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親父は、その上で厳しかった。 小学生の私は、スコアが悪かったり、ミス・ショットをすると、すぐにその怒りが表面に出る。 「お前は、すぐ悪いとブスッとする」 と叱られた。叱られることが多かった。ミスすればすぐにかんしゃくを起こす。クラブを放り投げたこともあった。さすがの親父も「もうゴルフを止めて家へ帰れ」とどなりつけた。 そんな日々を送ったお陰で、私は公式競技に出はじめてから、その面では誰にも負けることはなかった。純粋にゴルフを考えて、ゴルフ、ゴルフィングというものが何であるか。そしてアマチュアということが何を意味するものなのか。ということを。 厳しい環境のもとで学んだものは、それが違和感なく、当然のものとして受けとめられた。そして、そのことが、いまでも、例えば“セルフ・コントロール”に大変役立っているし、ルールにしても……らしき行為をすることもない。いま私がプレーをしていると、また、プレーを見ると恐いほど“らしき行為”が多いのは非常に残念でならない。スコアさえ良ければいい。結果のスコアが、最優先される。これでは、ゴルフの楽しさも、いや、ゴルフではなくなってしまうような気がしてならない。 ゴルフとは、スコアを云々することだけではないのだ。すべてマスターした上で、アマチュア・ゴルファーと呼ばれるものになるのではないだろうか。 私のゴルフが上達したのは、単に技術だけの向上でもなかった。特に、当時はマッチ・プレーが主流で、その勝負のかけひきを覚えることで“ゴルフィング”の向上に役立った。 ![]() ——さて、ハンディキャップ20からの脱出で、私はいろいろなトレーニングも試みたし、私の意識とは関係なく強いられたこともあった。 ひとつはゴルフの本を読みあさった。サム・スニード、ケン・ベンチュリ—、ジャック・バーグ・ジュニア。彼ら名手のスウィングを眼光紙背に徹するかのように毎日眺めた。勿論、その頃の私に真似できるなんて思ってもいなかった。スニードを見ては「美しいな」と思っていたのである。ただ頭の中には焼きついていた。 そんな「うまくなりたい」という気持ちだけでゴルフをしていた私に、小学校5、6年頃、マスコミが「小学生がゴルフを、しかもハンディ20」などと取り上げはじめて騒がしくなったのである。やはり当時としては、小学生がゴルフをするというのは考えられなかったことらしい。私が、かっこうの“エジキ”?になったのかも知れない。 しかし、その取り上げ方が(私の考え過ぎかも知れないが)ちょっと素直でなかったように思う。 年が経つにつれて、それが私とマスコミの戦いになって行ったのである。が、それは同時に、私をより発奮させ、優勝の数を増やしてくれたとも言える。 |
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