ラーメンブームに乗って新しい店が増えてきているが、店の主人は、ほとんどの場合、まだまだ男性である。他の飲食業では女性店主はかなり増えてきているが、ラーメン店ではまだ多くはない。
ところが、古い店の中では、60代、70代、なかには80代の女性がラーメン店を営んでいる場合があるのだ。このような店を、私は密かに「おばあちゃん生き甲斐系の店」と命名して、噂を聞いては訪れるのを楽しみにしている。
初めての店は4年前
初めて訪れた店は、平塚市北部にある。田畑が広がる地域の、表通りからちょっと入った目立たないところに、変わったラーメン店があると聞いたのは4年ほど前のことだった。住所を知っていても、まず自分で探してもわからない場所だという。行ったことがあるという人に連れて行ってもらう機会があった。
土曜の昼。でも、開いている確率は高くない、と。案内人は自信なさげに、畑の中の細い道路に入る。集落の手前に車をとめて、歩いていくと店はあった。表側にはかすれた文字で店の名前が。暖簾(のれん)は出ていないが、案内人は構わず中に入っていき、ちょっと話をして外に出てきた。OKのサイン。
この店は、かなり年配のおばあさんと娘らしき人の2人で切り盛りしている。店内は、田舎の中華料理屋風で、テーブルがいくつか。店の中に貼ってあるポスターなどは年代ものだ。ラーメンを注文する(壁にはラーメン以外のメニューもいくつか張り出されているが、変わったものを注文しても、無いことが多いと、聞かされていた)。
醤油の味がはっきり出ていて、スープを覆うラードは多め。昔懐かしいタイプというよりも、しっかりした個性派である。チャーシューもうまく、そばにあったら通いたくなるくらいのレベルだった。なるほど、単におばあちゃんがやっているというのではなく、高いレベルのラーメンを出すから、話題になるのだろう。
この付近の工場に勤める人が主な客のようだが、それでも、昼時を過ぎてようやく店を開くことが多いらしい。どうやら、商売というよりも、おばあちゃんの趣味、いや、「生き甲斐」として店の営業を続けているらしい。
看板が無い店
水戸には古いラーメン店が何軒かあるが、下町に極めつけの看板の無い店がある。店に入ると、おばあちゃんが、ちょこんと座っていて店内を眺めている。ラーメンを作るのは、若い(といっても十分年配なのだが)女性。店を開いた時期を聞くと、40年以上前とのこと。おばあちゃんは80歳を越えているそうだ。おばあちゃん自身もまだラーメンを作ることがあるという。
ここのラーメンは、スタイルこそチャーシュー、のり、メンマ、ナルト、ほうれん草とオーソドックスだが、古さを感じさせない味だ。化学調味料をかなり丼に入れていたが、後味は悪くない。看板はしばらく前に台風で飛ばされてしまい、そのままなのだとか。以降は、通称「ちゃんぽん屋」で通っている。
岡山にも、おばあちゃん系の店があると聞いて、地元の人に車を出してもらって訪問した。岡山市の南にある「電幸」という店である。スナックのような外観の戸を開けて入ると、カウンターの向こうには80歳を超えた?おばあちゃん。豚骨醤油ラーメン。チャーシューの煮汁かな、タレの味がよく出ている。麺は、さくっとした感じだが、粘りもある。そして、たっぷりのチャーシューがうれしい。モモかロースなのだが、うまい。麺と合わせて食べられる。
およそラーメン屋とは思えない「電幸」は、屋台時代からの名前だそうだ。「電灯のように明るく輝いて、幸せに長く続く店」という意味合いで知り合いにつけてもらったという話である。岡山の町は、昔は屋台であふれていたそうだ。
がん治療の寄付金を集めるための特売日も
北海道で知られているのは、夕張にある「のんきや」である。大きなホテルの脇にあり、壊れそうな外観である。特に店の建物の左側の部分は傾いていて、2階の窓ははずれている。カウンターは全部で7席。そして狭い雑然とした調理場に、おばあちゃんと何匹かの猫。
