でした。

尾家 70年代から80年代にかけて、日本のゴルフ界は一段と層が厚くなって、84年に香港で開催された「世界アマ」では阪田さんと、加藤(一彦)さん、木村(憲明)さん、それに僕が出場して初めて優勝することができました。それも1958年の第1回大会(英国)から先輩たちがずっと出場して、その経験や知識を僕らに伝えてくれたという蓄積があったからこそです。今でもよく覚えているのは、香港でプレー後に必死で練習していると、阪田さんがやって来て「すぐ帰るぞ」とコースから連れ出されたことです。

阪田 だって、いまさら練習してどうなるものでもないだろう(笑)。

*4:鍋島杯アマチュア東西対抗競技

昭和2年(1927年)に始まった日本ゴルフ協会の「東西対抗戦」は、太平洋戦争中の中止期を除いて70年まで公式競技として開催されてきた。しかし、ゴルフブームの隆盛とともに、JGAが全国8地区に区分され連盟が分立されたため、東西の大別で行う大会存続の意味が薄れ廃止された。今回、過去の「東西対抗」への出場経験のない阪田が幹事役となり、敬愛する鍋島氏の名前を冠に非公式競技として復活させた。東西各12名の選手がダブルス、シングルスで対戦する試合形式は伝統通り。昨年は東軍が22対14で西軍を下す結果となった。

尾家 そんなことより、コース外でも積極的にゴルフを通じた国際交流を図ったり、その国のゴルフ事情、歴史や伝統といったものを吸収することが大切だと教えられました。それと、「明日は朝8時集合」という場合、7時45分には現場に着いていないと、置いて行かれちゃうことがある(笑)という“阪田イズム”のことも知りました。

阪田 それも、食事と挨拶の仕方を教えてくれた“鍋島さん流”ですよ。

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