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環境問題と共に歩んだ自動車業界30余年の歴史

それまで幾度となく訪れた日本の自動車メーカーの危機は、技術者が一丸となって努力したことでなんとか乗り越えてきた。例えば環境問題では、1970年代初頭に話題となった米国の「マスキー法」を挙げることができる。

「マスキー法」とは、米国で1970年12月に改訂された大気汚染防止のための法律のこと。世界最大の自動車大国である米国自らが、それまでの自動車の排気ガスに対して大幅に厳しい排出規制をかけたのである(特に窒素酸化物については、当時、世界でもっとも厳しい排気ガス規制法といわれた)。その結果、世界の自動車メーカーはかつてない排気ガス規制対策に直面した。

しかしこのとき、日本の自動車メーカーはこの厳しい基準をどこよりも早く解決した(具体的にはホンダがCVCCエンジンによってクリアした)。さらに日本の行政は、米国のそうした規制をにらんで日本にも厳しい規制を設け、各自動車メーカーに排気ガス対策の新たな技術開発を促したのである。

排気ガス規制の問題が一段落する前に、新たなる問題が到来した。1973年ころから始まった、いわゆる「オイルショック」だ。日本では、このころから自動車のエンジンの燃費を大幅に改善する基本的な技術革新が研究開発されていたわけだ。このように、マスキー法とオイルショックを乗り切った日本の自動車メーカーは、環境技術でも世界をリードできる“資質”を備え始めたのであった。

1990年代初頭には、地球温暖化問題が持ち上がる。石油の枯渇というエネルギーシステムの根本問題と合わせて、さらに自動車産業はかつてないほど大きな危機に直面したのである。

トヨタでは、1995年に奥田碩氏(現・取締役相談役)が社長に就任すると、それまで続けられてきた「G21」計画が大幅に見直されることになった。「G21」とは、21世紀の自動車を作るという崇高なプロジェクトであり、当初は「1.5倍の燃費向上計画」が進められていた。

しかし、奥田社長はそれまでの1.5倍という燃費向上計画を大幅に上回る「2倍の燃費」を目指すよう命じたのであった。「安全と環境で世界をリードする」という90年代のトヨタの戦略は驚くべき勢いで進められていた。

奥田社長の命を受けた開発指揮者の和田明広副社長(当時)は、担当者だったチーフエンジニアの内山田竹志氏(現・副社長)に「(従来と比べて)2倍の燃費」という目標値だけを指示し、具体的な手段は示さなかった。担当部門内ではリーンバーン型のガソリン直噴エンジンなどの従来技術も検討されたが、内山田氏は「燃費を2倍とする技術はハイブリッドしかない」と、覚悟したといわれている。

そしてハイブリッドの具体的な開発が始まったのは1995年。それまでハイブリッドを研究していたのはEV技術部門(電気自動車開発)であったが、具体的な製品計画が決定されると、「G21」計画と合体し、トヨタは総力を挙げてプリウスの開発にリソースを集中させた。

こうした結果、1997年にプリウスが誕生することになったが、その背景にはいくつかの出来事が影響している。箇条書きにすると、

●京都議定書が採択されたこと
●「G21」という未来を見すえた技術開発が行われていたこと
●米国カリフォルニア州の「ZEV法」(ゼロ・エミッション・ビークル法)のおかげで、EV(電気自動車)を開発していたこと

などである。

こうした事象が“折り重なって”プリウスが誕生することになった。自動車の未来へ向けたあらゆる可能性を研究しているトヨタの真の強さをあらためて感じることができるだろう。そして何よりも技術者の気持ちを動かしているのは、「世界一になる」という強い意志なのである。

プリウスが与えたインパクトは、実際のマーケットよりもライバルの自動車メーカーの方が大きかったようだ。例えばプリウス・デビューの2年後、東京モーターショーで会った欧州フォードのリチャード・パリー=ジョーンズ開発担当副社長は、「プリウスは買って、乗って、レントゲンまで撮りました」と言うくらい、多いに興味を持っていた。

プリウスほど、世界の自動車メーカーの多くのリーダーに注目された日本車はなかったかもしれない。ガソリン・エンジンと電気モーターを組み合わせて走行し、巨大なバッテリーとインバーターを搭載する自動車は、欧米の常識をはるかに超えていた。

しかし、どんなに環境負荷が小さい自動車が出来ても、ユーザー(消費者)に我慢を強いるような性能等では普及しないことは明白だ。例えば、速度(加速なども含む)や航続距離、燃料補給、さらには肝心の価格や購入後の運用保守などの観点で、従来のガソリン車にとても及ばないようでは、仮に100%排気ガスが出ない自動車であってもユーザーには到底受け入れられない。カリフォルニア州のZEV法に対応するEVを販売して失敗した過去の経緯からも明らかである。そうした点に自動車メーカーの関係者は配慮している。

このころトヨタでは、奥田氏からバトンタッチした張富士夫社長(現・取締役会長)が「競争と強調」というメッセージを世界のメディアに向けて発信し始めた。その“裏側”には、トヨタが開発したハイブリッド・システムをライバルメーカーへ供与する意志を明らかにしていたのである。

例えば、燃料電池技術やハイブリッド技術などのシナジー効果を期待したGM(ゼネラルモーターズ)とトヨタの間に、技術提携の話は持ち上がっている。しかし、具体的に話が進んだのは、日産自動車とのハイブリッド技術提携だ。

経営の合理化を進めてきた日産は、トヨタのシステムを購入することの“シナジー効果”を期待した。排気ガス規制がますます厳しくなるカリフォルニア州のことを考え、日産は2004年に「アルティマ・ハイブリッド」の試作車を完成させ、一部のプレスに公開した。

私もサンフランシスコで行われた日産のセミナーで試乗する機会に恵まれたが、トヨタと日産の技術が合体したハイブリッドに妙な感覚を覚えた。このハイブリッドは、2007年に米国市場に投入される予定だが、トヨタの技術をドナーとした日産のハイブリッドが米国でどのように受け入れられるのか、興味が尽きない。宿敵のライバルが創業以来、初めて手を組んだクルマが誕生するわけだ。

しかし、欧米では最近、GMのハイブリッド技術を中心にダイムラー・クライスラーとBMWがアライアンスを組んで話題となった。大西洋を挟んだ提携は、「これ以上、トヨタの先行を許さない」という欧米の意志の表れなのではないだろうか。

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