休日の早朝、東池袋「大勝軒」の店先に、男達が続々と集まってくる。この店の常連の人々である。大勝軒は11時に開店するが、3時間前の8時には行列は10人以上になっている。8時半ともなると、何処からともなく缶酎ハイとコップが用意され、屋外で酒盛りが始まる。夜の8時半ではない、朝の8時半である。
やがて酒は日本酒、焼酎に変わっていく。開店30分前の10時半には店の中に入って待つことができるので、チャーシューの切れ端を使ったお通しでさらにビールを飲む。こうなるとすっかりほろ酔い加減になる。
11時には店主の山岸氏が登場し、ラーメンを作り始める。常連にとって大勝軒のラーメン(中華そば)やもりそばは、飲んだ後の締めに食べるものなのだ。この時点で12時前だから一日は長い。
こうした風習は自然発生的にできあがったもので、初期に店の前で飲んでいた人たちが「大勝軒友の会」というグループを作ったのが始まりである。常連にも世代交代があるようで、現在は第3世代なのだそうだ。第3世代といっても、大勝軒の歴史を反映して、50代以上の人が多い。職業はメーカー、サービス業など様々である。
この人たちの接点はただ一つ、休日の朝に大勝軒に来ることだけ、利害関係は何一つ無い。そして野球、映画、経済、政治などの話題に興じる。常連にとって大勝軒は4時間近く酒を酌み交わし、会話を楽しむことができる店なのだ。
筆者は大勝軒に並んでいて、長い間あの怪しげな集団はなんだろうと思っていたが、実は気さくで愉快な人たちである。何度か朝早く行って顔を覚えられると会話の輪にも入れてもらえる。また、並んだ順番もきちんと守る大人の集団でもある。
ところで、飲食店に行く目的はなんだろうか。料理を食べるというのはもちろんだが、時間を買う、あるいは経験や思い出を買うという側面もあるのではないだろうか。会話を楽しみながら楽しい時間を過ごすことは、飲食店の重要な機能のように思える。
食べることに熱心な人が多いフランスには、会食の楽しみという意味の単語(コンヴィヴィアリテ=convivialite)があり、料理以上に食卓での会話が重視されているようだ。
また、スターバックスが成功した要因として、経験(experience)の価値を十分意識したマーケティングがあるということがよく言われている。スターバックスという経験、すなわちスターバックスで過ごした時間が顧客の心に残るような店作りが行われているというのである。
ラーメン業界では90年代の後半に「青葉」、「麺屋武蔵」、「くじら軒」などの店が登場して、ラーメン店の味、サービス、内装は向上した。
従来は、味はともかくとして、サービス、内装は他の客単価の高い業態と比べて見劣りする場合が多かったが、最近新規にオープンするラーメン店は、遜色のない水準に達していることも珍しくはない。しかし、ゆっくり時間を過ごすわけにいかない点は以前のままである。
もちろん、これまでのラーメン・ビジネスは、低単価、高回転が前提であるから、必然的にそうならざるをえない。その点ではラーメン店、牛丼店や立ち食い蕎麦店はさほど変わらない。ラーメン店で飲みながらくつろぐのは、はるばる亭、江ぐち、大勝軒(店内に入ってからはゆっくりしないが)、などに見られる常連の特権的世界であった。
「麺屋武蔵」にしても、ジャズの流れる店内や、女性用のグラスを用意するなどのサービスは画期的だったが、長蛇の列ができるとともに黙々と食べ、そそくさと出てこなくてはいけなくなってしまった。
メディアに紹介された店の行列に並ぶことも経験の一部ではあるが、カップルで来ても店内で会話する余裕は無い。乱暴な計算だが、時間あたりの価格で計算すると、15分で700円のラーメン店よりも、3時間で5000円のプリフィクスのイタリアンがお得ということにもなる。
しかし、最近になって、アルコールを飲みながらゆっくり会話を楽しみ、ラーメンも食べるという顧客を最初からターゲットにした店が現れ始めた。
西麻布にオープンした「五行」は、一風堂のオーナー河原氏が博多の一風堂店舗の2階に作った店が東京に進出したものである。内装は斬新な店舗作りで知られる神谷デザイン事務所が手がけ、焼酎の品揃えが豊富である。ラーメンも高いレベルに仕上がっている。
堀切の「麺香房 天照」は堀切二郎の系列店で、アジアンダイニング風の内装と豊富な中華系のつまみや紹興酒が楽しい。ラーメンは豚骨スープの二郎とはまた違った魚出汁のきいたものである。
中目黒の「框堂」(かまちどう)は、鶏味座、炙家などの居酒屋を経営する企業が出店した。もともと鶏味座でもラーメンを出していたのが、今回はさらに本格的なものとなった。白いカバーのかかった重厚な椅子、驚くほど豊富なラーメンのトッピングが印象的である。
この種の店のジレンマとして、ラーメンが評判になりすぎると客が殺到して当初のコンセプトが崩れてしまうことがある。かといって完全予約制などにしてしまうと気軽に行くことができなくなる。その点を上手にコントロールしながら新業態として定着させられるかどうかが、やや閉塞気味のラーメン・シーンを打破する一つの鍵となるかもしれない。
(河田 剛)
・五行
東京都港区西麻布1-4-36
TEL: 03-5775-5566
・麺香房 天照
東京都葛飾区堀切5-3-2
・喰麺と酒肴 框堂
東京都目黒区上目黒3-1-8
TEL:03-5773-5567
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