今年1月31日、渋谷区神泉の「芳来」が閉店した。以前、渋谷を通ったときに寄っていて、手打ちの独特な食感の麺に驚いたことがある。しばらくご無沙汰していたが、2回ほど訪問して、懐かしい麺の味を堪能した。
確かに、スープや具などは、様々な工夫を凝らしている最近の店と比べると見劣りはする。しかし、自家製麺どころか手打ちで麺を提供している店は東京でも多くない。その代表格が消えてしまうのは残念だ。
数年前には、港区六本木の「大八」の閉店のうわさを聞き、やはり何度か駆け込みで訪れた。以前、飲んだあとに何度も訪れた店。でも、しらふで食べて初めて、味の全貌を知ることができた。これだけ鶏の味が表に出た店も、今の東京では見られない。
ブームで生まれた店は人々に長く愛されるだろうか
ラーメンブームが始まって、新しい店が続々と開店する。ラーメンそのものの味もかなり変化に富んできた。全国各地のご当地ラーメンが、あちこちで食べられるようになり、さらに、意欲的な店主は新しい味の創造に余念がない。
ここ数年は「今まで食べたことの無い味」というフレーズを何度聞いたことか、また実際にそのように感じたことも多い。それでも、新しい店、新しい味が、そう簡単に受け入れられるどうかは難しい。
繁昌して客が並ぶようになった店も多い。でも、その行列は、5年続くだろうか。10年続くだろうか。いや、行列が無くとも、そこそこにお客が入って、人々に長く愛される状態になるのだろうか。それは、今は分からないのだ。
地方には、長い間人気を保つ店がある
そういった中で、20年、30年、なかには50年以上もお客に愛されて、ラーメンを提供し続けている店がある。いわゆる「古い店」である。
ラーメンの情報が日々刻々変化する東京では、なかなか、古い店が人気を保つことは難しいが、地方では、その場所でラーメンと言えば、まず名前の挙がるような店が、長い間人気を保っていることがある。
古くから地元の人たちに愛されている店に出会うことが多い。もちろん、マスコミにはほとんど出ていないが、美味しい(おいしい)ラーメンを提供し続けている店も多い。インパクトは強くないけれど、どこかホッとする味なのである。食べたときには、強い印象は無いが、なぜかとても後を引く。客層も、昔からの年輩者ばかりかというと、そうではない、若い人も結構多いのだ。
盛岡の「中河」、岡山の「丸天」
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| 中河の中華そば(500円) |
古い店の中には、以前は様々な料理や定食を出す「食堂」だったのが、いつのまにかラーメン専門店になったものも多い。盛岡の「中河」はもともと多かったメニューが減っていき、今は中華そば1品のみ。そばを流れる川の水のように澄んだスープは、ホッとして飽きのこない味だ。
また、岡山駅の近くの「丸天」もメニューは1種類の中華そば。そこでは、注文しなくても座ればラーメンが運ばれてくるのだ。岡山県では、水島の有名店、百万両でも、注文せずともカウンターに座ればラーメンが出てくる。1度に12杯ずつ豪快に作るので、麺の量が丼によって違うのはご愛敬(あいきょう)だ。
一方で、ラーメンで非常に有名になってもいまだに他のメニューを続けている店もあるから面白い。和歌山を代表するラーメン店、「山為食堂」には、うどんなどのメニューが残っている。地元の人が食べているのを見ることがあり、一度は食べてみたいと思っている。ところで、最近では、昔風に内装を整えた新しいラーメン店が「**食堂」と名乗ることも多いから面白い。
常連と店員との日常会話に耳を傾けるのも楽しい
私は、古い店の雰囲気が好きだ。年期の入った看板を見るとまず嬉しくなる。建物も古い方がいい。入り口の曇りガラスの引き戸を開けると、黙々とラーメンを食べている人たち。隅の方には赤ん坊を連れた家族連れもいる。
