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テクノロジ解説
プロフィール
第19回  システム全体の安全を確保する

2003/09/09

信頼できるオンデマンド・サービス

著者近影
著者の丸山 宏氏
 信頼できるオンデマンド・サービスはどのようなものでしょうか? それにはいろいろな要因が考えられます。まず、このオンデマンド・サービスを提供している会社に対する様々なレベルの信頼があります。また、サービスの品質に関する様々な契約事項を確認しなければなりません。さらに、サービスに接続するためのプロトコルに、SSLやWS-Securityなど、どのような認証や暗号化の仕組みが提供されているかも重要なポイントです。

 しかし、これらのすべては、このオンデマンド・サービスを提供するインフラストラクチャがセキュアに保たれていない限り、意味をなさないものになってしまいます。もし、オンデマンド・サービスを提供するインフラストラクチャに脆弱性があるのならば、そのインフラストラクチャを利用しているすべてのサービスに対する信頼が崩れるからです。

 従って、オンデマンド・サービスを利用する前に、サービスの提供会社がしっかりした情報セキュリティマネジメントの手順を持ち、決められたポリシーに基づいてシステムの管理がなされていることを確認する必要があります。これらの事項も、サービス品質契約の中に当然含まれているべきものです。

 しかしながら、今まで、オンデマンド・サービスの顧客が、現在接続しているサービスのインフラストラクチャに脆弱性が無いことを確認する技術的手段が存在していませんでした。たとえ、サービス品質契約の中に、高いセキュリティを確保するための運用ポリシーを謳っていたとしても、実際に接続中のサービスのインフラに問題があるのかないのかを知ることはできなかったのです。2003年4月に設立された業界標準団体「Trusted Computing Group (TCG)」はその状況を変えようとしています。

TCGのもたらすもの

 TCGの技術は、「Trusted Platform Module 」(TPM)と呼ばれるハードウエア・チップの規格を中心にしています。このTPMには2つの機能があります。1つは、暗号化ハードウエアとしての機能です。

 公開鍵暗号系は素晴らしいテクノロジですが、良く知られているように、秘密にしておくべき暗号鍵が盗まれてしまったら、そもそものセキュリティの前提がくずれてしまいます。もし、暗号鍵をハードディスクに入れているならば、この鍵のコピーが知らないうちに作成されているかもしれません。

 従って、鍵のコピーができないように鍵をハードウエア・チップに中に閉じ込めてしまうことが有効です。もちろん、鍵を使えなければ意味がありませんから、鍵の使用そのものもチップの中で行います。すなわち、チップが、暗号アルゴリズムの回路も持っているということになります。これが、TPMの第1の機能です。よく知られているスマートカードによる暗号鍵トークンはこのような技術の1つと言えましょう。したがって、ここまでは特に目新しい技術とは言えません。

 もう1つの機能は、ソフトウエアの完全性(Integrity)を計測し、報告する機能です。この機能を使うと、現在実行中のソフトウエアがどのようなものかを、遠隔地から正確に知ることができます。もちろん、複雑なソフトウエア・システムのすべての計測をハードウエアだけで行うのは、非常にコストが高くつくでしょうから、この計測は「ソフトウェアの助けを借りて」行うことになります。もしこの「計測を行うソフトウエア」が信頼できず、嘘をつくことがある可能性があったらどうでしょうか? TCGはこの問題を、「Trusted Bootstrap Sequence」というテクニックで、巧みに解いています。

 まず、マシンがパワーオン、あるいはリセットされたときに実行される、最初の数十キロバイトのコードは書き換えができず、従って信頼できるものとします。このコードが次に実行されるコードの完全性を計測し、それをTPMチップに報告します。チップは、この値を任意の改ざんができないような方法で格納します。さらに、この計測されたコードが次のコードを計測し、チップに報告する、という形で、「信頼のチェーン」を作ります。この結果、マシンのブートストラップが終わった時点で、チップの中にはマシンのBIOS、OSローダー、OSカーネルに関する計測結果が残ることになります。

