「谷島さんの書かれた記事に関して、オーナーの意見を言づかってきましたのでお伝えします」。今から7年前の1996年11月、東京・新宿にある武富士の本社に筆者は呼び出された。その場に現れた同社の取締役情報システム部長は開口一番、こう言った。オーナーとは、先頃、盗聴指示の疑いで逮捕された武井保雄会長のことである。武井会長は12月8日付で辞任したが,以下では会長と表記する。
武富士本社に行く羽目になったのは、筆者が書いた武富士に関する記事に対して抗議が来たからである。1996年当時、武富士は基幹情報システムの全面再構築プロジェクトを進めており、システム開発をある大手のシステムインテグレーターに一括発注していた。筆者は複数のニュースソースから、開発プロジェクトが難航していることと、そのインテグレーターに加えて別なインテグレーターがプロジェクト立て直しのために参画することを聞き出し、記事として報じた。
記事が出た後、開発を請け負っていたインテグレーターから抗議が来た。訂正の要求を筆者が拒否したところ、そのインテグレーターが武富士に相談し、武富士のプロジェクト責任者である取締役が筆者に経緯を改めて説明してくれることになった。その取締役は会議室に入ってくるなり、背広のポケットから紙を取り出し、武井会長のメッセージを読み上げたのである。
家捜ししたところ7年前の取材メモが出てきたので、それを見ながら、武井会長の筆者宛メッセージを再現してみよう。インテグレーター名は伏せておく。
「今回の基幹系システム再構築に当たって、私(武井会長)が頼んだのは、○○○(インテグレーターの企業名)の××さん(インテグレーターのオーナー名)です。ご指摘のように、△△△(後から加わったインテグレーター名)が参画したのは事実ですが、プロジェクトの軸は当初の通り、○○○にあり、彼らが責任を持って取り組んでいます。△△△にイニシアティブはありません。谷島さんは一部を請け負った△△△が全部引き継ぐと勘違いされたのではないでしょうか。××さんも、△△△の社長も、私と同様のことをおっしゃるはずです」
武富士の取締役は紙を読み終わると、それを折り畳んでポケットにしまい、筆者の方を見てこう言った。「ということでありますから、よろしくお含み置きください」。
競合他社より少ないリソースで勝つ
長年記者をしていると、記事内容を巡り、取材先と議論になることがある。しかし、経営トップ直々のメッセージを読み上げられたのは後にも先にも、武富士の一件だけである。聞けば、その取締役は武井会長の意見を聞くべく、「記事の件をオーナーに上申した」という。
ちなみに筆者の記事のことを知った武井会長は、開発を発注したインテグレーターのオーナーに会い、「どこから情報が漏れたのかは分からないが、こういう記事が出てしまった。申し訳ない」と謝ったそうだ。ところが肝心のインテグレーターのオーナーは記事のことを知らず、後でインテグレーター内で一悶着あったという。
武井会長のメッセージを読み上げた後、その取締役はプロジェクトについて詳しく説明した。説明の最中にも、「オーナーの考え」「オーナーに報告」といった表現がたびたび登場した。その結果、武井会長の情報システムに対する取り組み姿勢は、筆者に強い印象を残した。正直言って、相当な好印象であった。「経営トップの思想がこれだけ情報システムに反映されている事例はあまりない」と思ったものである。
新聞報道によると、武井会長が盗聴の指示を出し始めたのは1996年頃というから、ちょうど筆者が呼ばれた時期である。ただし今回の盗聴事件について筆者は何も情報を持っていない。そもそも本欄は、経営とIT(情報技術)を考えるところなので、以下では武井会長と情報システムの関わりについて書いてみたい。
7年前の取材の際、武富士の取締役は、武井会長の経営思想を次のように説明してくれた。「オーナーは効率的なインフラを作れと申しております。とにかく同業他社より少ないリソースでやれといつも言われています。少ないリソースで効果を出すには、必要最小限の仕組みを徹底して使い込むこと、と理解しております」。
ここでいうリソースは経営資源のことであり、コンピューターに限った話ではない。当時から武富士は消費者金融最大手であったが、社員数も店舗数も同業他社より少なかった。まさに少ないリソースを徹底活用し、ナンバーワンの実績を上げていたわけである。
旧技術を使い低価格で信頼性の高いシステムを作る
この思想は情報システムにも取り入れられた。基幹系システムを再構築するに当たり、武富士は当時のコンピューター業界の流れとあえて逆行する方針を選んだ。それは、1世代前の枯れた技術を使い、ハードウエアやソフトウエアは1つのコンピューター・メーカー製品に統一する、というものである。
具体的には、大型コンピューターから店舗に設置するパソコンまで、すべてをIBM製品で統一した。大型コンピューターで使った基本ソフトは都市銀行で長年使われてきた実績あるものばかりである。パソコンの基本ソフトも、マイクロソフトのウィンドウズではなく、IBMのOS/2という製品を選んだ。
