農林水産業は、地球上で唯一、資源とエネルギーを生産する産業だ。農地や林は、バイオマスを生産する「ビオトープ」である。他の産業は、既存の資源・エネルギーを、人間にとって有用な形に変換して利用しているに過ぎない。例えば電力会社が運用する火力発電所も、石油などの燃料を電力という別の形に変換しているだけだ。このため農林水産業は、一見したところ環境に優しいように映る。
いっぽうで農林水産業は、土地依存型の産業である。人間が必要とするバイオマスを得るために多くの土地を必要とする。土地だけでなく、川や海なども生産に利用する。自然環境を開発することによってのみ成り立っている産業なのだ。広域にわたる自然環境の開発は、ビオトープ内の生態系を大きく改変してしまう。場合によっては、活力ある生態系の維持をはじめとする公益機能を弱めてしまう危険性もある。
これから先、私たちにとって、農林水産業がもたらす恵みと弊害のバランスをとりつつ、その恵みである「バイオマス」とうまく付き合っていくことがとても重要になる。石油をはじめとする枯渇性燃料は、いずれは無くなってしまう。CO2など、環境負荷の高い廃棄物も増やしてしまう。
今回から2回にわたって、この「農林水産」の問題を整理する。ただし、本論に入る前に、生態系における循環について説明する。農林水産の問題を理解するのに欠かせない知識だからだ。
自然界の生態系は、環のような循環によって成り立っている。この様子を簡単な模式図にまとめてみた(図1・2)。
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太陽は光だけでなく、たくさんのエネルギーを自然界にもたらしている。風を起こし、水を蒸発させ、雨を降らせる。雨によって植物が育ち、植物を食べる動物が育つ。植物や動物の死骸は、やがて土になって再び植物を育てる。大気・水の循環も、植物・動物の循環も、いずれも宇宙から来る太陽エネルギーを元に起こっている。熱となった一部のエネルギーは宇宙に逃げていくが、地球という限られた空間は、一方通行のない安定した、絶妙なバランスの上に成り立っているのである。
地球の中の大きな循環から見れば、人間社会も生態系の一部だ。しかし人間社会の中には「一方通行の流れ」がある。地下資源、つまり枯渇性資源の大量使用によって、環境負荷の高い廃棄物を生み出す流れだ。地球の中の循環から逸脱したこの流れは、公害など、人類にとって不都合な環境変化を招く。本コラムのタイトルにもある「近自然学」は、この流れから方向転換して、次世代にわたって豊かな暮らしを営めるライフスタイルを提唱している。
近代農業は本当に「近代的」なのか〜本当の豊かさとは
さて、本題の農林水産業である。農林水産業は他の産業と異なり、本来、エネルギー/物質循環の一方通行を生み出さない産業である。
農林水産業以外の産業は、太陽エネルギーをほとんど使うことがなく、枯渇性がある資源によって支えられている。この問題の解決は困難だ。枯渇性資源の利用をやめたり、代替エネルギーへのシフトを進めたりすることが容易でないからである。
今、枯渇性資源の利用をやめれば、社会は大混乱に陥るだろう。電気も点かないし、車も電車も動かなくなる。代替エネルギーへのシフトも、かえって枯渇性資源の利用を増やす可能性がある。代替エネルギーを生み出す設備を造るためには、石油エネルギーが必要だ。しかし、出来上がった設備が生み出すエネルギーは、多くの場合、使用した石油のエネルギー以下にしかならない(太陽エネルギーへの転換を考える 2004/09/21 参照)。
環境面において優れた特徴を持つ農林水産業だが、現在は、それを生かしきれていない。そればかりか、機械化などを進めることで、エネルギーの無駄を増やす方向に向かっている。
日本やアメリカのように工業的農業様式に進むと、その生産性も低下する。生産から消費に至る過程で投入したエネルギー量に対し、得られる収穫物が相対的に小さくなっていくのだ。
化学肥料の利用を例に取ろう。最初は、化学肥料を1単位投入すれば生産量が2倍になった。しかし、次に2単位を投入しても、生産量は4倍ではなく3倍程度にしか増えない(収穫逓減の法則)。