 このマシンの計測結果を知りたい、オンデマンド・サービスの利用者はどうすればよいのでしょうか? 利用者は、このチップに対して直接コマンドを送ります。このコマンドに対して、チップは前述のソフトウエア計測値を、それに対するデジタル署名を付けて送り返します。その結果、利用者はそのプラットフォームでどのようなソフトウエアが動いているかを、正確に知ることができるのです。

IBMの取り組み

 IBMはTCGの前身である「Trusted Computing Platform Alliance」 (TCPA)のころから、 このフォーラムのプロモータとして、常に大きな貢献をしてきました。IBMにとって一番大きな決断は、2002年4月以降発売されている事実上すべてのノートPC「ThinkPad」に、TCGチップを搭載したことです。これによって、少なくともハードウエア上では、 ThinkPadはTCGのすべての機能を利用できるようになりました。該当のThinkPadをお持ちの方は、IBMの「PCセキュリティ・ソリューションのページ」で、対応するソフトウエアをダウンロードすることができ ます。これによって、TPMの第1の機能、すなわち暗号鍵を安全にチップの中に格納 する機能が使えるようになります。例えばSSLの個人認証の鍵、Windowsのログインパスワード、それに「Lotus Notes」の認証鍵などです。

 しかし、今のところ、Windowsの上ではTPMの第2の機能、すなわちソフトウエアの完全性を計測する機能は使えません。この機能が本当に役に立つためには、オペレーティング・システムのサポートが必要不可欠ですが、マイクロソフトがまだこの機能のサポートをWindowsに組み込んでいないからです。

 私たち東京基礎研究所では、Windowsではなく、オープンソースのLinuxを使って、 Trusted Bootstrapを行うプラットフォームの試作を行っています。さらに、Linuxとして、「強制アクセス制御(Mandatory Access Control)ポリシー」、すなわち、ユーザーが勝手に変更できないアクセス制御ポリシーを可能にする、「SELinux」 (Security Enhanced Linux)を組み合わせています。

 このプラットフォーム上で動くオンデマンド・サービスを考えて見ましょう。お客様は、TCGの仕組みによって、正確にどのようなOS(ここではSELinux)が動いているかを、細部のバージョンやアクセス制御ポリシーも含めて知ることができます。お客様は、この特定のプラットフォーム構成に、現在知られいてる脆弱性が無いことを、CERTやベンダーの情報を元に確認します。その結果、お客様はこのオンデマンド・サービスは、確かにセキュリティ上強固なプラットフォームで動いていることを知ることができ、安心してこのサービスを使えるようになるわけです。

TCGは著作権保護技術か?

 TCGに対して欧米でよく聞かれる意見の一つに、TCGは著作権保護技術であるという誤解があります。確かに、TCGテクノロジをクライアント・プラットフォームに適用した場合、そのプラットフォームがよりセキュアになりますから、その意味では、著作権保護に役立つとも言えます。しかし、TCGはハードウェアに対する攻撃を全く想定していません。従って、ハードウェアの技術を持つ攻撃者が真剣に攻撃を行えば、コンテンツのコピーを行うことはたやすくできます。

 一方、この記事で述べたように、TCGの技術が本当に意味をなすのは、オンデマンド・サービスを実行するインフラのような、サーバー・プラットフォームにおいてのことです。従って、TCGを著作権保護技術とみなすのはそのポテンシャルを大きく誤解することになるといえましょう。

おわりに

 TCGの仕組みは複雑で、理解するのに時間がかかるかもしれません。かく言う私自身も、この仕組みがセキュアであることを納得するのに数か月もかかりました。しかし、この仕組みが、オンデマンド・コンピューティング、ひいてはインターネットの安全性に大きな影響を与えることは、疑問の余地がありません(少なくとも私の目からは)。今後の展開に是非ご注目ください。

(丸山 宏/日本IBM 東京基礎研究所シニア・テクニカル・スタッフ 兼 IBMビジネスコンサルティング・サービス テクニカル・コンサルタント)