7年前は、マイクロソフトがウィンドウズNTという戦略ソフトを出し、それを基幹系システムの端末となるパソコンで採用する動きが出始めた頃であった。また大型コンピューターを使わず、UNIXという基本ソフトを使う中小型コンピューターを使うやり方が主流になっていた。メーカー1社に依存しないマルチベンダー方式が望ましいと言われたのもこの頃である。にもかかわらず、武富士は独自の道を選んだ。
理由は明快であった。最新技術や製品を使うとリスクが大きい。既に実績がある製品を使う方が優秀な技術者を動員しやすいし、リソースも少なくて済む。メーカーを1社に統一することで複数メーカーの製品を接続する苦労がなくなる。その結果、何よりもシステムの信頼性が高くなる。実際、基幹系システムは無事完成し、動かした後もシステム停止などの大きな事故は起こっていない。
開発の優先順位についても武井会長は指示を出していた。7 年前の基幹系システムの再構築の目玉の1つは、「台帳レス・システム」と呼ぶものであったが、これについては計画より1年も早く動かすことにした。武井会長が現場を回って意見を聞いた結果、「台帳レスを先にやれ」と指示したからだ。
台帳レスは、店舗にあった顧客台帳を完全に廃し、すべてをコンピューターに入れてしまう仕組みであった。旧システムでは顧客台帳の情報を複数のコンピューターに分散していたが、再構築に当たって中央の大型コンピューターに情報を集約し、お店の担当者が勝手に顧客台帳情報を持ち出せないようにした。
新しいビジネスモデルも武井会長が発案
筆者が武富士のシステムを再度取材したのは、2002年11月のことである。この時も、武井会長の存在を強く感じた。取材内容は、武富士が2002年10月から始めたクレジットカード事業であった。
1年たった今、武富士のクレジットカード事業がどうなっているか、筆者は情報を持っていない。ただ、1年前に取材した段階では、武井会長が発案したユニークなビジネスモデルと、相変わらずの「最小限の仕組みで最大効果」の徹底ぶりに、また感銘を受けた。
武富士のクレジットカード事業は、クレジットカードなど絶対に使えないような、米穀店や雑貨店といった地域に密着したお店でカードを使えるようにしようというものであった。武井会長は、「まだ開拓されていない加盟店がたくさんある。庶民が使う個人商店を徹底して回れ」と指示した。むろん、武富士のクレジットカードは、武富士の本業である消費者金融のカードでもある。つまりクレジットカードを武器に、カードなど持ったことがない人を顧客に取り込み、本業をさらに伸ばそうという作戦であった。
武富士は、個人商店がクレジットカードを利用しない理由を調べた。その結果、カード会社へ払う手数料が高く、決済端末を導入しなければならないことが原因だと結論づけた。そこで武富士は、一般的には売上高の3〜5%という手数料を1%に設定し、決済用無線端末を無償貸与するという思い切った策を打ち出した。
クレジットカード用情報システムについても、武富士流を貫いた。極力、既存の情報システムを流用し、わずか半年間で完成させている。開発期間を短くできたため、開発費も競合他社のクジット用システムに比べ、相当安く抑えられた。
超人でもすべてをコントロールすることは不可能
この時、取材した武富士のシステム担当者たちに武井会長のことを聞いてみた。「1対1で会って報告している」とのことであった。「オーナーが部屋に入ってくると空気が張り詰めます。でも我々の話もちゃんと聞いてくれます」。
2002年の段階で武井会長は70歳を超えていた。70歳を超えても、新たなビジネスモデルを考え、指示を出し、システム担当者から直接、プロジェクトの状況を聞く。これを「大したものだ」と関心するか、「権限委譲がされておらず会社の体をなしていない」とあきれるか、人によって反応が異なるだろう。
筆者は「経営トップは情報システムのことをもっと気にかけ、自分の意向を反映させるべき」と主張しているので、少なくとも情報システムに関しては武井会長の姿勢を評価する。「必要最小限の仕組みを徹底して使い込み、少ないリソースで効果を出す」という武井会長の思想は1つの考えであり、武井会長はそれを情報システムにまで徹底させた。
しかし、1人ですべてを考え、指示し、掌握するやり方をいつまで続けられるのだろうか、という素朴な疑問は7年前から抱いていた。当時、取材をしていた時に、ある関係者は筆者にこう説明した。「武富士の組織はものすごくフラットですよ。オーナーとそれ以外という2階層ですから」。
すべてを自分でコントロールしようとした結末が盗聴指示であったとしたら、やはりそんなことは無理だったとしか言いようがない。
(谷島 宣之=ビズテック局開発長)
■すごくおもしろい。件の人は逮捕されてしまったわけですが、少なくとも情報システムに対する考え方は、創業者らしく筋が通っている。
(a:30代:コンサル)
■こんにちわー!谷島さんファンの中屋です!
