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そんな、私の《トリプル・ショック》からの後遺症は、逆に、日本に戻ってから意外に早く取り除くことができたのである。
よく《井の中の蛙……》という言葉がある。私は、素直に《井の中》におさまらざるをえないような気持ちだった。
ニクラスは、その翌年。1961年の秋にプロに転向した。アマチュアとして獲るべきタイトルをすべて手中にして、まず第一の《ゴール》に辿りついたのであろうか。いや、私には、はっきり何故プロ転向したか今でもわからない。お金? それだけではないだろう。それは、それから12年後、ニクラス来日の際に、テレビ撮影のために、横浜カントリーで一緒にプレーした、そのときの印象では、あ、いまだにニクラスは、アマチュア精神をもったままでいる。と感じたからだ。プロになって、数々のタイトルもとり、財産もある、そのニクラスを見て、全くそう感じられたのである。だが、何故プロ転向したかという本当の理由については、彼自身の口から、はっきりと聞いてみたい気持ちは、ある。
プロ転向して、翌62年からツアーに参加したニクラスが、その年の全米オープンで、プロ転向初勝利をあげたのである。こんなところにも、ニクラスの大きさがうかがわれた。
何もかも土壌が違うということについては、またあとで触れるが、そんな大海をまのあたりに見て、その中で体験し、自分のみじめさを知って、井の中、つまり日本の中に帰らざるをえなかった。
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