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| 著者の小笠原 明生氏 |
今回は、オートノミック・コンピューティング(自律型コンピューティング)において、ノート・パソコンがどのような役割を担うかについて解説します。前半では小笠原が主にThinkPadの開発現場での経験やお客様の利用状況に基づいた解説をします。小笠原は、この7月まで日本IBM大和事業所の「ThinkPad(シンクパッド)」開発部門で企画・開発の事業推進部門を担当し、製品開発のテクニカル・プロジェクト・マネージャーたちを統括していました。
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| 著者の澤谷 由里子氏 |
後半は澤谷が、パーソナル・コンピューティングから見たオートノミック・コンピューティングを基礎研究の視点からご紹介します。澤谷は日本IBM東京基礎研究所でシステムズ PC サービス グループ・リーダーとして全世界のIBM研究所とともに、パーソナル・システムズの研究プロジェクトを行っております。
なぜノートPCか
まず「お得なThinkPad」というテーマで、IBMが推進している「ThinkVantage (シンクバンテージ) 」をご紹介します。ちなみに「Vantage」は「利点」という意味であり、「技術的、経済的にThinkPadがお得で、手がかからない」という意味が込められています。
大型汎用コンピュータが1960年代に登場して以来、コンピュータの技術革新は10年単位で進んできました。1970年代にはオフィス・コンピューター(オフコン)、1980年代にはパーソナル・コンピューター(パソコン、PC)、そして1990年代になるとノートPCが普及してきました。
2000年代になると、ノートPCで無線機能(無線LAN、近距離無線のBluetooth)が使用可能になり、さらに小型化、軽量化が進み、省電力化により電池は長持ちするようになってきています。こうした状況になって、ノートPCは経営者にとって携帯必須な存在になってきました。なぜなら、経営者が国内であれ、海外であれ、経営情報を瞬時に取り出し、情報の加工をし、発信できるからです。携帯電話や携帯端末(PDAなど)は画面の大きさに制限があるため断片的な情報検索には使えますが、総合的な経営情報処理はノートPCが人間工学的に最適と言えるのではないでしょうか。
IBMがThinkPadブランドのノートPCを世界中に発表・出荷したのは1992年でした。IBMはThinkPadに対して世界一厳しい「拷問試験」を実施し、「耐久性」や「堅牢性」を保ってきました。これがThinkPadの強みです。欧米の経営者は発売当時から「持ち運びできるコンピュータ」としてThinkPadを携帯していたので、移動中に障害がなく、頑強であることが大切な要件だったのです。またThinkPadを持つことが経営者としてのステータスと考えられたため、高価な機器であったにもかかわらず、こうしたユーザー層に受け入れられました。
その後、ノートPCは経営幹部だけではなく、基幹業務におけるクライアントPCとして企業組織のあらゆる階層で使用されるようになり、大規模導入が強調され、規模の経済の観点から、安価なノートPCを要求するお客様が増えました。こうした経営環境の変化に対応してThinkPadは価格競争力をつけてきました。そしてIBMは2003年から、さらに「手がかからないThinkPad」をお客様に提案していくことになりました。その考え方の背景を説明しましょう。
経営資源とノートPC
従来から経営資源は「人」「物」「金」であり、「情報」はその次と考える経営者が多かったようです。特に日本では「情報」という商品価値への理解が欧米ほど進みませんでした、その結果、情報基盤構築への投資も控えめという歴史的背景がありました。
この理由としては、時価会計とか連結決算という国際会計基準が最近まで日本では適用されず、その結果、会計情報開示が欧米に比べ遅れたことが挙げられるでしょう。したがって、経営者が最新情報を得るには担当者から電話あるいはFAX経由で送ってもらうことが一般的でした。この状態では、担当者が不在だと経営者の元に情報が届きません。
ここでノートPCが使えると、企業経営情報システムから経営者がいつでも、どこでも、直接情報を得られるようになります。そうなるとノートPCは経営者の体の一部となり、常時使えるよう信頼性への期待が高まるのも当然のことです。