注文を取ると、チャーシューを切り始める。そして、切ったチャーシューを引き出しの中に一度しまう。雑然と並んでいるものが、おばあちゃんにとっては、長年慣れて使いやすい状態になっているのだろう。感心したのは、動きにほとんど無断のないことだ。
見た目は結構豪華なラーメン。チャーシューはこぶりだが5、6枚のっている。動物系ベースで濃い味のスープ。塩ラーメンには、塩ダレではなく、塩を入れていたが、尖った感じはない。醤油の方は、野菜の味が出ているような不思議な味だ。
東京にも、おばあちゃん系の店はある。「みに亭」は、大井町から5分ほど。夜は居酒屋を兼ねた、地元の人の憩い所になる店だ。狭い店だが、厨房をたくみに使ってラーメンを作る。中華鍋で麺ゆで。ラーメンは底広の丼に。上にもやしがのっていて、豚骨ベースのあっさりしたスープ。麺は中細で平たく少し柔らかい。スープの味は、近くの「永楽」や、以前の「ちゃぶ屋」に通じるものがある。昔風のラーメンを期待していたのだけれど、少し驚いた。
おばあちゃんは髪を染めていて、70歳を越えているとは思えないほど元気。常連の酔客とのやりとりが面白い。毎年3月には、がん治療の寄付金を集めるための100円ラーメンの日があるそうだ。
ラーメン作りは肉体労働である。また、開いている時間は短くても、仕込みはたいてい朝から始まり、後片付けを終えると深夜という一日仕事だ。そのような大変な仕事を老年まで続けていくのは、とても大変である。確かに、老年の人がラーメン店を守っている場合は少ない。
特に、老男性が一人店を切り盛りしているケースはほとんど無い。有名な東池袋大勝軒も、今では山岸氏は多くのスタッフに支えられて店を続けている。しかし、女性の場合は、かなりの高年齢の方が店を続けている場合があるのだ。女性の方が、毎日のペースを崩さずに長く続けることができるのだろうか。
終わりの日
おばあちゃんの店も、終わりの日が来ることがある。熊本駅の裏に「三徳」という店があった。おばあちゃんが作る美味い豚骨ラーメンの店があると聞いて、3年前に訪れた。駅の西側なのだが、出口がなく線路をどうやって超えたらいいか分からず、タクシーに乗った。運転手にも、「こんなところにラーメン店があるのかい」と、驚かれた。
80歳近いおばあちゃんが一人で守っている店。ラーメンは400円。注文を受けると、(テレビの芸能番組を見ていた)おばあちゃんは腰を上げて、慣れた手つきでラーメンを作る。チャーシュー、キクラゲ、青ネギ、海苔。全体が絵としてはきれいなラーメン。クリーミーな見た目とは違いあっさりしたスープだが、もともとの豚骨ラーメンは、このようなものだったかもしれない。
2年後にまた熊本を訪れる機会があり、再びこの店に行く。すると、男の人が店の片付けをしている。なんと、つい昨日に、店を閉めたそうだ。男の人は店主の息子さんで、2階に住んでいたおばあちゃんの荷物を取りにきたという。
店を閉めたのは、体調などが原因ではなく、新幹線のための駅拡張工事が始まるからだという。さすがに年なので、他の場所に移って店を開くことはないようだ。
できれば、元気な限り、店を続けてほしかったと思う。でも、そのときは、「三徳」のラーメンが再び食べられなかった惜しさで一杯であった。
(佐々木 晶)
■チャンポン屋
029-231-2504
茨城県水戸市本町1丁目10−15
■電幸
086-282-3992
岡山県岡山市内尾414-5
■のんきや
01235-2-3327
北海道夕張市本町1-52
■みに亭
03-3777-6646
東京都品川区大井4丁目12−24
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