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蝕まれる心、企業生き残りの代償
プロフィール
第6回  成果主義、機能せず…モチベーションの維持に苦しむ高卒ソフト技術者の日常(その1)

2005/03/17

 ぬめりのように、どうしても拭いきれない徒労感に島田潔(31、仮名)は悩まされている。残業は月20〜30時間。そう多いわけではない。生まれたばかりの第2子の顔見たさもあって、夜は家で食事をとれる時間に帰宅する。土日出勤も滅多にない。

 なのに、なぜ?

 思い当たる要因は二つある。一つは、業界を取り巻くビジネス環境の変化。もっともこちらは同僚、もしくは同業者ならだれしも同じ環境に生きている。もう一つは、島田のプロフィールに関する問題である。高卒であるという現実。学歴の壁が、すでに中堅の立場となった島田に、日々、突き刺さってくるのだ。

 高校の電子工学科を卒業し、1991年に大手のシステム開発会社に入社した。この3月で丸14年になる。最初の6年はプログラマーとして働いた。次の6年は念願かなって、もう少し上流の工程である「システム設計」の担当者となった。昨年からは、「プリセールス」と呼ばれる、営業職と開発者の橋渡しをする職務に就いた。

 島田の所属する部署は、PLM(プロダクト・ライフサイクル・マネジメント)という、製造業の生産管理システムを開発している。商品企画から設計、製造と生産現場の管理、販売、補修、そして製造中止に至るまでのシステムを一つなぎにして、業務の効率化を図るための大規模システムだ。

 受注金額は一式で5億円から10億円、あるいはそれを上回る。商談相手は主に製造業の経営企画室の担当者だ。島田は営業マンに同行して技術面における自社の優位性を訴え、帰社するとプレゼンテーション用の資料を作る。常時、少なくとも3件、多いときは7〜8件の継続案件を抱えている。

取引慣行が変わる、競争入札が主流に

 業界の様相が変わり始めたのは2000年ころだった。

 ずっとシステム一式を丸々任せてくれていた、付き合いの長い顧客が、「競争入札」を要求するようになったのだ。

 システム一式の競争入札であればまだいい。近年の傾向は、システムの中の「ある一部分」の更新・開発だけを対象にした競争入札なのである。10万円でも20万円でも、顧客は経費を節減したがりだした。見知らぬシステム会社でも、請け負い金額さえ安ければ選ぶようになった。

 もっとも、見方を変えればチャンス拡大とも言える。島田の会社が設計したシステムの改修をライバルにさらわれることがあるいっぽうで、よその会社が開発したシステムの一部改修を島田たちがかっさらうこともあるからだ。

 「でも突き詰めて考えれば、だれにとってもいい方法ではないんです」。島田は言う。

 ソフトの開発は一種のアートである。できるプログラマーが書いたプログラムはだれの目にも美しい。が、そうでない人のプログラムはつぎはぎだらけで、他人には、にわかに意図が分からない。

 この後者の場合の苦労こそが、最近、現場を覆う疲労感の一因なのだ。同じ会社の人間が開発したものなら、聞きに行けば済む。しかし他社が開発したシステムではそうするわけにはいかない。意図の読めないプログラムを前に、悪戦苦闘の時間がただ流れる。結果的にそれが、納期遅れと工数オーバー、採算割れをもたらす。故障を引き起こす設計ミスにもつながりかねない。けれども、入札の傾向は既に主流になっており、もう流れは変えられない。

営業と開発、顧客と上司の間で板ばさみ

 システム会社の選別が始まった今、顧客は作り手の言い分などおいそれと聞きはしない。かつての常識なら1年の開発期間が必要な規模のシステムであっても、顧客は「半年でできるでしょ」と平然と厳しい注文を投げてくる。

 5億円は欲しい案件であっても、値切られて3億5000円で受注せざるを得ない。とにかく請け負え。利益は中長期的に出せればいい。「戦略的な赤字受注」であればそれでいい。これが営業サイドの考えだ。

 かたや開発サイドは、「コスト、納期には少しでもゆとりが欲しい」、「でなければ品質を保証できない」と主張する。島田にも、開発現場の厳しさはよく分かる。それを押して説得しなければならない。

 さらに島田を悩ませるのは、現場事情に疎い部課長がしつこく繰り返す「本当に戦略的赤字受注なのか。取引を継続できる案件なのか」との念押しだ。

 明日さえ見えないほどに市場は激変している。部分ごとの競争入札のように、いつ、どんな商慣行が突然浮上し、業界を席巻することか。「継続できる案件だ」なんて、だれが保証できるのか。こう言いたくなるが言葉を呑み込み、「大丈夫です」と答える。

