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ラーメンは文化だ!
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“家系”ラーメンの総本山「吉村家」とその弟子たち

2003/07/15

 1999年に現在の横浜駅西口に移転してきた家系総本山「吉村家」は、1974年横浜市磯子区新杉田の国道16号線に並行する産業道路沿いにひっそりと誕生する。店主吉村実の伝説はここから始まった…。

 1日に豚骨1トン、鶏ガラ500羽分を使った濃厚な醤油豚骨スープに酒井製麺の太麺、1日50キロ以上も使われる分厚い焼豚、大きなノリが丼からはみ出し3枚、鶏脂を使うためスープはいくぶん黄色く、青味のホウレン草との色のコントラストが食欲を誘う、、、。

 店主の吉村実は、タオルのねじり鉢巻、半袖の白Tシャツに白いニッカボッカ風のパンツと長靴といういでたち。店主と相通じる吉村家のラーメンは、なんとも無骨、豪快、しかし繊細に計算しつくされていた。

 ラーメンとトッピングのみのシンプルなメニュー構成だが、麺の固さ、スープの脂の量、味の濃さを客が自由に選択できるサービスと、テーブルの上に置かれた様々な調味料、ニンニク、豆板醤、胡椒などを入れることにより、より自分好みのラーメンを食べることができた。客に選択肢を与えない昨今の自信満々のこだわりラーメン屋とはえらい違いである。

 一見すると辺ぴな場所だが、石川播磨重工業をはじめとする工場密集地帯に産業道路とくれば、働く男たちやトラック野郎がこのラーメンにハマらずにはいられないだろう。あっという間に界隈から評判になっていく。

TVのレポーターをどやしつける

 「バカヤロー、喋ってねーで、とっと食え。ラーメンがのびちまうだろーが」---。私が強烈なインパクトを受けたのは、あるテレビ局の女性レポーターを店主吉村氏が恐ろしいダミ声でどやしつけていた時である。

 「あ、あの、なんでこんなに“おノリ”が大きいんですか?」という恐る恐るの質問に対し、「おノリだとー? バカヤロー、ノリに『お』なんてつけんじゃねーよ、ノリはノリだ、おれが好きなんだよ、文句あんのか」とケンカ腰。半ベソのレポーターにたたみかける男吉村は、もう誰にも止められなかった。

 山積の鶏ガラを指差して吉村氏は豪語する。「いいか、ラーメンの旨さな、鶏ガラか化学調味料なの。だから、うちはガラをこんなに使うんだ、わかったか。チャラチャラしやがって、こっちはなラーメンに命かけてんだバカヤロー!」---。

 ちなみに、このオンエアで何回バカヤローと言ったのか定かではない。だが、一日1500杯のラーメンを売る男のサクセスストーリー、これはほんの序章に過ぎなかった。

弟子たちが次々に独立、お家騒動も

 がらっぱちに見せてその実、繊細な一面を持つ吉村氏。人生につまずいたダメ男たちに壮絶過酷な修行を強いて、再生のチャンスを与える人生再生道場的な側面も「吉村家」は持っていた。ただのラーメン屋ではない。かくいう吉村氏自身、このラーメンに出会うまで様々な職を転々とし、何をやってもうまくいかなかった苦労人時代を経験しているからだという。

 その後吉村氏は、横浜・本牧に「本牧家」を開店。店長に30歳を過ぎてから弟子入りした神藤氏(現六角家店主)を起用する。が、ほどなく神藤氏は「吉村家」を辞める。

 詳しい事情はわからないが、この時「本牧家」の他の店員も次々辞めていった経緯もあり,怒った吉村氏は、「本牧家」の営業を一時中止してしまう。この家系ならぬお家騒動は当時は新聞沙汰にもなったという。目をかけた弟子に裏切られたという思いが吉村氏にあったのかもしれない。

独自の経営哲学で事業を拡大

 いつか私が驚かされたのは、吉村氏の経営哲学である。安くて旨い一杯を提供するために徹底した仕入れのコストダウンを計る。その方法とは、なんと出入りの業者を年に1回一同に集め、1年分の仕入れ代金をその場でキャッシュ、前金で手渡すというものであった。

 無造作に紙袋に入れられた現金は、億はゆうにあったろう。製麺所、肉屋、調味量の業者、八百屋などに一千万単位の札束を無造作にわしわしと手渡していくのである。これで業者も安心してリスクを負わずに仕入れができるし、その現金で食材を安く仕入れることも可能になる。一挙両得とはいえその光景はなんとも圧巻であった。

