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全てを奪おうとした病魔との闘い

単なる1勝ではない優勝の重さ

 2005年7月。日本ゴルフツアー選手権。最終日。細川は、首位のデビッド・スメイルに2打遅れてスタートした。2番ホールでいきなりバーディ。6番ホールでバーディ。そして7番ホールでボギーとし、アウトを1アンダーでターンした。

 「自分の中では、焦らず、まずパーをしっかりととっていこうと思いました。セッティングも難しかったし、焦ってバーディを獲りに行ってボギーを叩くよりも、しっかりとパーを獲りにいき、チャンスがあれば……という感じでした」

全てを奪おうとした病魔との闘い

 名物ホール。17番ホール、470ヤード、パー4。グリーン手前に池があり、第2打は左足下がりという難しいセッティングになる。そこで細川は、難しい3メートルのパーパットを見事沈めて、スメイルを捕らえた。そしてスメイル、今野康晴と3人のプレーオフ。1ホール目。細川は第1打をバンカー。しかし見事なパーセーブ。全員がパーを死守して2ホール目に突入した。細川はフェアウェイセンターにナイスショットし、ほかの2人は、フェアウェイを外した。ここで着実にパーをセーブした細川が、地元で悲願の優勝を遂げた。

 「僕にとって、この優勝は単なる1勝ではないんです。貴重な、大切な、そしてほんとに起死回生の勝利なんです」

 細川和彦は、そう言った。

 いつだったか父親・和男さんからこんな言葉を聞いたことがある。和男さんの好きな言葉だと言っていた。

  一年先を見る人は、花を見る。
  二年先を見る人は、樹を見る。
  三年先を見る人は、人を見る。

 細川家にとって、3年9カ月ぶりに味わった家族の喜びだった。

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