忙しくて風邪などひかないようにしてくださいね。
すごい!すごすぎる!当たり前のことをきちんとやっていた経営者が逮捕されて、これからの武富士はどうなってしまうのか・・・友人が勤めているだけに、ちょっと心配です。
ニュースで「ボーナスをもらったらお礼状を書く」というのを知り、「おお、そんな当たり前のことをさせる会社もあったのか」と感心していました。
なにしろ「文字通り『ボーナス』なんだから、家のローンに組み込んで減った減ったと慌てるほうがアホだ」と職場や組合で毒を吐いて嫌われている私としては、感動したものです。
まぁ、三つ折りにすべきところを四つ折りにしてクビになった、というのは(ウソかホントか判断しかねる)行き過ぎかもしれませんが。
「ユーザ部門の皆さん全員が新しいシステム導入に反対されていますが、もう決まったことですから」とゴリ押しして業務をストップさせたり「会社の金だ、使っちまえ」とのたまう上司や、「新しい製品が出たから、買って遊んでみたい」とのたまう後輩には、1000万分の1でいいから見習ってほしい部分です。(意味不明)
そんなんだから、工場閉鎖になるんだーっ!てなもんです。
まぁ、就業中にこんなこと書いている私も同じか・・・
駄文で失礼しましたー!
(中屋豊人:35:東芝ソシオシステムズ)
■今この時期に、このような切り口で記事を書かれるとは、大変ありがたく読ませていただきました。
初めに北朝鮮のことが思い浮かびましたが、武井会長の考え方自体は参考になることが多いと思います。巨大な企業を経営するには無理がありそうな気もしますが、国家を運営している人に比べればまだまだ(笑)。
まあ、人物的にはどうかと思いますが、結果的に武富士という企業を作ったことにはかわりはないしい、学べるところはあると思うので、もっと多くの切り口の記事を読みたいと思いました。
(TETSU:33:システムエンジニア)
■物事は光と影と言いますか陰と陽であり、何かを選択した時には何かを捨てているものです。
武富士のシステム運営事例では、ベンダーを統一し一世代前のソフトを採用。確実性と安価であることがMERITであり、次の展開への要員事前教育・使用者の利用レベル向上による新規構想誘導(アテガイブチでなく自主的な構想)=状況変動への自主行動が薄くなること等がDEMERITでしょう。
単一業務で多地域に分散配置に成っている業態から前者の選択は正しい(相対的に)と思います。しかし感銘を受けるほどのことでしょうか?少し長い目で見れば、そうした自主性を喪失させることを強制した企業文化が今回の事態を招き反社会的組織の烙印を受ける事に成ったのですから。
「裏」の世界と繋がり年間1000人の社員が辞めて行き3年で総換えの規模、法定定時外賃金を一切支払わず高収益を上げている企業。物事は「総体」で観てゆくべきであり、一部の現象のみを判断することは危険だと思います。やったことの当否でなく、何の為に何故それを行なったのか?それは何を巻き起こすのか?を考えるべきだと思います。
巧妙な仕組みを仕掛けて反社会的利益を得る人々が増えていますが「仕組み」には罪は無いと言って感心していて良いものでしょうか?
