8月25日はラーメンの日である。昭和33年のこの日に現日清食品会長の安藤百福氏が「チキンラーメン」を開発したのである。この商品が人気を博したころから、支那そば、中華そばなどと呼ばれていた名称が、広島、和歌山、飛騨高山などの一部の地域を除いて、全国的にラーメンという呼び名で定着した。
続いて昭和34年にエースコックから「エースラーメン」、マルタイ泰明堂から「マルタイラーメン」が発売された。九州出身の私は幼少の頃からこのマルタイラーメンを食べて育った。当初は九州でしか売られていなかったこの商品が、今では全国区となっている。毎年400銘柄くらい発売され、3カ月くらいで姿を消してしまう中で1年以上店頭に並ぶ商品は10銘柄にも満たないという。そんな中で目立たないながらも、40年以上支持されているのはすごいことである。
昭和41年には、明星食品から「チャルメラ」、サンヨー食品から「サッポロ一番しょうゆ味」(味噌味は昭和43年)が発売。昭和43年には日清食品から「出前一丁」が発売され、ロングセラーの御三家がこのころ足並みをそろえる。
中でも「サッポロ一番味噌ラーメン」が味噌ラーメンブームに火をつけた功績は大きい。昭和30年に札幌「味の三平」の故・大宮守人氏が味噌ラーメンを開発し、それをメニューにいれた昭和36年くらいから、味噌ラーメンは札幌で爆発的な人気を呼ぶ。東京では昭和40年の高島屋物産展による札幌ラーメンの実演販売で評判を呼び、昭和42年から「札幌ラーメンどさん子」が4年で300店というチェーン展開をした。
こうして札幌味噌ラーメンの名はあっという間に全国区になってしまうわけだが、「サッポロ一番味噌ラーメン」の存在がなければ、ここまでのスピード出世は有り得なかったであろう。いつの時代もラーメンブームの火種に風を煽って大きくしているのがインスタントラーメンの役割である。
そして昭和46年に日清食品から「カップヌードル」が発売され、インスタントラーメンはカップの時代に突入する。昭和44年の第2次の資本自由化にともない、ケンタッキー・フライド・チキンやマクドナルドが日本にやって来たころのことであった。発売当初は100円という値段の高さもあって全く売れない商品だったが、浅間山荘事件のときに連合赤軍を包囲する機動隊が2月の寒空の下で麺を啜って(すすって)いるシーンが生放送で映し出され、ブームに火をつけたというのは有名な話。このカップめんの出現により、インスタントラーメンの業界は大きく変わっていく。
昭和48年には「シャンメン」でハウス食品が、翌昭和49年には「ワンタンヌードル」でカネボウフーズが業界に参入し、昭和51年にカネボウは麺を油で揚げていない「ノンフライタンメン」、昭和52年にはハウスのシャンメンたまごメンの「つけめん」を発売するなど新機軸の商品が注目を浴びる。このノンフライ麺の出現から、インスタントラーメンはスナックメンから本物指向にシフトし始める。
昭和56年明星食品より「中華三昧」が発売され、インスタントラーメンの高級化も始まった。平成の声を聞くと、カップ麺の生産量がついに袋麺を抜き、インスタントラーメンは両者を合わせて年間46億食という巨大市場にのし上がる。平成3年に明星食品がLL(ロングライフ)麺を開発し、「夜食亭」を発売。平成4年には日清食品が「ラ王」を発売してLL麺は世に広がった。
有名店の屋号を冠にしたカップ麺には一言……
そして平成13年には日清食品がセブンイ-レブン限定で「札幌すみれ」と「博多一風堂」の屋号を冠にしたカップ麺を発売し、大ヒット。その勢いは、現在にまで至っている。今では全国レベルでカップ麺を出していない有名店を探すのが大変なくらい屋号を銘柄にした製品が出回っている。ノンフライ麺以降インスタントラーメンはお店で出すラーメンに近づいて行こうとする傾向があったが、屋号を冠するラーメンの出現により、その傾向はより一層色濃くなった。しかし、どこまで行ってもインスタントラーメンは、お店の味にはなり得ない。
私は、インスタントはインスタントらしく、油で揚げたスナック感覚のものが好きである。また、メーカーは戦略として仕方がないが、屋号をカップに気安く売ってしまう店主の感覚には、「ちょっと違うだろう」と言いたい。「亡くなったお父さんの許可なく屋号を売ってよいのか」とまで言ってしまうと極端だが、少なくとも出す側も食べる側も、お店のラーメンとインスタントは違うと認識できるようにしてほしい。
