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「ゴルフというぬかるみの中で足をとられ、気づいてみたら顎のあたりまで、どっぷりとつかっていた感じです。実は今でも青木さんに会うと、必ず冷やかされるんです。『マサ、すぐゴルフやめるって言ってたよな。まだやってるのかあ、それがシニアに行くってか?!』」青木功プロの口調をマネて、彼は声をたてて自分を笑った。確かにプロゴルフ界に長くいる人生設計ではなかったからだ。 「実は僕は大学を出て、アメリカへ留学した後、家業の料亭を継いでいたんです。命じられていた時間、朝から晩まで店にいて、一日の仕事を終えて眠る時間を削って練習した。それで中四国オープンで優勝したら、親のスネを噛ってのゴルフ三昧。だから優勝したって当り前だと言われたんですよ」 寝ないで練習していれば、プロは凄いと言われるのに、アマチュアだとどんなに努力しても道楽息子か? それが世の中ならば……プロになるしかないと思ったという。 「プロになって稼げるだけ稼いだら、さっさとやめよう。プロは言葉遣いも荒いし、着ている物もチンピラみたいで水が合わない……そう思っていたはずなのに」 時間がたつうちに、純粋な少年のような心をもつゴルファーの集団をしみじみ愛しいと思うようになっていった。 だからこそ協会の仕事にも心血を注いだ。それはゴルフ界の整備というような細かな仕事だった。 ![]() 「野球は、隔離された中でするスポーツでしょ。例えるならば、動物と動物の闘いを観衆はオリの外からながめている。オリの中のことは中のことで、外の世界とは別なもの。ところがゴルフは違う。極端な場合は、プレーヤーの10センチ脇に、ギャラリーが立つ」 同一平面上で息遣いまでも共有するスポーツだからこそ、特殊な摩擦も生じてしまう。 「プロはプレーするのに必死だから、ギャラリーに向かって『うるさい、静かにしろ!』とストレートな感情をぶつけてしまったりして、観衆とプレーヤーの間に修復不可能なミゾが出来たりもするスポーツなんです」 観衆とプレーヤー、また、スポンサーと観衆の間の懸け橋として、野球の古田敦也選手以上の活動を彼は地道に続けてきた。 「一般社会で生きにくい異端児だから、プロの世界を選んだという側面はあるとしても、虚勢を張るのは、プレーヤー同士だけにしないと、世の中でゴルファーは通用しない」 |
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