自律するノートPCとは
人間の健康状態と企業の経営状態は昔から比較されてきました。日本では健康に対する関心が高まり予防医学が発達した結果、平均寿命が世界1になりました。ところが経営状態に関して見れば、バブルが弾けた後の日本企業は回復が遅れていて「病気」が長引いたままのところが多く見られます。今、企業にとって必要なのは「予防医学」と「対症療法」の両方です。
「情報」を血液に例えて考えてみましょう。企業にとって健康な血液を作り出す仕組みとは何でしょうか。血液を生み出すのは骨髄であり、また、そこに栄養を送り込むのは呼吸器系とか循環器系などの人体の有機的なメカニズムです。同様に、情報を生み出す道具は情報機器であり、その機器に電気的、機械的、ソフト的なサポートを送り込むのは情報基盤の有機的なメカニズムと考えられます。この有機的なつながりを医学界では自律系(Autonomic System、オートノミック・システム)と呼んでいますが、情報技術の世界でも同じ発想で自律型コンピューティング(Autonomic Computing)と呼んでいるのです。
生命体に自己維持機能や、自己回復機能があってこそ健康体が維持できるように、企業の情報システムにも同じ機能があれば、健康な経営状態が維持できるでしょう。また、生命体の維持にはコストがかかるように、情報機器の維持にも同様にコストが発生するのです。
そこで、IBMでは、情報システムを構成する機器として適切な価格のThinkPadを提供します。さらにその生涯において起こりうる「機械の病気」を予防し、かつ、万が一病気になっても自己回復できるような仕組みも提供することにより、コンピューターの導入から保守維持、そしてその使命を終えるまでの1台の生涯コストを最小化することを提案しています。
この考え方を、IBMではThinkVantageと名づけました。Vantageは「優れもの」という意味もあり、情報システムを効果的に運用するための「知恵袋」といったイメージです。
ストック会計とノートPC
これまでノートPCを購入するにあたっての決め手は価格でした。その情報機器が企業経営にどのような「恩恵」をもたらすか数値化はされず、購入価格を最小化しようとした企業が多かったのです。健全な経営を維持するためには、フロー会計で、その購入年度への影響が少なければよいという考え方です。
しかし、企業はGoing Concern(継続的に事業を行うなっている企業体)であり、その情報機器も、数年使用をするものです。したがって、2年目以降に不具合が生じた時には、修理や回復のために費用が発生せざるを得ません。日本でPCの減価償却期間は3年ですが、資産価値がゼロになった4年目以降もPCを使い続けている企業が多いのです。
ノートPC業界は、マイクロプロセサとか、磁気ディスク、液晶パネルなどの要素技術の世代交代に呼応して製品開発しているため、過去の傾向を見ると年に2回くらいの頻度で新製品が市場に投入されます。4年間もPCを使い続けることは、8世代前の技術を、最新世代の技術の機器と一緒にして情報システムを運用するというリスクを負っていることになるのです。このように、PCを使うことは2年目からのストック会計も十分考慮しなければ情報機器に対する投資対効果を正確に把握できません。
IBMの試算によれば、一般的にPC購入時のコスト、つまり製品価格はPCの生涯コストの20%であり、維持費が80%になります。つまり、20万円のPCを購入し、4年間使用すれば、その生涯維持費が毎年20万円ずつ発生しているのです。維持費の発生例を以下に挙げましょう。
(1)PCの使用環境を設定し直すことがあります。特に今後は無線LANという通信環境がノートPCにとって不可欠になり、オフィス、取引先、海外出張先、空港待合室、また自宅などとめまぐるしく変わる環境に対応するための設定にも「知恵袋」が求められるでしょう。ここで費用が発生します。
(2)設定が完了した後では、海外出張先でデータ・メディアに不具合が生じたため、基幹情報を日本から取り寄せるとなると、その復元にかかる時間も費用も膨大ですし、また経営者の時間的損失も大きいものとなります。これも維持費用がかかる要因になります。
(3)ノートPCを新規購入した場合には、既存の企業適用業務ソフトウエアを移行するためのシステム移行を簡単にできるような「知恵袋」が求められます。当然ここにも費用がかかります。