 顧客の所に行けば、「なんとか長いお付き合いをお願いしたい」と頭を下げる。島田の役割は、営業マンと開発者、そして顧客と会社の上司の板挟みになって利害を調整すること。楽ではない。

 けれども、昨年春に始まった成果主義的報酬体系の導入に、島田はひそかな期待を寄せていた。大企業であるだけに、島田の会社では学歴による職位の序列が歴然としていた。高卒であっても、業務の中身は大卒や大学院卒の社員と同じだ。けれどもこの会社では、入社3〜4年の若造が、大学院卒だからというだけで島田の上司になる。真の実績で評価されるなら、最終学歴がもたらす「ガラスの天井」は打破できるだろう。島田は成果主義時代の到来を歓迎する立場であるはずだった。

(長田美穂=フリーライター)

=読者からのコメント=

■高卒という意識が強すぎないでしょうか。

 私の知り合いで、高卒の人がいます。その人は、幸せそうに働いています(同じSE業界)。高卒コンプレックスは少ないようです。意識が強いとひどい目にあう世の中です。
(マッピー:33歳:リサーチ)

■外資系会社に勤めています。成果主義も取り入れられています。技術系の職種は、学歴による階層が厳然と存在していて、それを超えることが普通できません。学歴は一種の資格のようなものです。そのために余計に学校へ行き努力して取得したのだから、当然と考えられています。

 しかし、この仕組みの問題は「職務遂行能力が学歴と比例していない」ことでしょう。特に学歴が高いにもかかわらず職務遂行能力が低い人が上司になった場合、学歴の無い者にとって事態は深刻です。

 本質的には、教育を含む社会の構造的な問題です。会社の場合はトップの考え方次第のところもあります。会社の方針なりを変えられればいいのですが、それに費やす多大な労力と時間がかかります。それを考えれば、学歴偏重でない職場や職業を選ぶなど、個人としてできる範囲で環境を変えた方が得策と思います。
(低学歴者:40歳:エンジニア)

■>学歴の壁が、すでに中堅の立場となった島田に、日々、突き刺さってくるのだ。
>入社3〜4年の若造が、大学院卒だからというだけで島田の上司になる。

 差別は、受けた者でなければ分からない。

 職位がもたらす情報量の差によって実績に差がつき、評価にも差がついていく。能力は、環境によっても作られていくわけである。その2が楽しみだ。
(名無し:46歳:製造業)

■高卒と大卒の差って何でしょうか? 「社会に出て貢献できる者」が真の勝者であると思います。

 文中の“現場事情に疎い部課長”っていうのはありがちで困る存在ですよね。私の会社ではリーダーなる上司に高卒の人が2人もいますよ(^_^)
(えっちゃん:42歳:食品流通関係)

■「学歴って関係ない」とシステム開発会社を経営する友人は言っています。学歴より、委託会社の業務を理解して、きれいなプログラムが書ける人を雇用できるかが、「小さな自分の会社の最重要問題」だそうです。実際、彼の会社には高卒のものすごい人がいて、最終チェックを任せている一人だそうです。

 セキュリティメーリングリスト(ML)で有名なNTBugtraqのエディター、Russ Cooper氏は、高校を卒業していないことをMLの中で書いています。彼の真意は分かりません。ですが、少なくとも彼のように実力があれば、認めてもらえる業界と思っています。
(趣味でC:50歳:ユーザー)

■なかなか面白い内容ですね。
 私の知る実例を挙げたいと思います。

 大卒: 係長=30歳、課長=35歳、部長=43歳
 高卒: 係長=35歳、課長=45歳、子会社転属=50歳
(ルフラン:32歳:電機業界)

■実力と学歴に関連はまったくない。ただ、硬直した会社の「評価システム」にかかってしまうと、外部的には「成果主義」であれ、その実態は学閥などによるお手盛り人事評価、つまり学歴・序列の評価体系となります。何も知らずに幸せに働ければよいとは言え、「気は心」で荒波を乗り越えることはできません。

 優秀であればあるほど、ドロドロした現実を目の当たりにする現場に身を置かざるを得なくなります。そのときに、自らのモチベーションを保つのは至難の技となります。多くの人はそこで心を蝕まれ、人が変わってしまったように、使えない人に成り下がっていってしまいます。