小さな店なのに、カウンター席が無いところも多い。これも昔の食堂の名残りではないだろうか。足の長さが微妙に違い少しガタガタするテーブルに、常連のお客さんと相席でラーメンを食べる。
常連と店員との日常会話に耳を傾けるのも楽しい。地方に行くと方言が強いために、何の話をしているのか、分からないこともあるが、大抵は天候の話や、たわいもないうわさ話だ。時々、店主の体の具合などの話が出てきて心配になったりすることもある。
ラーメンが運ばれてきた。湯気が立っている。懐かしい味だ。丼の縁に書いてある店名がかすれている。いままで、この丼で何杯のラーメンが供されたのだろうか。1万杯、5万杯、いや10万杯を超えるのかな。そういったことまで想像すると楽しくなってくる。
東京にもある、人気長寿の店
東京でも、長い間、人気を維持している店は多い。筆頭は、つけ麺の元祖、東池袋の「大勝軒」であろう。渋谷の「喜楽」や荻窪の「春木屋」のように、マスコミにも登場して気を吐いている店もある。
「春木屋」は最近、新横浜ラーメン博物館に店を出し、東京ラーメンの代表格であることを印象づけた。取材を断ることが多いが、目白の「丸長」や三田の「二郎」も行列が絶えることはない。
以前の人気店で最近はあまりマスコミに出ないが、まだまだ客足の絶えない店も多い。神保町の「さぶちゃん」は生姜の利いたラーメンと半チャーハンの絶妙なセットで、以前は1時間待ちが当たり前の店。最近は、行列こそ短くなったが、半チャンラーメンと「おやじさん」の味は健在である。
神保町では「伊峡」でも懐かしいラーメンが食べられる。また、有楽町の「中本」は、牛骨ベースのスープにうどんのような太麺で、昔ながらのファンが多い。私には、珍しいラーメンがあると子供のころ父親に連れて行かれた記憶がある店だ。実際に「中本」でラーメンを食べるのが楽しみでまだ都心での仕事を続けているという年輩の方を知っている。
大井町の「永楽」は、毎日のように地元の客でにぎわっている。もっとも、皆がラーメンを食べているのではなく、楽しそうに酒を飲んでいる客も多いのだが。
店の雰囲気で選ぶなら、笹塚の「福寿」である。すでに半世紀が経過している店は、調理場に大きなかまど。それを取り囲むカウンターは微妙に傾いている。20年前でもすでに十分に古い店であった。西新宿の「北新」は、おそらく東京でいちばん古い九州系の白濁豚骨ラーメンを出した店である。映画「たんぽぽ」でも使われた店内は、その年月が刻まれて煤けていて、それがいい味を出している。
千住牛田の「日の出屋」も40年はたっている店である。店頭には饅頭などが売られているいわゆる甘味処なのだが、鶏ガラベースのラーメンは懐かしさの中にも深い実力を感じる。湯島の「二三太楼」では、奥の小上がりでラーメンをいただこう。仕事前の芸者さんが現れそうなレトロな落ち着いた雰囲気で、昔ながらのさっぱりした味を楽しみたい。
浜松の「浪花」、水戸の「すずき」
地方では、浜松の繁華街の片隅にある「浪花」が、タイムスリップを感じるいい雰囲気の店である。水戸の「すずき」は、増えるお客さんをさばくために、奥の自宅?の部屋も食べる場所にしている。そのため、入り口が2カ所あり、常連客は、どちらが空いているかをちらっと観察してから入る。
松江の「太平楽」は、決して有名ではないが、さっぱりした豚骨醤油に人気があり、古い建物が地元の人でにぎわっている。ラーメンの街全体として、私が好きなのは飛騨高山だ。昔ながらの建物で営業している店がまだまだ多い。
まだ私が訪れていない店では、岐阜の「丸デブ」が古い店の筆頭だろうか。創業が1917年の大正時代からの店である。鶏ガラベースのラーメンがまだ300円という値段で食べられるという。全国各地でラーメンを食べることが多いが、新しい店だけではなく、地元で長く愛されている古い店を訪れるのも、食べ歩きの大きな楽しみだ。
(佐々木 晶)
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