以前、和歌山出身の人から、「東京に出てきて、しばらくしてから、ようやく“中華そば”と“ラーメン”が同じ意味で使われていることに気が付いた」という話を聞かされたことがある。
筆者は東京出身で、物心ついてからずーっと“ラーメン”と“中華そば”を同義に使っていたので、全く気がつかなかったのだが、確かに、和歌山のように、一方の言葉が、他方より圧倒的な頻度で使われているところに暮らしていれば、両者が同じ意味の言葉であるのを知らずに過ごしてしまうこともあるのだと、気が付かされた。
ましてや、豚骨しょうゆの濁ったスープが特徴の井出系の“中華そば”しか知らなければ、東京風のしょうゆ“ラーメン”を食べた後も、“ラーメン”と“中華そば”とは全く別の食べ物だと思い続けたとしても、不思議なことではないかもしれない。
“中華そば”は日本料理
さて、この“ラーメン”と同義に使われている“中華そば”という言葉だが、この言葉によって、未だにラーメンを“中華料理”の一メニューだと思い込まされてしまっている人が、多数いるようだが、果たして本当にそうであろうか?
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もはやラーメンではない「麺屋 嘉夢蔵」の“平つけ麺” |
ラーメンの原型は、今から約100年ほど前に、日本に渡ってきた中国人の手によってもたらされたものであり、そのことについては疑う余地はない。しかし、その後、しょう油や味噌など、日本独自の調味料による味付けが施され、鰹節や昆布などの海産物の出汁を加えるなど、日本人の舌に合うように幾多の日本的アレンジが加えられ、進化・発展を遂げ今日に至っている。
そのため、現在、我々が口にしているラーメンは、もはや、全くといっていいほど原型を留めていない。従って、もともとの「起源」以外に、現代のラーメンを“中華料理”とする根拠は存在しないといっていい。
「起源」のみを根拠に、料理の国籍を議論するならば、誰もが日本料理として信じて疑わない“天麩羅”はポルトガル料理ということになり、“寿司”も東南アジアのどこかの料理ということになる。 また、そもそも、麺料理全ての起源は中国にあるので、“うどん”も“日本そば”も全て中華料理ということになってしまうが、それはあまりに乱暴であろう。
何より、現代中国に日本の“ラーメン”に当たる食べ物が存在せず、彼ら自身が日本のラーメンを“日式ラーメン”として区別していることも、我々が口にしているラーメンが、純然たる日本料理であることを示す、確たる証拠といえるだろう。
余談になって恐縮だが、このラーメンを中華料理の一メニューとする「誤解」は、日本特有のもので、実は、西欧諸国ではほとんど見ることがない。8月19日の拙稿「アジア各国における日式ラーメンブームの裏側」で紹介した通り、西欧諸国におけるラーメンの一般認識は、「インスタントに調理できる麺の塊」である。しかし、書籍などで説明される際には、キチンと「日本」のものであるという言及がされており、中華料理であるという誤解は、全くといっていいほどされていないのである。
混同されるラーメン
「誤解」といえば、ラーメンとは、全く関係のない“麺料理”をラーメンの一種として「混同」している人も少なくない。混同されている際たるものが、チャンポンと担々麺である。
チャンポンは、1887年(明治20年)オープンの「四海楼」のオリジナル料理であり、当時、長崎に渡航してくる貧しい華僑や留学生を相手に、安くて、うまくて、栄養豊富で、ボリュームのある麺料理を提供しようと、福建省出身の店主・陳平順が創作したものである。開店当初のメニュー名は「シナ料理四海楼饂飩」といい、“うどん”として世に出たものであった。
また、担々麺に関しても、今、我々が最も口にすることの多い、胡麻のペーストを用いた担々麺は、日本における四川料理の父・陳建民が、四川で食べられていた汁なしの和えそばを、汁そば好きの日本人の口にあわせて考案したものがベースとなっている。
香港には、担々麺という名前ではないものの、この“陳式”担々麺に良く似た汁そばが存在しているので、この「胡麻風味汁そば」である担々麺自体が、陳建民のオリジナルであったかどうか、ハッキリしたことは定かではない。しかし、いずれにせよ、ラーメンとは全く別の経緯で開発されたオリジナルの麺料理であり、ラーメンの一種として捉えられる理由はどこにもない。
このように、チャンポンと担々麺、そして、ラーメンとの間には、「基本的に汁そばであること」と、いずれも「中国に起源があること」の他には、なんらの共通項もないことは明らかで、これらの麺料理をラーメンの一種として捉えることには無理がある。
百歩譲って、なんとなく“中国の匂いのする麺料理”を“ラーメン”として捉えるという考え方もできなくはないが、刃削麺や竜髯麺など、ごく最近になって日本に紹介された中国オリジナルの麺料理を、ラーメンとして捉えるかと問われれば、それはそれで違和感を禁じえない。
「誤解」と「混同」のもと
このように、いまや国民食になり、極めて身近な存在であるはずのラーメンではあるが、実は、我々一人一人の頭の中にあるラーメン像が微妙に異なり、何をもってラーメンとするかは、いまだ“曖昧”なままなのである。
更に、ここ数年のラーメンブームで、ラーメンは凄まじいスピードで多様化し、スープの素材や基本となる調味料は言うに及ばず、麺の形状や素材に至るまで、ありとあらゆる試みが繰り返されてきた。その結果、もはやラーメンとは言いがたい、新種の麺料理まで生み出すに至り、“曖昧”さが増幅した状態になっている。
特に、同じ麺料理であるイタリアのパスタと比較すると、片や、材料は全く同じであっても、わずかな太さの違いで呼び名が変わってしまう厳格さを持ち、片や“なんでもあり”の柔軟さを持つラーメンというコントラストが浮き彫りになる。
よく、「ラーメンの魅力は、ルールなきが故の自由度の高さである」という声を聞くが、ラーメンとは、日本という“曖昧なもの”を“曖昧な”まま受け入れる柔軟な素地があってこそ大きく花開いた文化であると、今回の原稿をまとめていく過程で思いを新たにした。そして、その意味においても、ラーメンは紛れもなく“日本料理”なのだとも。
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