しかし、プロフィールにあるように、屋号ラーメン反対論者の私が、シマダヤから「ちゃぶ屋」の森住康二氏と共同開発で「薫風」という醤油ラーメンと、「むつみ屋」の竹麓輔氏と「濃粕(こはく)」という味噌ラーメンを発売した。この趣旨は、お店のラーメンではなく、あくまで新しいラーメンを店主と私が共同開発したということである。私も店主もシマダヤも勉強になったと皆、心の底から思っているし、いい作品ができたとも思っている。
屋号をつけたラーメンも飽和状態になってきており、共同開発の新ラーメンへとインスタント麺業界も動いていくであろう。明星食品などで昨年くらいから既にそのような作品も発売されているし、そろそろ屋号を冠したインスタントラーメンも次なる展開に入っていくのではないだろうか。
(武内 伸=ラーメン総合研究所所長)
「超らーめんナビ」
株式会社エディアが運営する携帯電話向けのラーメン情報サイト。Ezweb(トップメニュー⇒生活情報を調べる⇒グルメ⇒超らーめんナビ)、J-SKY(J-skyメイン⇒グルメ・ショッピング⇒グルメ⇒超らーめんナビ)の公式サイト。位置情報付データで全国のラーメン情報を紹介するほか、掲示板ではラーメン好きの人のためのコミュニケーションで連日盛り上がりを見せている。
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■子供のころはよくインスタントラーメンを食べていましたが、最近はめったに食べなくなりました。わたしもインスタントラーメンとラーメンは別物だと思っています。インスタントラーメンはインスタントラーメンらしい進化があってもよいのではないかと思います。
(snark:39歳:無記入)
■最近のインスタントラーメンは、馬鹿に出来ませんね。そんじょそこらの店よりは数段旨いと感じるものもあります。ただ、うまみ調味料等をふんだんに使って人間の舌を麻痺させているものもありますので注意が必要かと思います。
(お汁:36:営業)
■屋号を冠したインスタント麺はその期待感が大きい分、ガッカリすることがほとんどですね。浅はかな戦略のような気がします。また、インスタントと店物の中間の価格設定の商品は、虻蜂取らずでいずれ消えることになるのではないでしょうか。インスタントラーメンの“楽しさ”は、スーパー(マーケット)で5袋入りの安いものを見つけたときの感動と、そこに冷蔵庫に残っているものを端から入れて煮込み、口いっぱいにほうばる瞬間の至福感です。そして残ったスープに冷や飯(熱くないほうがウマイ)を入れてかきこむときの幸福感は、他に替えがたいもの。安くて美味いインスタントラーメンを追求してほしいと思います。
(コアラ:48:医療コーディネーター)
■私は食には食材自体の味や香りにその場の生活の匂い、会話等の忘れられない思い出の1シーンが重なっていると思います。私にとってのインスタントラーメンはラーメンとはまったく別個の「インスタントラーメン」という独自の食文化と考えています。したがって、エセ屋号ラーメンにはあまり興味がありません。私にとってのザ・インスタントラーメンはイトメンのチャンポン麺とエースコックのワンタンメン、日清焼きそばとなります。それぞれに懐かしい思い出とこだわりがありますし、今でも買い置きは欠かさず、家族で味わっています。このような定番商品がいつまでも楽しめることを切に望みます。
(ゆめじ:48:製造管理)
■私は小学生の頃、「出前一丁」や「札幌一番」で料理を作る楽しさを覚えつつ、おやつ代わりにしてきた。カップラーメンは手軽に作れてしまう分、何か物足りなさを感じてしまう。袋麺を作るとき、好みでいろいろな調味料を足したり、野菜やありあわせの具材を入れて作ったものが思った以上においしかったりすると、嬉しいものである。カップ麺は手軽さと引き替えに、ものを作る想像力を無くしてしまった様な気がする。あと屋号を冠したカップ麺は、カップ麺を食べた消費者が本物を食してみたいという欲望に駆られ、店を訪れるというところまで考えているのかどうかはわからないが、所詮「模倣品」というレベルである。やはりカップ麺の良さを生かしたオリジナル品開発をしたほうが消費者にもメリットがあると思う。
(めんらー:42:ネットワーク管理者)