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テクノロジ解説
プロフィール
第16回  自律的に動くコンピュータ

2003/08/19

著者近影
著者の高安 啓至氏
 前回までオンデマンド・ビジネス実現に向けてのITが支援する二つの領域、すなわち、(1)ダイナミック・バリュー・チェーンの構築、そして、(2)ビジネスの柔軟性とスピード・アップ---について述べてきました。

 e-ビジネス・オンデマンド(e-business on demand)の時代、何が起きてもそれに対応できるような企業になることが必要です。つまり、絶え間なく変化している市場の中で、景気に振り回されることなく成功するために、企業には即応性、敏捷性、効率性が必要とされているのです。市場が求めるスピードで、24時間休みなくビジネスを展開する能力が要求されています。

 そこで今回は、このe-ビジネス・オンデマンドを支えるオペレーティング環境という観点から、これからのITインフラを支える基盤技術についてみていきましょう。

「複雑さ」への挑戦

 「ムーアの法則」に象徴されるように、時代の流れと共に、コンピュータ・システムは小型化、高速化、低価格化の道を猛烈な勢いで走ってきました。しかしシステム全体としてのコストや複雑性も増大してしまい、それを管理するために多くの技術者が必要になるといった弊害も生まれています。

 さらに、インターネットにコンピュータが接続されるようになって、新たな複雑さが加わりました。技術の進行度合いが速く、自動化を進めて効率を追求したシステムが複雑さを加速させ、管理が難しくなり、結果的に使いにくいものになりつつあります。こうした現状を救うべく現実的になりつつあるのが、自身の状態に応じて動作する、まるで生命体のようにシステム自身が自己管理する「オートノミック・コンピューティング(Autonomic Computing)」の世界です。

 これまでのような複雑さを増すばかりの自動化ではなく、抽象度のレベルを上げ、より高いところから全体を見渡すことで、運用管理のレベルを質的に向上させようというものです。

人間の自律神経系に学ぶ

 人間は無意識のうちに、気温が高くなると汗をかき、運動をすれば心臓の鼓動が速くなり、明るくなれば瞳孔が小さくなります。これと同じように、コンピュータでも外部に適応させる自律神経系を持つシステムを実現させよう、そして運用管理者が意識しなくても、すべてを自動的に最適化できる仕組みを提供しよう、と2001年にIBMは世界の産業界、学術界に協力を呼びかけました。

 オートノミック・コンピューティングは、これからのITインフラに対して

・管理の複雑さを軽減させ、さらにビジネスの目標に応じて、資産をより有効活用できるように計画し、万一の場合の可用性と回復力の向上を図りながらコスト削減を実現する自動化

そして

・常に最高の効率で稼働し、サーバーおよびストレージ・システムのキャパシティーを最大限に活用するためのIT資源の仮想化

を実現するための基盤技術を提供します。オートノミックな環境では、システムの構成要素(PCからメインフレームまでのハード、OSからビジネス・アプリケーションまでのソフトを含め)全てが「自己構成」「自己修復」「自己最適化」「自己防御」という4つの切り口での自己管理能力を持ちます。

 ここでいう「自己構成」とは、人から与えられたポリシーに基づいて、ITシステム内の変更にダイナミックに対応する能力。これらの変更には構成の新規追加、不要となった構成撤去、ワークロードの劇的な増減への対応などがあり、自分自身の構成はもちろん、システム内の関連する他の製品に対する変更も含め、システム全体を再構成することによりビジネスの成長、柔軟性を助けます。

 「自己修復」は、障害の原因となる可能性のあるものや重要なイベントを発見し、重大な障害となる前に、システムを中断させることなく適切なアクションを取り修復すること。日々の障害を減らすことにより、ビジネスの回復力を高めます。

 「自己最適化」はエキスパートの介在なしでユーザーやビジネスのニーズに応じて自分自身をチューニングし続けます。お客様に高品質なサービスを提供するために効率的にIT資源を再割り当てします。