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石油をはじめとする枯渇性資源の大量投入によって成立している近代的な農業技術は、単位労働量当たり、また単位面積当たりの生産量を飛躍的に高めた。しかし、肥料や農薬、機械、施設、その他資材を大量に使用することが前提となっている技術体系であるため、様々な弊害を同時に生み出している。
その主なものは
・農業の機械化を進めたため、単作化(モノカルチャー化)が進行するとともに土地利用度が低下した(注1)
・肥料や農薬を大量投入したために、環境汚染と食品汚染が多発するようになった
・ハウス病(ハウス内外の温度差や農薬を原因とする病気)や農機具による人身事故が発生
・省力化が省略化・粗放化に向かったため、栽培技術・自家労働力の質が低下(注2)
・作業ごとに専用の機器が必要になるため、技術コストが上昇
などである。
また環境への影響としては
・耕作に伴う風や水による土壌侵食が1ヘクタール(ha)当たり年間5-30トン(t)も生じる。
・世界の灌漑(かんがい)農地の4分の1は、灌漑によって地表に塩分が集積して収量が低下(注3)
・灌漑で水を分散させたために水不足が発生(注4)
・年間600万haの耕地が過耕作・過放牧によって不毛化(砂漠化)
・地下水を過剰に汲み上げたために、帯水層および河川水が枯渇し、塩水が浸入
・機械化・化学化が、農村の景観や生物多様性を破壊(注5)
などが挙げられる。
持続可能な農業とは
繰り返しになるが、農林水産業は生態系と同様に、エネルギー/物質の一方通行を本来生まない産業である。この特徴をさらに生かすためには、枯渇性資源への依存度をできるだけ低くして、物質循環性を高めることが重要となる。一方通行を減らすことができれば、環境負荷物質を低減させ、その処理費用を不要とすることができる。過剰な資源の収奪をやめれば、大きな環境変化を起こすこともなく、収穫を持続させることができる。
これを理解しやすくするために、図3として模式図を示した。持続可能な収量を得るためには経路1を選択する必要がある。しかし、農家が生きていくのに必要な水準の所得をこの収量から得られない場合は、持続性のない経路2が選択されることになる。
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やがて経路2でも十分な所得が得られなくなったとき、その土地は放棄(または休耕)される。ただし、ある期間放置した後、その土地で再び十分な収量を得られるならば持続可能と言えるかもしれない。逆に持続可能な経路1を選択していても、環境に与えた負荷(ストレス)のために、以前の水準の収量に復元しないならば(経路3)、持続可能とは言えない。
収量を考える際には、技術的に可能な最大収量と経済的に見て望ましい収量がイコールでないことにも留意する必要がある。極めて安価な枯渇性資源を大量に使用して規模の拡大を図れば、技術的に可能な最大の収量を得ることが可能だろう。しかし、過剰な生産のために価格が暴落するならば、経済的に望ましい収量とは言えない。持続可能な農業は、経済的にも持続が可能で、社会的に受け入れられるものでなければならない。
食糧輸入による負荷を知る〜国際分業vs地産地消
仮に持続可能な農業が実行できたとしても、食卓に上るまでの過程、つまり輸送・貯蔵・加工に膨大なエネルギーが使われてはあまり意味がない。同じ献立であっても、食材をすべて海外から輸入した場合、国内産の食材を使用した場合に比べて約8倍の輸送エネルギーが必要になる、という試算がある。
食糧の輸送によって生じる環境負荷を定量的に把握する指標に「フードマイレージ」がある。これは、輸送する食糧の量に輸送距離を掛けた数字。この値が大きいほど環境に対して大きな負荷を与えていることになる。また食品は基本的に傷みやすいため、輸送距離や貯蔵期間が長くなることで腐敗するリスクも増す。
