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日本最古のリンクスコースとノスタルジック旅紀行
小樽を旅する-第2回「日本のセントアンドリュースに」
文●武田 薫
写真●北川 外志廣

2005/10/14

 「新コースは、いまでは本州からのツアーの方がかなりお見えになっています」と話してくれたのは野辺地支配人だ。

 新コースの完成は昭和49年である。

 「ツアーのお客さんのなかには、旧コースでプレーしたいという方もいらっしゃいます。旧コースができたのは昭和3年、初め3ホールだったものが、すぐ6ホール、1年後の昭和4年にはいまの9ホールになっています。その早さ、当時の小樽の情熱のようなものを感じますね」

 新コースの1番ティの脇に三角屋根の小さな休憩所がある。旧コースの二代目のクラブハウスを移築したもので、屋根にZCCと染めぬかれた旗が翩翻とたなびいていた。

 野辺地さんの案内で旧コースを歩くと、初心者らしいグループの嬌声が強い海風に運ばれてきた。

 現在のクラブハウス付近は競馬場だったという。その観覧席の裏で支配人は育ち、敷地の隅に馬頭観音が祭られているのもそのためだった。

 「子どものころの印象として、ゴルフは恐ろしいと思っていました。ゴルファーはみな、外車や750㏄の大型オートバイで乗りつけるんです。子どもたちは自分の家の前で遊べなかった」

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