 「自己防御」は敵意ある行為や侵入者を発見し、自身をより攻撃されにくくするためのアクションを取ることです。これによりセキュリティやプライバシーのポリシーを一貫して実施することが可能となります。

 これら4つの自己管理能力が互いに独立したものでないということも重要です。構成変更の誘因はそれぞれの切り口で異なりますが、構成をダイナミックに変更できるためには、これらが協調して働く必要があります。

自分自身を知る

 「自身の状態に応じて動作する」ためには、まず、「自分自身を知る」「自分の周りの状況を知る」といったセンサー機能を強化することが重要です。IBMでは、まずこのオートノミック・コンピューティング推進に当たり、システム管理の仕組みを分解し、制御ループに沿ったリファレンス・アーキテクチャを設定し、ブループリント(注1:オートノミック・コンピューティング・アーキテクチャーに関するブループリント)として公開しました。このアーキテクチャは、ITインフラを構成するすべてに適用されます。

 このアーキテクチャには、人間の自律神経系の仕組みから学んだ、知的制御ループ構造の概略が示されています。サーバなど管理される側にはセンサー/エフェクタをオープンな業界標準に基づき定義しています。センサーは管理対象となる構成要素の状態や状態遷移に関する情報を収集する仕組みで、エフェクタは構成要素の状態を変更する仕組みです。

 オートノミック・マネジャーには「知識」を共有する「監視」、「分析」、「計画」、「実行」の制御ループを実装します。

 「監視」は構成要素からの詳細データ(メトリックスおよびトポロジー)の収集、集約、フィルタリング、管理、報告を行う仕組み。「分析」は複雑な状況を関連付けたり、モデル化したりする仕組み(時系列の予測や待ち行列モデル)。これによって、オートノミック・マネジャーはIT環境について知り、将来の状況を予測できます。

 「計画」は、目標や目的の達成に必要なアクションを構造化する仕組み。「計画」の仕組みは、人から与えられたポリシー情報を指針とします。「実行」は時々刻々変化する状況に対応する計画の実行を制御する仕組みです。これらオートノミック・マネジャーの4つのコンポーネントが使用するデータは、共有知識として保管されます。共有知識には、トポロジー情報、システム・ログ、性能メトリックス、ポリシーなどがあります。今までは、この障害を予測(「分析」)し、対策を立てる(「計画」)という作業をエキスパートに頼ってきました。

 オートノミック・コンピューティングの大きな目標は、人と制御ループで知識を共有しながら、この「分析」、「計画」を段階的に自動化しようということです。これによりエキスパートの負担を軽減すると共に、学習された知識の活用も可能になります。

 オンデマンド・ビジネスは、「効率よく作って売る」時代から「すばやく感知して答える(センス&レスポンド)」時代への変革でもあります。自分自身を知り、周りを知るという点では、センス&レスポンドとオートノミック・コンピューティングのアーキテクチャーには共通点があります。

 収集した情報を分析し、必要となるアクションを計画し、実行するのです。エフェクターを通して市場やお客様に働きかけ、その変化がどのようなものか、さらにセンスを継続します。オンデマンドの時代でも、全てが自動化というわけではありません。ここでもシステムと人のバランス良い協調、情報の共有を考慮した、知識データベースの可視化が重要になります。

自動化の前に可視化

 ますます複雑化するITインフラ環境において、その複雑さを仮想化し、ユーザーが必要とする機能、性能、容量を、各ハードやソフトの複雑な構成を意識することなく、利用できるようにします。これによりシステム運用や構築のコストを削減します。しかし、仮想化することは、ブラックボックス化ではありません。ITの状況をわかりやすく可視化することです。オートノミック・コンピューティングの発展にはシステム自身の分析や計画が人から信頼されることが重要です。