 しかし、その破天荒さや副業にまで手を広げていく経営方針などが、弟子との幾多の軋轢を生んだことは否めない。神藤氏は1988年に横浜市の東白楽で「六角家」を開店。「本牧家」にいた近藤氏(現近藤家店主)も参加する。

 近藤氏はのちに独立を決めるも、家庭の事情で断念。チェーン展開を計る「横濱家」「介一家」を経て、1992年に念願の「近藤家」のオーナーとなった。一方、神藤氏も店が繁盛し過ぎて過労で倒れ入院し一時閉店を余儀なくされたという。師匠にたがわず波乱万丈の弟子達である。

 現在、200を超える家系の店舗の経営者は、ほとんどがこの神藤氏、近藤氏の直系といっても過言ではない。つまり吉村氏の孫弟子にあたる。吉村氏が苦労の末に生み出した一杯の家系ラーメンを「横浜に家系あり」とまで言わしめ、広く首都圏に広がったのは、おそらくこの2人の存在がなければ不可能だったろう。

 とはいえ、師匠と弟子の過去に起きた確執は、家系スープの豚骨や鶏ガラのようにはトロリと溶け合ってはいないようである。

“直系”のお墨付きはわずか4店

 それが証拠に吉村氏は最近、家系総本山「吉村家」直系宣言を行い、横浜磯子「杉田家」、横浜港南「環2家」、富山県「はじめ家」、千葉県柏市「王道家」のわずか4店舗だけに総本山直系のお墨付きを出したのである。

 「いいか、吉村家で修行したからって直系とは言わねーんだ、バカヤロー、文句あんのか、理由だぁ? そんなんもんあるか、俺が気に入ったらからだ」とでも言いたげな話だが、ラーメン家以外に「鉄板家」(たぶん鉄板焼きの店)、「電話家ブロードビット」(電話債権の売買)、いずれも吉村氏の副業であろう2店舗もちゃっかり直系店に名を連ねており、相変わらずの破天荒ぶりは健在である。

 他の弟子や孫弟子たちには動揺や不満もあるだろうが、そんなことは何処吹く風のこの男、しかし、飄々(ひょうひょう)としてどこか憎めないところがあるのも事実だ。

 家系らーめんの創始者である吉村実氏は、現在年商50億とも60億とも言われている。新杉田「吉村家」のたった1杯のラーメンから始まり、紆余曲折を経たサクセスストーリーは、やがてビルを建て、不動産業やパチンコ店に手を広げ、銀行の個人筆頭株主にまで展開していく。

 副業でのつまずきもあったが、そんなことでめげるような男ではない。「人生七転び八起き。美味いラーメンで出直しだ。バカヤロー!」。ああ、あのダミ声が私の耳に聞こえてくるようだ。
(林 英男)

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=読者からのコメント=


■BizTech朝刊メールより記事を拝見させて頂いたが、全体的にただ美談に作り上げられ、かつて地元に身を寄せていた者にとってはあまり面白くないものである。
そもそも吉村氏は杉田に居る頃から、店舗に出ていることはあまりなく、弟子と呼ばれる人達が店を守っていた感がある。それぞれによって微妙に味が異なり、そこにファンも存在したが、それがお家騒動にも繋がっている原因でもあるといわれている。
また本業以外にも、カラオケ店経営、古本屋フランチャイズ、金融業を展開し、その方面でも「吉村屋」店内で社員募集の告知をするなど、本人自体の評判は外から見てもあまり宜しくないと思われる。
横浜駅西口進出の際もキャッシュで土地を購入したとされていて、確かに破天荒なところもあるかと思うが、店での吉村氏はお客を罵倒するような言動は無かったはずである。
「ガチンコ」に出てくるようなパフォーマンス重視タイプではないので、あまりその面だけを誇張するような書き方が気になり投稿させた頂きました。
(あつ、31歳、営業職)


林 英男

 1954年東京自由が丘生まれ、代官山育ち、下北沢在住。今年24周年を迎えたダイニング・バー「裏窓」を下北沢で経営。店の料理から化学調味料を排し、ピザの生地から餃子まで手作りしている。著書に「ラーメンライダーが行く!」(エクスナレッジ社刊)がある。最近は、なかなか声のかからない続編のために、昼間はラーメンライダーを続ける一方、夜は伊豆大島の自然海塩「海の精」を使った「塩らーめん」を常連に提供。好評を博している。夏用の「ざる中華」は細麺をバルサミコ酢、ラー油、トマトを加えた醤油タレでいただく。こちらもなかなか評判。
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