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初優勝よりも2勝目を挙げる方が難しい、といわれる。UBS日本ゴルフツアー選手権に優勝した高橋竜彦にとっても苦難の末の2勝目であった。トーナメントリーダーで迎えた最終日、落ち着いたプレーを続けていたように見えたが、その実、スタート前は緊張で震えていたという。その緊張を一気にときほぐしてくれたのが2番ホールのセカンドショット。この1打には、どんな意味があったのか。 ロッカールームで襲われていた不安
あと1日。18ホールのプレーで念願のツアー2勝目を手にすることができる。最終日のクラブハウス。高橋はロッカールームから、なかなか外に足を踏み出せないでいた。 「このまま練習場に行っても、ボールに当たらないのじゃないか。3日目までは、いいプレーができて優勝のチャンスではあるけど、ここからの1日でボロボロになるのじゃないか。頭の中は不安でいっぱい。心の中は、プレッシャーでいっぱい。とても平常心でスターティングティには立てない。でも、準備しなければならない。完全に浮き足立っていました」 一歩を踏み出せたのは、そんな葛藤の末だった。ふと気がついたのだ。いま、どんな状態でいるのか、ちゃんと把握できているじゃないか。そう、これが、自分なんだ。全てを受け入れて、その上でできるだけのことをやる。ちょっと、気持ちが楽になっていた。 1番ティ。名前を呼ばれ、ギャラリーに紹介されて、大きな拍手が聞こえた。また、心がほぐれた。集中力が湧いてきた。最終日の第1打は、フェアウェイをとらえることができた。 2番ホールの第2打はインテンショナルスライス
2番ホールのティショットも、フェアウェイ。落下点は見えなかったが、狙ったラインに打ち出せた。最終組は、32歳の中堅・高橋とベテラン中嶋常幸、若手の宮里優作という取り合わせだった。中嶋は、50歳を迎えて、なお勝利への炎を燃やし続けていた。フェアウェイに10メートルほどの間隔でタテに並んだ2つの球。 「僕と、中嶋さんのボールであることは分かりました。僕は、ついているなって思いながら、手前のボールに歩み寄っていきました。2つのボールとも、ピンを狙うラインを松の木がさえぎっていたのです。それでも、後ろのボールの方が、邪魔になる枝から離れている分、高い球を打てばストレートに狙いやすかった。中嶋さんとは、3日目も同じ組で、僕よりも飛ばしますからね。当然、僕のボールが、手前だと思っていたのです。ところが、確認すると、逆でした。松に近い方が僕のボールだったのです。参りました」
松の枝の左からスライスをかけないとピンは狙えない。高橋の戸惑いは、そこにあった。もともとが、あおり気味のスウィングでヘッドが下から入る傾向があった。フックボールなら得意だった。ところが、ここ一番でショットのコントロールが乱れてしまう。もっとボールを上からとらえて、フェードボールを持ち球にしたい。その思いが、3年前にティーチングプロ(堀尾研二)と契約させた。スウィング改造、ショットの切り替えがテーマで、昨年のアイフル・カップでのツアー初優勝は、間違いなくその成果であった。シード権も手に入れた。ところが、今季は開幕戦から連続予選落ち。その後も26位が最高成績と低迷していた。油断ではない。慢心でもない。オフにはむしろ、これまで以上に練習した。 「いま思えば、球数は打ちましたけど、ボールを上からとらえて、フェード系の弾道にするというテーマが、ちょっとおろそかになっていました。昔のクセが顔を出していたのですね」 これが、低迷の技術的な原因であった。そして、焦り。シード選手は、試合出場を保証されるが、生活まで保証されるわけではない。昨年3月に女子プロの牛渡葉月と結婚している。早く結果を出したい……。焦りで、自分を見失ってもいた。 さて、2番ホールの第2打である。5番アイアンで狙いどおりのスライスボールが打てた。しかも、球はピンそばについた。バーディという結果よりも、再テーマとして取り組んできたスウィングができた。ショットが打てた。 「あれで、本当に落ち着けました。最終日の優勝争いの中で、このスウィングができ、このショットを打てるのなら、いけるのじゃないかって、みるみる自信がみなぎってきたのです。朝のロッカールームでの不安やプレッシャーなんて、どこかに吹き飛んでいきました」 |
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