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私は、凝り性だった。 しかし、私のそれは、熱し易く冷め易いというものだった。そんな私に、家では親心の“おしきせ”のけい古ごとを習わせた。ピアノ、バイオリン、トランペット……。でも、本来“おしきせ”のものは、自ら簡単に厭きて しまうもので、いくら誰がなんと言おうが“つまらない”と思ったら終わりである。 「ピアノに行ってきます」と家を出てはほかへ行って遊んでしまう。一歩家を出れば今と違って遊ぶものにことかかなかったのである。だからおしきせのけい古ごとなどに見向きもしないというのは当然だった。 ゴルフは、どうだったか。 これはもう、面白くて仕方がなかった。毎土、日曜日が来るのを指折り数えていたのである。興味があった。だから自然、意欲が湧く。面白い、うまくなりたい。これが私を上達させたのではないだろうか。 では、なぜ面白いと思ったのか。それは、いくらやっても厭きないのである。厭きっぽい私がゴルフだけはそうでなかった。今から思えば、興味と同時に、ゴルフというものが、自分のものになかなかできずらいものだったからである。すぐに“壁”にぶつかる。ひとつ壁を破ると休む間もなくまた次の新たな壁が私の前にどっかとそびえ立つ。こんなに手こずるものはなかった。 ハンディキャップが20になって、ちょっとゴルフが足踏みしたのは、スライスしか打てないということ、そしてイージー・ミスが出ることだった。イージー・ミスは、ダフリ、トップというミス・ショットのチェックでかなりの効果をあげた。これは翌週のラウンドに対しても、ひとつでも少なくしようという気持をもって、予習復習になった。 このひとつのバロメーターが、結果的に、かなり進歩を助長する原因になったことは確かである。 ![]() さて、スライス・ボールに対する悩みが問題だ。誰に聞いても直らなかった。「なす術はなし」と諦めて、ティ・グラウンドでは右側ぎりぎりに立って、アドレスは完全に左を向いて打つ。ボールは良くてフェアウェイ・センター、だいたいフェアウェイ右側や右側ラフだった。どんなショットでも同じだった。それでもなんとかスコアが100を切れたのはパットがよかったからだろうか。 スライスが出ていた原因は、大きくふたつあったと思う。 ひとつは体力的問題だ。中でもひ弱だった私の身体は、ボールをまっすぐ飛ばせるものではなかったのである。実際、小学校を過ぎて中学校の終わりから高校にかけて、体力がついたことでスライスの限度を柔らげたのである。その頃、やっとスライスらしいスライスが出るようになったのである。それまでの私は、スライスといっても、まだ到底スライス・ボールと言えるほどのものでなかったのである。 |
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