(4)企業経営情報の機密保持はこれからますます重要になるでしょう。万が一ノートPCを紛失したり、盗難にあったりしても、システム内の機密情報を第三者に読み取られない「知恵袋」として「セキュリティ・チップ」などが挙げられます。セキュリティ・チップの実装などにも費用が発生します。
ThinkPadの「知恵袋」
これらの「知恵袋」の総称がThinkVantageであり、ThinkPadに内蔵されています。これらの機能には多少専門的な名前がついています。
無線LANの設定はAccess Connections(アクセス・コネクション)、データの復元はRapid Restore PC(ラピッド・リストアPC)、システム移行は文字通りSystem Migration Assistant(システム・マイグレーション・アシスタント)、そして、機密保護にはそのための機密チップが電子基盤に内蔵されていることからEmbedded Security Subsystem(エンベッデッド・セキュリティ・システム)と称しています。
また、機密保護にはClient Security Software(クライエント・セキュリティ・ソフトウエア) もありまる。機密チップを有効につかうためのソフトウエアで、ユーザー認証、ファイルの暗号化、e-Commerce(イー・コマース)などのため、より安全な通信を提供するものです。
これらのThinkVantageの機能を上手に使うと80万円の生涯コストは最小化できるので、投資対効果がお得になります。いままでノートPCへの投資はフロー会計の考え方に基づき、購入年度の費用化が終われば、翌年からはその機器への費用計上はなかったのですが、実質的には購入費の4倍もかかるので、これからは、ストック会計も考慮した初期投資を考えることがGoing Concernを舵取りする経営者の考慮点になるでしょう。
ThinkPadの優位性は、上記の「知恵袋」以外にもたくさんあります。例えば、携帯中に想定される、落下、衝撃、圧迫などの状況を研究所で模擬して「拷問試験」にかけ、合格しなければ出荷できない厳しい条件を課しています。これでストック会計をご理解できているお客様には「丈夫で長持ちする機器は生涯コストが安くてお得」とご納得いただけることでしょう。
ノートPCとオートノミック・コンピューティング
これからの日本企業の経営体質を磐石にしていく鍵は、新鮮な情報が「いつでも、どこからでも、誰からでも」経営者に届けられる仕組みではないでしょうか。その情報基盤作りは携帯性に優れ、障害を事前検知し、また自己回復するノートPCなしではできません。だからこそ全世界のIBM研究所の英知を集めてThinkPadを自律型のシステムに変身させる研究が日夜たゆみなく行われているのです。
ここで簡単にオートノミック・コンピューティングを振り返ってみましょう。2001年の10月、IBMから“オートノミック・コンピューティング 情報技術に関するIBMの展望”が出されました。その中でIT産業が直面している最重要課題として「複雑性」が挙げられました。今日のコンピューティング・システム管理の難しさは個々のソフトウエアの管理能力を超えていること、ヘテロな環境、会社全体、会社を超えてインターネット上の統合環境ができあがっていることが起因しており、これらは新しいレベルの複雑さをもたらしています。またコンピューティング・システムの複雑さは人間の能力の限界にもチャレンジしています。こういった複雑性に対処するため新しいアプローチが必要になっているのです。
そのアプローチとは、システム・インフラストラクチャ自体に複雑さを埋め込んでしまい、その管理を自動化するというものです。これが自律的に動作するオートノミック・コンピューティングであり、この考えは人体の非常に複雑なシステムからヒントを得ています。
こういった技術はサーバー・システムの話でPCとは関係がないと思われるかもしれませんが、実際はそうではありません。PC自身の複雑さの増大と、十分に複雑なコンピューティング・システムとPCとの連携が必須であることから、PCにおいてもオートノミック・コンピューティングは重要な課題なのです。以下ではオートノミック・パーソナル・コンピューティングについてご紹介します。
オートノミック・パーソナル・コンピューティング
