「数字・うら読みななめ読み」では、さまざまな立場から「住まい」を見つめている方々へのインタビューを7月6日から10回掲載してきました。
そもそも「住、住まい」というテーマは、人それぞれの生活環境や趣味・嗜好(しこう)、が絡んでくる分野です。さらに、本人の意志とは異なる次元での多様な制約も加わってきます。
今回のインタビューでお話を伺った各分野の方々のご意見もさまざまならば、それに対する読者の方々の反応も多様でした。
たくさんのご意見を伺うことができたのは収穫でした。「住」という文字が体現している通り「人が主である」このテーマを、最後にもう一度、振り返りながら考えていきたいと思います。
■自分の生き方のコンセプトが問われている
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ツノダ フミコ氏 ウエーブプラネット 代表 |
家というのは、買うにしても借りるにしても、家計の支出において大きな比率を占める項目です。その割には、洋服や靴を買うときのように心ゆくまで“試着”ができないのが一般的。だからこそ、真剣に検討しているのだけれど、ある部分では目をつぶって「えいやっー」となってしまったりする。一般的には、検討期間よりも決定後の方が時間は長く、その世帯の個性が表れてきます。
私は現在、賃貸の集合住宅に住んでいます。しかし、同じ間取りの家がいくつもありながら、その使われ方は同じ間取りとは思えないほど多様です(玄関先からだけの観察ではありますが)。家族構成やライフスタイル、趣味、当然ながら性格も含めて、そこに住む人たちが映し出されます。そこに住む人たちが意識する、しないにかかわらず。
今回、資産の視点や間取りの視点、果ては「終の棲家」の視点まで取り入れながら、それぞれのご専門の方々に「住」に関するお話を伺いました。どの視点においても「あなたは、どのような生活がしたいのですか」が問われているのだなぁ、と深く実感しました。
自己責任の時代、と口にするのは容易なことです。しかし、実際にはとてつもなく大きな問題です。同居する家族がいれば、なおさらでしょう。「自分自身は○○したい、だが妻(夫)は□□したい、おまけに子供は△△だし、親は××だ」という状況下において、生活構成要素のプライオリティを明確にしていく作業は、言い換えると妥協点を見出していく作業なのかもしれません。
■家計戦略の輪郭を描けているか
東京カンテイの中山登志朗氏が「住宅は人生設計そのもの」と言い、「だれにも相談すべきでなくご自身でお決めになること」と続けていた点は、大変興味深いと感じました。このような発言を不動産鑑定の専門家から聞くことができた意義は大きいと思います。
不動産の専門家の方々から見た資産価値と、そこに住む人にとっての生活価値は当然等しいものではありません。過去の「住宅すごろく」は生活価値ではなく資産価値の目線で「住まい」を見ていたに過ぎません。
資産価値の目線で「住まい」を考えるときには「数字」という強い味方があります。しかし、「住み方、暮らし方」を住まう前に描くことは、非常に骨の折れる作業です。定性的にしか分からない機能価値や情緒価値を自覚した上で、他者に伝えていかなければなりませんから。
現在住んでいる住宅の収納問題や、インテリアやリフォームに関しては、比較的情報は恵まれています。一般の雑誌を見てもしばしば特集記事が組まれており、その分馴染みもあります。
けれども、「住まい」を新たに借りる・買う際に必要となる情報はなかなかありません。「住み方、暮らし方」を提示しているのは、提供者側の都合によって創られたイメージ的な情報が圧倒的です。もっとも、実際にはたくさんの情報があるにもかかわらず、経済的事情を優先して、事前に情報を絞り込んでいく習慣が無意識のうちに形成されているのかもしれません。
ファイナンシャルプランナーの井畑敏氏も、「ライフプランの基本は(収入と支出のプランではなく)、自分の目標であり、夢である」という主旨の発言をしていました。
現在から将来に続く「住まい」に関する家計戦略では、「自らの生き方を問われている」という各氏共通のご意見。当たり前、と言われればそれまでですが、こうした方々の口から、それらを直接聞くことができたことに「自己責任」の重さと、「意識して描く夢」の重要さに気付かされました。
■家族や世帯の多様化に「間取り」をどう生かしていくか
「間取り」に関するインタビューに対しては、読者の方々から非常に活発にコメントが寄せられました。それだけ「自分の事」として読んでいただけたのかもしれません。また、社会的事件との関連性の濃淡を敏感に感じ取られたのかもしれません。子供部屋と夫婦の別室傾向を軸に、間取りについて4人の方々にお話を伺いました。
