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「中部銀次郎 ライフインパクト」自伝(全46回シリーズ)
第3回 持病解消のために始めたゴルフ (2)
文●三田村 昌鳳
この連載は昭和48年「週刊アサヒゴルフ」に掲載したものです。

2005/10/14

 兄姉は、11歳上の長男一次郎。2つ違いの次男幸次郎。そして姉。私は末っ子だった。すでに兄たちは、ゴルフを始めていた。私のゴルフに対する意識は、それまでクラブは見ていたが、単にそれだけのものだった。

  ドライバーを杖がわりに18ホールズを歩かされて、コースの雰囲気とゴルフ、そして1本のクラブに何となく興味をもちはじめたのである。

 年がかわって、小学校4年に進学した私は、区域転校で名池小学校になった。算数と体育がいちばん成績が悪かった。学校はそんなに好きでなかった。帰ると今までの野球と屋根登りのほかに、“ゴルフの遊び”が私のリストの中に入って来たのである。

 「こんなに面白いものはあるだろうか」

 親父が、私に子供用につくり直したクラブをプレゼントしてくれたのは、その頃である。ウィーク・エンドはゴルフの日々になったのである。そのクラブは、子供用といってもちゃんとドライバー、スプーン、そして3番アイアンから9番アイアンまでとパターがあった。

 週2回の練習は、ほとんどコースだった。親父たちについてラウンドのお伴をしたり、たいていはコースにある練習場でボール打ちに専念していたのである。

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セカンドステージ