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ラーメンは文化だ!
プロフィール
「最強のラーメンファミリー〜丸長のれん会」

2004/02/10

 丸長グループといえば、荻窪丸長、勝田台丸長、目白丸長や、丸信、栄龍軒、代々木上原大勝軒、中野大勝軒などを擁する老舗のラーメン集団。業界きっての行列店、東池袋大勝軒のルーツとして知られている。

 1959年に丸長出身の店の親睦団体として、丸長のれん会が結成され、現在も総会、講習会、慰安旅行など、相互の交流が行われている。

 丸長グループの創業者の一人、青木勝治氏は七人兄弟の次男で、戦前に長野県北部地方(信州中野、湯田中)から上京、東京小岩で蕎麦屋を営んでいた。出前などの注文も多く、相当繁盛していたという。また、荻窪で鰻屋を経営したこともあったようだ。

 戦時中疎開していたが、戦後再び上京するにあたって、六男の青木保一氏、七男の青木甲七郎氏と共同で、土地勘のある荻窪で商売を始めることになった。

 当時は配給制度が実施されており、食糧はきわめて不足。外食店の営業は基本的に出来なかった(食券制の蕎麦店の営業が一部の店に限って開始されるのは1949年9月である)。1946年5月に砂糖の代用品として人工甘味料サッカリンの使用が許可されたため、当初はこれを使用して、あんみつ、かき氷などを商っていた。

 1947年6月、配給小麦粉の委託加工制度が導入される。家庭に配給された小麦粉を、麺類を扱う店に持ち込み、麺に加工してもらう仕組みである。蕎麦打ちの技術はあるから、加工用の小麦粉を少し分けてもらって麺を売ることができる。また、終戦直後の荻窪駅前にはマーケット(いわゆる闇市)があり、中華系の材料が比較的入手しやすかった。

 ここにラーメン店としての丸長がスタートする。1947年12月のことである。この頃には、義兄弟の山上信成氏も加わっていた。スープは最初、煮干(現在は鰹節を使っている店が多い)と豚ガラから取っていたようである。同時期に荻窪で開業した春木屋とともに、東京の魚系ラーメンの草分け的存在といえるかもしれない。

 1950年から51年にかけて、食糧統制もゆるみ、飲食店の営業も比較的自由になってきた。丸長には荻窪店の他に阿佐ヶ谷店、栄楽、栄龍軒、丸信という店があったが、荻窪丸長を勝治氏、阿佐ヶ谷丸長、栄楽を保一氏、栄龍軒を甲七郎氏、丸信を山上信成氏が受け持ち、それぞれ独自に経営することになった。

 丸長グループの特徴は血縁、地縁のつながりがきわめて強いことである。青木家の三男熊太郎氏の子息、嘉郎氏は荻窪丸長で番頭格だったが、後に目白丸長を任された。また、桜台丸長を経営しているのは熊太郎氏のお孫さんである。

 勝治氏の長兄には三人の娘さんがいるが、三人とも丸長関係者に嫁いでいる(うち一人は嘉郎氏)。栄楽から独立し、中野大勝軒、代々木上原大勝軒を立ち上げた坂口正保氏は青木家と親戚関係にある。坂口氏と行動を共にし、中野大勝軒店長を経て東池袋大勝軒を開業した山岸一雄氏は坂口氏の遠縁にあたる。

 丸長のれん会の第五代会長を務めた深井正信氏は湯田中の企業で庶務課長をしていたところを誘われ、下北沢丸長の店主となった。

 青木勝治氏の存命中は勝治氏がのれん分けの際の場所探しから資金面の面倒までみていたようだ。独立者は営業を続けながら少しずつ返済していけばよかったわけである。こうしたのれん分けシステムが現在まで続く結束力の強さにつながっている。

 勝治氏は1969年2月に死去した。長男勝己氏はその前月に亡くなり、三男和男氏は山上信成氏の養子となり丸信を継承、四男昇氏は甲府で独立(現在は勝田台丸長を経営)したため、五男明史氏が荻窪丸長を守っている。

 丸長グループといえばつけ麺が有名である。つけ麺の始まりは1955年に中野大勝軒の店長だった山岸一雄氏が賄いを応用して「もりそば」の名前で売り出した時だというのは余りにも有名である。数年後に代々木上原大勝軒の坂口正保氏が「つけそば」の名前でメニューに加えた。

 しかし、その後しばらくの間、他の丸長グループには広がりを見せなかった(現在、勝田台丸長でサマー麺と呼ばれている冷たい汁に冷たい麺を漬けるものが出されたことはあったようだ)。

 1975年頃、つけ麺大王チェーンの躍進やハウスのつけ麺の発売でつけ麺ブームが起こる。この頃、荻窪丸長や目白丸長が「つけそば」を発売、グループの多くの店がメニューに取り入れた。坂口正保氏が他店に教えたとも、のれん会の講習会で紹介されたのがきっかけとも言われている。いずれにせよ、今ではグループのシンボル的なメニューとなっている。

 丸長グループは創業50年を超える老舗で、地元の常連客をしっかり掴んでいる強みがある。しかし、決してその地位に安住しているわけではない。現在、二代目以降の若手を中心に丸二会というグループがあり、活発に交流している。

 三代目の世代も育ちつつある。勝田台丸長の子息が開業した八王子丸長は惜しくも閉店したが、甲七郎氏のお孫さんが栄龍軒(荻窪店はしばらく前に廃業)を草加で復活させ、独自の感性を生かした店作りで検討している。

 荻窪丸信も最近三代目が継承し、メニューを大幅に絞り込み、味の向上に努めている。何しろ魚出汁やつけ麺を早い時期に取り入れたグループである。今後もその動向から目は離せない。

丸信 東京都杉並区上荻1-24-22 TEL: 03-3391-4809 
栄龍軒 埼玉県草加市松原4-1-9 TEL:0489-44-7365

(河田 剛)

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河田 剛

河田 剛(かわた つよし) 64年生まれ。東京大学文学部卒。本業は大手証券会社のアナリスト。ラーメン、うどん等の外食企業等の調査も手がける。「EVA創造の経営」(東洋経済新報社)等の翻訳を通じて欧米の経営理論の紹介も行っている。ラーメンは80年代初めの荻窪ラーメンブームの頃から食べ歩いており、特に丸長・大勝軒グループの店には長年通っている。2001年、ラーメンを経済社会学的アプローチで分析した「ラーメンの経済学」を角川書店から出版。NHK「おはよう日本」、テレビ朝日「ニュースステーション」などに出演、ラーメンブームについて解説。ビジネスとしてのラーメンだけでなく、食文化としてのラーメンにも関心を持っている。
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