子供部屋も夫婦別室も、住宅メーカーの「ウリの目玉」になりやすいテーマです。すなわち、それだけ気にする人が増えてきたと言うことでもありますし、供給側にすれば差別化しやすいポイントということでしょう。昔も今も、基本的に商売の基本の一つは「不安につけ込む」ことなのですから。
いずれにしても各氏がご指摘の通り、こうしたことを問題視できるだけの豊かな人が増えてきた、ということは間違いないでしょう。住まいの空間にゆとりがなければ子供部屋も夫婦別室もあった話ではありません。
間取り活用問題は、資産価値とは異なり、各世帯の家族観や教育観こそが拠り所となります。頼るべき数字が各々の家に存在しない問題です。だからこそ、共通の正解が存在しません。
この問題は、今後ますます注目されていくことと確信しています。それは決して派手なムーブメントではないかもしれません。しかし、早婚・晩婚・非婚など婚姻の多極化や出産年齢の多様化、シングル・ファーザー&マザーの増加、高齢化によって、子供部屋の価値も、夫婦の部屋の価値も従来の間取り活用の枠をどんどんはみ出していくのではないかと、期待を込めて予測しています。
お金の使いこなしも、空間の使いこなしも、要するに「夢」次第、という点では同じ話のように感じました。
次代の新しいお手本作り、藤原智美氏のいうところの「フォーマット」つくりが、今の時代を生きる私たちの醍醐味であると思います。
■「甘え」ではなく「利用」生活へ
約10年前に、ある郊外居住の家族研究をしたことがありました。そのとき、「ベッドタウンがホームタウンになったとき、この街に住む家族たちはどう変わっていくのだろう」と考えました。そのときの結論は正直言って、決して晴ればれとした気分ではなく、むしろ寒々とした何とも言えない後味の悪い予感を伴うものでした。
そこは確かに高級住宅街と呼ばれる場所でしたが、街の重要な構成要素である各世帯までもが画一化されたかのような街だったのです。今は、ホームタウンになる以前にシルバータウン化が急速に進み、家並みは立派なのに人の気配があまり感じられない、そんな街になりつつあります。
公共の手によるバリアフリーのためのさまざまな手立てでは追い付かない、そんな生活の不自由さが、そこここに露呈し始めました。
かつて描かれた「老後の暮らし」がリセットされています。
「老後の暮らし」の選択肢が本人の考え方次第では、確実に増えています。
いつからを「自分の老後」にするかも自分次第です。
選択肢の広がりと、新しいさまざまな取り組みの事例を紹介する意味で、「終の棲家」について3人の方々のお話を伺いました。
まだ馴染みの少ないコレクティブハウスのお話もあれば、身近でありながら非常にややこしい介護保険をはじめとするソフト面のインフラのお話もありました。これからを示唆するような事例を意識しましたので、少し距離を感じたお話もあったかもしれません。しかし、現場はもっと動いている、そう感じました。
私自身の将来を考えれば、もっともっとコレクティブハウスのような住宅が多数出現して、あるいは自発的に手掛けて、いろんな世代の、多様な職業の人が集まるような、常に空気が動いている、そんな集合住宅に住みたいなぁ、と夢を描きました。年をとれば確実に身体機能は低下する、それは避けられません。しかし、だからこそ、自分にふさわしい住まいについて主張していかなければ加齢の楽しみが減ってしまいます。
都市部では都市部なりに、高齢化が進む地域でもそれなりに、「人の手」を借りたい人たちは数多くいます。家事の外部化が進んだ先には、外部機能を伴った家事機能の家庭回帰が起こる、とかねてより予測するところであります。新しい住まいの形として今回紹介した高齢者対応住宅が、それぞれのモデルを確立していけば、高齢者だけでなく他世代にも広く支持される住宅が増えていくと思います。
「コミュニティ」という言葉に、私は今一つしっくりと馴染めません。しかし、「コミュニティ」とは「『人の手』を自律的に利用し合えること」と考えると納得できます。
10人の方のお話を聞けば聞くほど、「自分が主役のライフプラン」の重みを感じます。しかし、日々の生活にてんてこ舞いの中でこうしたテーマに取り組み、実現に向けてコツコツと歩を進めていくのは難しいことです。住宅を購入する際に、最初に見たモデルルームで決めてしまう人が多いことの原因は、「時間がない」「面倒くさい」が本音かもしれません。
とても共感できるのですが、自戒しなければ、と言い聞かせています。
※取材協力:ウエーブプラネット
1993年に設立された、マーケティングにおける定性情報の分析支援を行うコンサルティング会社。消費者インタビューや生活研究を中心とした「コンセプト・ナビゲーション」の手法を駆使し、企業の新商品開発プロジェクトやブランドマネジメント戦略の推進を支援する。企業顧客の意向とプロセスを大切にするスタイルに定評がある。