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ニシン漁、石炭。
街のそこここにいまも残る、海運の栄華。
小樽はニシン漁の港だった。銭函の海岸には産卵のためによってきたニシンがひしめき、手づかみでも捕れ、それがそのまま現金になった……「銭函」の名の由来はそこにあるという。
ニシン御殿は、やん衆と呼ばれる東北からの出稼ぎ漁師が待機する番所で、三大網元のひとつ白取家の番屋はいま郷土料理『群来陣(くきじん)』となって、最古の建造物の面影をとどめている。そこの主人・干場豊さんはこう説明した。
「明治から大正にかけ、春先の一カ月ほどで、いまでいえば5億円くらいを稼いだらしいです。群れがきたら昼夜を問わずに働きますから、若い漁師じゃないともたないでしょう。血の気は多いし、喧嘩もあったようですね……」と、干場さんは奥の隠れ部屋をあけて牢屋のカギ受けを指さした。

運河に沿って石畳の歩道が続き、格好の散策コースに。
残された倉庫群はレストランやカフェなどとして再利用されている。
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