we're golfers>>TOPへ
「中部銀次郎 ライフインパクト」自伝(全46回シリーズ)
第7回 恥ずかしがり屋でデパート通い(2)
文●三田村 昌鳳

2006/04/26

 確かに、これは一例である。

 しかし、私はこれに似た努力は決して忘れなかった。私のよく知っているある新聞記者がいる。いつだったか私はその人と話して、同じような“努力”をしていたと思った。彼は、小学校の頃から新聞記者になりたいと思っていたそうである。だから彼は、努力をした。勿論、幼い考えでの努力であったかも知れないが、彼は自分がまだ幼いということをよく知っていた。だから、その本質は追えないから、サイドから勉強した。

 まず彼は、毎日何処へ行くにも、必ず右の胸のポケットに手帳とエンピツを入れて出歩いた。何かがあったら、すぐにそれに書くことを心がけた。次に、彼は、人間的にタフになろうと考えた。例えば、何処でも平気で熟睡できなくては新聞記者はつとまらないと考えて、ちゃんとふとんがあるのに、ソファで寝たりコタツで寝たり。この例をあげれば切りがないのだが、一見滑稽にも見えるこのことが、今、彼を大変楽にさせているということだ。どんな場面に自分が置かれても焦ることがないという。

 私も実際、それとそっくりのことをしていたのだった。ゴルフの本を読みあさったことにしても、デパート通いをしたことにしても、そして、親父と一緒にプレーして教わったこと、技術がどうのではなく、ゴルフとはこんなものなんだという“ゴルフィング”が、まさにそうであった。100メートルのランナーは、その100メートルを9秒台で走ることを目指しての練習に、平気で毎日何万メートル走るという。だから中距離ランナーが、マラソンに出場してあっという間に優勝してしまうことがあるそうだ。ゴルフだからいいボールが打てればいいというより飛べばいい、ただ入ればいいといった、何かその場限りの刹那的なものの考え方をしていては、ゴルフの本質も知らなければ、壁につき当たってもすぐにこなごなになってしまうに違いない。

 その見えない部分の努力や、力。それが空を飛ぶボールにきっと見えるはずである。よくキャリアという言葉が使われるが、そのキャリアという中に、そんなことが含まれているような気がする。

 私は今でも、1番ティ・グラウンドにあがると足がふるえる思いがするのは変わらないが、少なくとも、その当時よりははるかによくなっているし、見た目には震えがわからないであろう。これもデパート通いのたまものだったのだろうか。

 スライス病という大きな病をひっさげて、私は小学校を卒業した。そして、その春、明陵中学校に入学したのである。中学に入っても、土曜日の午後、そして日曜日とゴルフの時間は、変わらなかった。学校の成績は、相変わらず数学と体育は得意でなかった。しかし、年が経つにつれて、小さな身体に、わずかながらだんだんと子供から少年の輪郭が見えるようになって来たのは事実だった。

 その頃である。私は、3人の人にスライスについて、もう一度徹底的に追求しようと思って話を聞きに行ったのであった。スライスについては、今までに、およそ8人の人に教えを乞いに行ったのだった。

セカンドステージ