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第1回 ボビー・ジョーンズとの出会い

2005/09/09

 老人は、下からジロリと私を見あげ、おもむろにサインを始めた。

 見ると右手に持っているペンは、握りこぶしの中にすっぽりと入って、ペン先と頭だけが外側に出ているだけだった。その手は、不安定に揺れていた。数年前から下半身が不自由で車椅子との生活をしていたのである。大男たちや、私も、この“老人”にサインをもらうために1時間近く並んでいたのだ。

 不安定に揺れながらも、ていねいにサインし終わると、老人は静かにペンをテーブルに落として、私の前に右手をさしのべてくれたのである。そのとき、私のてのひらは汗でびっしょり濡れていた。

 思わず、急いで右手を何度も何度もズボンにこすりつけていた。

 私は、この感動的なシーンのために、興奮でふるえている手をそっと老人の右手に合わせたのである。私にとって生涯貴重なる握手だった。老人は、これをひとりひとりに繰り返していたのだ。

 不安定に揺れた手で書かれた文字は、到底辿りつくことのできない雲上の人―“ボビー・ジョーンズ”のサインだったのである。感激というには余りにもその文字が易しすぎる。しかし、私は、老いたジョーンズをまのあたりに見て、そこから私が立ち去るとき“ゴルフを止めたい”という気持ちにかられたのは、何故だろうか。偉大すぎるのだ。そして、自分が余りにも貧弱すぎるのだ。そのときジョーンズは、57歳だった。その年にしては老けている。気性の激しい性格。その彼が“完璧”という言葉に執着して求めたものは、何であったろうか。

 生涯追い求めたゴールを終えてすでに30年経っていた。

 その老人ジョーンズの姿が、悲しくて仕方がなかった。

 1960年米国ペンシルバニア州アードモア。

 メリオン・ゴルフクラブ。

 第2回アイゼンハワー杯(現世界アマ)最終日10月1日のことだった――。

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