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人間は、物事に反応して動揺する。だからいつも同じ精神的状態で打てない。 「目から入ってくる情報、耳から入ってくる情報……そういう物事に全て反応し、動揺するから、うまくいかないんだよ。愚かな判断もしてしまうんだよ。だから常に自分の心の中にショックを吸収するショックアブソーバーを持っていないといけない。その精神的過剰反応を制御できるようになれば、もっと上手になれる。そのひとつが経験であり、練習だし、そして心の持ちようなんだから」 中部さんがよくそう言っていたことを思い出す。 あるがままに打てという言葉は、もちろんライであるとか、ボールの置かれている状況に対して、そのまま打てという意味である。けれども、それを自分の心のうちに置き換えると、的確な判断で、その置かれている状況のそれ以上でもなく、それ以下でもない、ありのままを受け入れて対処すべきだ、ということだと思う。 作為のない無為の心。そして自然体でいられる自分自身のありようが、あるがままに打てということだと思うのだ。 球聖ボビー・ジョーンズは、自著の中でこんな言葉を残している。 「ゴルフでは1回に1打しか打てないという当然なことを、私は年月をかけて学んだ」 そして、 「スタンスをとってから、球の行方を心配しても遅すぎる。構えたら、もうボールを打つしかないのだ」 それが無為自然という心境なのだろう。
みたむら しょうほう●立正大学仏教学部卒業。ゴルフ週刊誌副編集長を経て、1977年フリーランスのゴルフジャーナリストとなる。国内外のトーナメント取材経験が豊富で、4大メジャーは26年連続で現地取材を続けるベテラン。95年米国でスポーツライター・ホールオブフェイム、96年第1回ジョニーウォーカー・ゴルフジャーナリスト賞優秀記事賞を受賞。主な著書に「タイガー・ウッズ—伝説の序章(青山出版社)」「伝説創生—タイガー・ウッズ神童の旅立ち(中央公論社)」など。
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