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潮流を生み出した先駆者達
“本格派”の流れを継承する競技志向へのこだわり
2005/11/02
ミズノプロシリーズ

 日本におけるゴルフクラブ製造の歴史は、欧米に比べ非常に浅い。とはいえ、戦前からクラブを造り続けてきたのはミズノだけである。中でもミズノのクラブとして、多くのゴルファーから認知されているのが、本格派ともいえる競技志向へのこだわり。創業100年を来年に控える今、その歴史を紐解いてみよう。

 ミズノがゴルフ事業に参入したのは1931年のこと。当時、日本にはゴルフクラブメーカーがなく、ミズノもウイルソンの代理店としてゴルフ事業のスタートを切る。

だが翌年。ミズノは国産クラブの第1号となるスターラインをすぐさま発売。その後、トーナメント、ハイパワー、センターバランスといったモデルを次々に発売し、現在のような多様なゴルファーニーズに対応するラインナップを揃えていった。

 だが、世界情勢が混沌とする中、第二次世界大戦が勃発。ミズノのゴルフ事業も当然その流れが途絶えることとなる。

 戦後の復興が進むようになると、1950年ごろからクラブ生産を再開。その翌年からは、次々に新しいモデルを発表している。そして、57年には霞が関CCで開催されたカナダカップにおいて、中村寅吉・小野光一の日本チームが見事優勝。日本における第一次ゴルフブームが到来することとなる。

 するとミズノは、当時としては廉価なマスターフラッグを58年に発売。これにより、ゴルフの大衆化に拍車をかけ、ゴルフを身近なスポーツへと変貌させていった。

 その後。ゴルフの競技人口は大きく増加するとともに、嗜好の変化に伴ってゴルファーのクラブに求めるスタイルにも大きな変化が現れてくる。上級者・アベレージ層・エントリーモデルとスキルにマッチした商品ラインナップがメーカーに要求されるようになり、ミズノでも様々なコンセプトを元に幅広いブランドを展開するようになる。

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