(武蔵:62:元情報システム管理責任者)
■武富士を創業し、あそこまで大きくし、かつ上場までさせた人物ですから、商才やリーダシップに富んだ方であることに間違いはないと思います。しかし、事の良否はまさに表裏一体であり、高成長・好業績の中でいつしか慢心し、他の批判を受け入れない体質に変貌していったのではないでしょうか?奢れる者、久しからず。我々も注意しなければと思います。
(いが:50歳超:鉄道)
■武井会長は一代で企業を大きくさせたオ−ナ−経営者によくあるタイプで、ある規模まではうまく行くがそれ以上では必ず破綻する超ワンマンタイプである。過去にもこのタイプがもてはやされ後に社会問題を起こしている例が多い。
原因は人の言うことに自分と違う考えは絶対に受け入れない所に有る。このようなタイプを礼賛しているように見える筆者には賛成できない。
(佐藤:67才:電子技術開発)
■この文章の意図は何なのでしょうか。その意図を我々に伝えるために、この時期に武富士を出すことが適切だと判断されたのであれば、それは我々を馬鹿にしすぎではないでしょうか。
(M:31:コンサル)
■武井さんという方は、その頃からITを戦略的に活用したベストCIOだったということになりますね。
ただ、CEOがCOOを兼ね、CIOと恐らくCFOまで全てを掌握していたのでしょう。会長、取締役を辞任しても、筆頭株主には変わりない立場で、どのように影響力を行使するのでしょう。ところで、会社には、会長の号令なしでは、何も出来ない方々が残ったわけですよね。
(ガンプ:--:BB関連企業)
■経営者として、情報システムを経営の道具の一つと認識し、それ以上でもそれ以下でもなく、その本質を見抜く眼力と戦略的かつ適切&適度な関与が重要、を主張されたかったのだと理解しました。
情報システムに対して、まるで無関心だったり、反対に表面的な流行に踊らされる等をして的外れな過剰関与をしすぎたり、の経営者が少ない中で模範的な事例の一つでしょう。
只、この時期に公表することには、打算的な意図を感じてしまいました。
(fusa:39:製造業情報システム部門)
■「人をもって言を排せず」と言います。逮捕された人物の言行であっても、一から十まで全て間違っているわけではなく、正しいものは正しい。それだけのことです。
筆者が賞賛しているのは、武井氏の「情報システムへの関わり方」の部分だけであり、経営者としての武井氏の全ての行動を礼讃しているわけではありませんし、ましてや一社会人としての武井氏は俎上にも上がっていません。
一部読者の方からは反論があるようですが、他人の行動の良い部分を取り上げ、「この部分については見習うべきものがありますね」と言うことの何が問題なのか、全く理解出来ません。
「この時期に武富士」ということにも異論が見受けられますが、「なるべく多くの人に読んでもらえるように工夫する」というのは記者として当然の姿勢ではないでしょうか。実際、「この時期に武富士」だったからこそ、この記事を読んだ方も多いことでしょう。(私もその1人。)
勿論そこには「打算的な意図」が込められているでしょうが、この程度の打算が無ければ、プロとして失格と思います。趣味でやっているのではないのですから。
(ZED:34:電子機器製造)
コメント内容:
■結局は,この会長さんの基本的な考え方は、人・物・金 の使い方が全て同じ使い方で、単純なだけだと思います。
人も物も少ない(安い)投資で最大の儲ける事が基本ということがですね。
それが、たまたまITにも同じやり方で使っているから、新鮮に写っただけではないでしょうか?
ITやっていると、便利だから『あれもやりたい これも欲しい』となって来る。(人間欲が出る)そうするのが、当たり前になってしまい。どんどん肥大化し金もかかる。
しかし、この人の欲は何かが出来る欲でなく『金が得られる欲』ですから、本来の目的に忠実に行動しているだけなんです。
しかも、これを単純に・安く投資し、とことん使い切る事により最大の利益を得る。
そして、とことん使い切って、人も物も使い捨て...
この人の性根は,強欲で性悪説の持ち主ですね。(秦の始皇帝と同じ)ここまで、欲がないとココまで大きくなれないという事ですかね。
(武富士男:35:エンジニア)