 この課題に当たってIBMでは、オートノミック・コンピューティングの発展段階を「基礎」「管理」「予測」「適応」「自律」の5段階に分けて、製品開発もこのレベルを意識すると同時に、お客様が自社のレベルを評価しレベルアップに取り組めるようサポートしています。「管理」レベルは「監視」の自動化、「予測」レベルは「監視」「分析」の自動化、「適応」レベルは「監視」「分析」「計画」「実行」のITポリシーに基づく自動化、「自律」レベルはビジネス・ポリシーに基づく自律管理を完成します。この5段階はちょうど制御ループを完成させていくステップです。

 現在のIBM製品が重視しているのは「予測」レベルで分析の能力を向上させ、それに基づいた助言を行うことによって、運用管理者の信頼を獲得しようとするものです。システム自身が考えていることを可視化しておくことが、次の適応レベルに進む前提になります。

 オートノミック・コンピューティングは、まだ第一歩を踏み出したばかりです。しかし、既に製品への実装も進んでおり、一部の製品では「適応」レベルの機能も実現されています。また、ブループリントの公開、オートノミック・マネジャー開発のコア・ツール公開(注2:alphaWorksオートノミック・コンピューティング・ゾーン)など具体的な技術開発が急速に進みつつあるので、近い将来、長足の進化を遂げることになるでしょう。

 ユーザーの皆様の負担をより軽減し、異機種混合のIT環境で、アプリケーションが企業内や企業間で自在にやり取りされ、システムが自発的にビジネスを推進する。障害発生が予知されたら自律的に回避や修復する。そのようなオンデマンド・オペレーティング環境を私たちは目指しています。

(高安 啓至/IBMビジネスコンサルティング サービス IBMディスティングイッシュト・エンジニア)

高安 啓至

1970年、日本IBMに入社。流通業のお客様担当SEとして大型汎用機によるOLTPシステム、中小型機による分散処理システム、PCオフィス・システムなどのシステム構築に携わる。その後、ITアーキテクトとしてSIプロジェクトの高性能、高可用性基盤設計を担当、1994年から長野オリンピックのチーフ・アーキテクト、1998年からシドニー・オリンピックのパフォーマンス・アーキテクトを歴任。2002年から日本IBMのオートノミック・コンピューティング・ドメイン・リーダーを担当。2003年よりIBM ビジネスコンサルティング サービスへ出向。IBMアカデミー会員、情報処理学会会員。
バックナンバー
■第21回[2003/9/22]
・XMLを使った高度な情報管理

■第20回[2003/9/16]
・オープンなWebサービスでの安全性

■第19回[2003/9/9]
・システム全体の安全を確保する

■第18回[2003/9/2]
・問題の所在を明らかにする--複雑なシステムの問題判別技術

■第17回[2003/8/26]
・ThinkPadとオートノミック・パーソナル・コンピューティング

■第16回[2003/8/19]
・自律的に動くコンピュータ

■第15回[2003/8/5]
・最適化技術でビジネスの効率を上げる

■第14回[2003/7/29]
・大量のデータを効率的に配信する

■第13回[2003/7/22]
・音声認識技術で"声"を活用する

■第12回[2003/7/15]
・「使いやすさ」を追求するには

■第11回[2003/7/8]
・ユビキタス時代のID技術(その2)

■第10回[2003/7/1]
・ユビキタス時代のID技術(その1)

■第9回[2003/6/24]
・データの洪水から何かを見つけ出す

■第8回[2003/6/17]
・進化する分散処理

■第7回[2003/6/10]
・ビジネスにおけるグリッドの真価

■第6回[2003/6/3]
・グリッド・コンピューティングとは?

■第5回[2003/5/27]
・エージェント技術でモバイルサービスの領域を広げる

■第4回[2003/5/20]
・Webサービス

■第3回[2003/5/13]
・データ構造を把握する

■第2回[2003/5/6]
・ビジネス・プロセスをはっきりさせる

■第1回[2003/4/25]
・オンデマンドへのビジネス変革を支えるITシステムとは


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