 モチベーションを下げて損をするのは、自分自身です。学歴はあるもののほかに何もない上司の下で、ばかを見ながら身を削って働くよりも、自らのモチベーションを保つために、働くフィールドを変えるべきと思ったのはそのときでした。

 高卒、技術者、45歳。世間では転職が難しい年齢と言われています。事実、転職の際、関連企業への応募は、体よく断られました。

 だれにも負けない対人折衝能力と、併せ持った技術力に自信はありました。結局、仕事振りを覚えていてくれた人に拾われて転職できました。転職は若い人ばかりではなく、オヤジになってからでも遅くはない、と思っています。

 人の心を蝕むような会社が社会に存在する意義はありません。会社が人を淘汰(とうた)するのではなく、人が会社を淘汰する社会が実現しないと、会社による不正事件はなくならないのではないかと感じています。
(K++:45歳:通信業・サービス企画開発)

■バックナンバーも含めて読みました。なるほどと思うことが多いです。

 最初に就職したのが電気制御系のエンジニアリング会社だったので、自分も100時間残業もありましたし、土日は工事で大体駆り出される。休みの日は疲労からたいてい寝ているだけでした。そんなことで20代の前半を費やしてしまいました。結局6年で辞めさせられたという感じです。もっと早く辞めればよかったと思っています。

 今勤める会社はそんなに残業もないし、結構自分の時間もあるので続いています。それは自分で自分を守ることができるようになったからです。なんでもかんでも引き受けない、やられたらやり返す、断る。ま、おかげで職場では嫌われ者のようですが。自分が気にしなければ問題ないのです。要は割り切り。つらいことはつらいですが生活のため仕方ありません。

 ホントに嫌なら辞めればいい、私もそうしてきた。そのたび自分の無力さや、社会の冷たさと向き合ってきた。そうして強くなってきた。最悪、殴り合ってでも自分を守る気持ちを持ちたい。
(戦う労働者:36歳:今は自動車部品関連)

■私が、同じ会社でリスペクトし、こんなビジネスマンになりたいと思う人が二人います。

 一人は45歳で役員になりました。もう一人は38歳で部長になりました。二人とも高卒です。正社員4500人いる東証1部の上場企業です。私は自分で優秀な部類に入ると思っていますし、そういう評価を上司や部下からも頂いているようです。この前部下から言われたことは、「自分が優秀だと思わない人から嫌われることと、優秀だと認めた人から信頼されることはイコールだ」と…
(匿名)

■学歴の差異は、新入社員を見るときの目安でしかありません。

 専門職の場合、入社した当初は、高卒より大卒の方が専門知識に差があると思います。しかし、その先に関しては、その個人の力量でいかようにも変わります。現に、私の先輩にも尊敬すべき高卒の技術者がいました。仕事ができるだけではなく、人間的に魅力的な人たちだったことを付け加えます。

 転職して2社目になります。はっきり言って、学歴とか仕事ができるできないではなく、あるレベルの人材であれば、出世に大きく影響するのは、その人を評価する上司の人間性であるのが実状です。

 実際、私もそれまで大きな評価を得ていたのですが、上司が変わり、会社を良くするための提案も、上司によっては単に揚げ足取りにしか思われないみたいです。

 そうなると、モチベーションをキ−プするには、もっと長い目で自分の目標を設定し、それを達成するのは「世の中の役に立つこと!」くらいの気合が必要です。非常に難しいですが…。

(しがない設計者:40歳:産業機器開発設計)


長田美穂

 1967年奈良県生まれ、東京外国語大学中国語学科卒、全国紙記者を経て99年2月よりフリーに。著書に、時代を代表する商品を素材に消費社会論を展開した「ヒット力」(日経BP社)とその新装改訂文庫版「売れる理由」(小学館文庫)がある。現代の少女の心の病をテーマに次作を執筆中。月刊誌、週刊誌に寄稿多数。趣味は阪神タイガース(とそのOB)の応援と秘湯巡り。
バックナンバー
■第6回[2005/3/17]
・成果主義、機能せず…モチベーションの維持に苦しむ高卒ソフト技術者の日常(その1)

■第5回[2005/3/10]
・蝕まれる心、企業生き残りの代償 第5回〜インターネットの普及に翻弄されたネット技術者

■第4回[2005/3/3]
・合併が狂わせた法務担当者の人生設計(2)

■第3回[2005/2/24]
・合併が狂わせた法務担当者の人生設計(1)

■第2回[2005/2/10]
・あるケータイ用ソフト技術者の場合(2)

■第1回[2005/2/3]
・あるケータイ用ソフト技術者の場合(1)


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