ここでは「オートノミック・パーソナル・コンピューティング」を、「オートノミック・コンピューティング・システム上のパーソナル・コンピューティング」であることを指します。そこでは使いやすさ、応答性、フレキシビリティといった「パーソナル・コンピューティング」と、単純化、可用性、セキュリティといった「オートノミック・コンピューティング」の両方をゴールとして目指します。
二つのゴールは互いに補完的です。例えばオートノミック・コンピューティングはシステムの複雑性やユーザーによる設定などを減らし、結果として使いやすさを増加させるということになります。またパーソナル・コンピューティングはロケーション(使われる場所)やハードウエアおよびソフトウエア・コンフィグレーションのフレキシビリティを提供するためにシステムとしての複雑性を持ちます。これをオートノミック・コンピューティングが目指す技術で補完します。
オートノミック・コンピューティングは四つの属性、すなわち「自己構成」「自己最適化」「自己防衛」「自己修復」で構成します。以下でパーソナル・コンピューティングの例を見ていきましょう。
自己最適化の例として、どのシステム、アプリケーションが使われたかによって、デスクトップ・オペレーティング・システムなどでユーザー・インタフェースが変化する機能が挙げられます。単に固定のプログラムのリストを示すのではなく、ユーザーに最近使ったプログラムが提示されます。また現在のディスク・ファイルのフラグメンテーションの状況をセンスし、パフォーマンスに影響を与えるようならばユーザーに警告を出すような機能を持つシステム・ユーティリティもあります。
PCにおいてもユーザーのデータは重要な財産であり、紛失、攻撃といった危険にさらされています。最初に考えられる防衛策としてデータのバックアップがあります。現在一般的なものは定期的にバックアップをスケジュールする機能ですが、ハードウエアなどから上がってくるイベントをトリガーにバックアップを開始するといったバックアップの自己防衛としての機能拡張が考えられます。
データのエンクリプション(暗号化)もデータを守るという点で自己防衛の重要な例です。IBMのエンベディッド・セキュリティ・サブシステムをベースにしたキー管理、オン・ザ・フライでのファイル、フォルダーのエンクリプション、パスワード管理などが挙げられます。
誰にとってのオートノミック・パーソナル・コンピューティングか
PCということに目を向けてみると一つの特徴があります。PCでは人とのインタラクションが必須である点です。当然サーバーでも管理者がパラメーターの設定などするわけですが、PCではユーザーがそこでビジネスを遂行するために必要なソフトウエアを走らせ、ユーザーとの連携において物事が判断されていることが特徴となります。
オートノミック・パーソナル・コンピューティングの機能はユーザーに理解されユーザーを助けることが重要になります。PCはユーザーにとって使いやすいものであることが第1です。一方、会社で使うPC、TCOの観点からはIT組織にとって管理しやすいPCであることが重要です。このようにオートノミック・パーソナル・コンピューティングを考える場合は両方の観点から考えることが必要になります。
オートノミック・パーソナル・コンピューティングの今後
今回ご紹介した例はPC自体で完結した機能、ソリューションでしたが、これらの機能が「オートノミック・エレメンツ」(個々のシステム・構成要素であってリソースを持ちサービスを人間、その他のオートノミック・エレメンツに提供するもの)となり、これらが連携して動き、結果としてビジネス・プロセスが実行されるシステム環境を構築していきます。
PCクライアントはオートノミック・エレメントとしてサーバー環境との連携を求められています。社内のIT組織主導のネットワーク構成変更の場合、PC側の自己構成機能との連携で移行をスムーズに行うことが考えられます。セルフ・サービスといったWebを主体とした技術支援においてもPCとの連携でよりよいサービスが提供されてきています。PCが使えない時間を減少させ、そのような状況からいち早くビジネスができる状態へサポートするためにオートノミック・パーソナル・コンピューティング技術が使われていくことになるでしょう。
(小笠原 明生/IBMコーポレーション Personal Computing Division, Portfolio Manager、澤谷 由里子/日本IBM東京基礎研究所 システムズ・アンド・テクノロジー システムズ PC サービス グループ・リーダー)