=読者からのコメント=

■研究者が理解に数カ月掛かる内容を普遍化する一般利用者に、契約書で確認&理解して使いこなして下さい、時代はそこまで来ています、ではオカシイと思われません?。このことはかなり前から疑問に思っていたことなのですが、こうした通信情報環境は新たな時代の「インフラ」と思っています。インターネットの全体管理は非営利団体でなされていると聞いてはいますが。電力:鉄道:道路に匹敵する、否それ以上の広がり影響力をもたらすと思う代物です。なのに建設:運営:管理:監視についての地域:自治体;国の前もっての指針が無く後追いなのです。民間の方が先に先に進み、後になってつながらない;アチコチ雨後の筍のようにプロバイダー・サイトができているがどれを利用すればよいのか?何処に置けば皆が利用しやすいコトになるのか?分からない。もちろん、暗号化ソフトを巡って米国であったようにG・オウェルが指摘したような国家統制に陥るのは避けねばなりませんが、先行的に緩やかな公的指針を出せないものでしょうか?角度90度位の広がりを持つ指針です。論題の「安全性」問題についても、ゴアさんが「情報ハイウェイ!」と唱えました
 が同時に「ハイウェイ パトロール!」となぜならないのか?と思いました。これだけ大きなインフラだと「公」的存在でしょう?基礎部分には公的監視機関があって然るべきと思います。秘密機関でなく公開されたものです。国家統制の危険性排除への留意は必要ですが、基礎部分についても民間の百家争鳴に任せておくのも「行きつ戻りつ」のロスが多い。利用者も巻き込んでしまうのです。「地域ポータルサイト」も同様です。『システムの安全性』が抜けると、コスモス狙いの積りがカオスにも?
(武蔵:62歳:元情報システム管理責任者)


丸山 宏

1983年東京工業大学大学院情報科学専攻修了。同年日本IBM入社。サイエンス・インスティチュート(現東京基礎研究所)に配属。以後、自然言語処理、機械翻訳などの研究を行なった。しかし、1996年から1997年にかけて、米IBMインターネット事業部で当時のプッシュテクノロジーの評価を行なったことがきっかけで、XMLやWebサービスの研究開発に携わる。また、2000年3月まで東京工業大学情報理工学研究科で客員助教授を務め、インターネット・セキュリティの研究を行なった。現在、日本IBM 東京基礎研究所シニア・テクニカル・スタッフであると同時に、IBMビジネスコンサルティング・サービスにおいてセキュリティに関するテクニカル・コンサルタントを務める。現情報処理学会理事。工学博士。
バックナンバー
■第21回[2003/9/22]
・XMLを使った高度な情報管理

■第20回[2003/9/16]
・オープンなWebサービスでの安全性

■第19回[2003/9/9]
・システム全体の安全を確保する

■第18回[2003/9/2]
・問題の所在を明らかにする--複雑なシステムの問題判別技術

■第17回[2003/8/26]
・ThinkPadとオートノミック・パーソナル・コンピューティング

■第16回[2003/8/19]
・自律的に動くコンピュータ

■第15回[2003/8/5]
・最適化技術でビジネスの効率を上げる

■第14回[2003/7/29]
・大量のデータを効率的に配信する

■第13回[2003/7/22]
・音声認識技術で"声"を活用する

■第12回[2003/7/15]
・「使いやすさ」を追求するには

■第11回[2003/7/8]
・ユビキタス時代のID技術(その2)

■第10回[2003/7/1]
・ユビキタス時代のID技術(その1)

■第9回[2003/6/24]
・データの洪水から何かを見つけ出す

■第8回[2003/6/17]
・進化する分散処理

■第7回[2003/6/10]
・ビジネスにおけるグリッドの真価

■第6回[2003/6/3]
・グリッド・コンピューティングとは?

■第5回[2003/5/27]
・エージェント技術でモバイルサービスの領域を広げる

■第4回[2003/5/20]
・Webサービス

■第3回[2003/5/13]
・データ構造を把握する

■第2回[2003/5/6]
・ビジネス・プロセスをはっきりさせる

■第1回[2003/4/25]
・オンデマンドへのビジネス変革を支えるITシステムとは


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