we're golfers>>TOPへ

”ポパイ”がシニアになる日
文●長田渚左
写真●藤巻剛、北川外志廣

2005/09/09

 彼はゴルフの生命線を繋ぎとめるために手術にふみきった。8時間にも及ぶ大手術だった。そしてようやくコースに出られる肉体を取りもどした。「芝生の上で風に吹かれると、生きている喜びに浸りました。但し人間は現金なもので、試合に出られるようになると闘争心が漲って、あっという間に昔の自分の気分にもどったんです」

 なーんだ、大病しても自分は全然かわらないと思う妙な安心感をもつ一方で、人間の意志とは別のところで生かされているという不思議な思いも強くなったという。やがてゴルフの神様からギフトを賜わるような瞬間に見舞われた。
「中嶋さんも青木さんも、尾崎さんですらやったことのない、しかもニクラスもワトソンもタイガーすら達成しえなかったスコア記録での優勝。しかも44歳で生命を危ぶまれるほどの手術をした、48歳のロートルが、あんなことになっちゃったんです」

 アコムインターナショナルで日本ツアー最少新記録”59“をマーク、しかも7連続バーディというツアータイ記録の達成だった。
「あれもまた違った意味でのキツネにつままれた気分でした。スポーツというのは、その人間のピーク時において最高のパフォーマンスが出るものでしょ。僕のピークは20代の後半から30代前半だったはずなのに……」

生きる道標としてのこれからのゴルフ

 デビューしたての頃の彼は、スキューバもテニスもスキーも好き、別にゴルフは僕のすべてではないと語っていた。20代、30代、40代……とゴルフをやり続けるうちに、ゴルフへの思いは変化したのか?

倉本昌弘

次回9/16更新につづく
前のページへ1ページへ2ページ
セカンドステージ