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「中部銀次郎 ライフインパクト」自伝(全46回シリーズ)
第4回 人間不信で内向的に(1)
文●三田村 昌鳳
この連載は昭和48年「週刊アサヒゴルフ」に掲載したものです。

2005/10/21

 桟橋まで歩いて7〜8分。そこからフェリーに乗って20分。バスで40分行くとゴルフ場に着く、土曜日。学校が終わるとすぐ出かけ、日曜日は朝から出る。親父が松ヵ江GCの会員にしてくれた。

  小学校6年のときである。小学校がメンバーになったということで周囲にはいろいろな反応があったらしい。でも私はそんな反応よりも、早くうまくなりたいという気持でいっぱいだった。

 その頃である。近所の友だちと野球をしていて、私は友人の打ったバットの先にあたって大ケガをしたのだった。「あとほんの0.5ミリ下にあたっていたら命の保障はなかった」と後に医者に言われたのである。バットがあたったのは、両目の間、眉間であった。とんだところで命拾いしたものだった。

 私は、腕白だった。とにかく負けるのが嫌いで、よく2歳上の次兄とケンカをしては母親に叱られたものだ。あるときには、次兄の幸次郎のもっている白いゴルフ・シューズが欲しくてたまらなくなって、ついには兄貴とケンカして腕をネンザさせるほどだった。

 腕白で、少なくともゴルフを始めるまでは活発な子供であったと思う。独りでいるのが好きといっても、それほどの“変人”ではなく、当たり前の子供だった。ところが、私の性格が、だんだん内向的になり、次第にほとんど他人(ひと)とは口を聞かなくなったのは、何故だろうか。

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セカンドステージ