日本は食糧の多くを輸入に依存している。2000年の食糧輸入量は約5300万t、輸送距離を掛けたフードマイレージは約5000億t・kmであった。品目別に見ると、穀物(55%)と油糧種子(22%)が全体の8割を占めていた。これらのデータから、輸入した飼料穀物によって家畜を国内生産していることや、大豆を輸入して国内で搾油している産業構造などをうかがい知ることができる。
ちなみに韓国のフードマイレージは約1500億t・km、アメリカは約1400億t・kmである。日本は群を抜いて世界ワースト1である。
この他に、「水」を主眼とした指標「ヴァーチャルウォーター(仮想水・間接水)」がある。輸入国がその食糧を自国で作るとしたら、どのくらい量の水が必要であったのか、輸入によって水資源をどの程度節約できたのかを示すものだ。
2000年のヴァーチャルウォーターの輸入量は、国内で使用する灌漑用水使用量590億m3/年を越える627億m3/年と試算されている。ちなみに実際の水の輸入量は、ミネラルウオーターなどで19.5万m3、ビールなどを含めても100万m3程度に過ぎない。
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| 図4 日本のヴァーチャルウォーター総輸入量(東京大学生産技術研究所の沖 大幹助教授らのグループが試算した結果による)。図をクリックしていただくと拡大表示になります |
フードマイレージやヴァーチャルウォーターを見ると、日本は環境に大きな負荷を与えていると言えそうだ。
さらに、フードマイレージの評価は、輸送手段(空輸するか海運にするか)によって大きく異なる。ヴァーチャルウォーターも、単位面積当たりの収量が国や技術力で異なるので、その数値をそのまま受け取ることはできない。つまり、これらの指標は環境負荷の一側面を示しているに過ぎず、実際に与えている環境負荷はもっと大きい可能性がある。指標としての意味を取り違えると、問題を小さくとらえてしまう危険性があるので注意したい。
だれのための認証ラベルか 〜 付加価値とコスト
日本の水田で、30年以上堆肥(有機質肥料)を与え続ける試験を行った。結果を見ると、化学肥料を与え続けた場合と比べて、生産性に差がなかった。しかし、化学肥料で栽培した農作物と有機栽培した農産物を比較すると、後者の方がビタミンやミネラルが多くおいしいと言われている。
これからの食糧生産は、「量」の面だけでなく「質」の面、つまり「新鮮」、「安全」、「栄養価が高い」、「おいしい」といった付加価値もふまえて考えていく必要がある。
その付加価値を証明する手段が認証ラベルやブランドである。ラベルやブランドが持つ信頼が、消費者の「安心」を生む。つまり、ラベルやブランドの適切な表示は、生産者と消費者の双方にメリットがある。
加工食品における適切な表示も、消費者の選択基準の幅を広げる。適切な表示がなされていれば、特定の食品にアレルギーを持っている人が、それを避けることができる。遺伝子組み換え食品(注6)を区別している人にも役立つだろう。現在は、これらの表示が義務でない場合が多い。対応が待たれるところだ。
残念ながら日本では、表示の偽装が頻発し、ラベルによる認証が機能していなかった。このような行為によって、これから先、質の高い国産農産物に多大な影響を及ぼさないか懸念している。例えば、品質の劣る輸入農産物を国産と偽った場合、消費者は「国産でもこの程度のものなら、今度からは安い海外産にしよう」と考え、国産農産物を選択しなくなるかもしれない。
有機肥料を作るためには、材料となる落ち葉がある空間が必要になるため、農村の景観や生物多様性が維持される。しかし、石油から合成された無機肥料を多用するようになると、こうした空間が不要になる。空間が減少すると、景観と生物の多様性が損なわれる。
■農業関係の記事というと、代わり映えのしない内容が多い中で、光井さんのものはとても刺激的なコラムでした。特に、エネルギーの循環と一方通行を、環境共生かどうかの基準にするというお考えは、とても面白いと思います。
そこで、1点、確認したいのですが…。
人間社会における一方通行は地下資源であり、これが廃棄物を生み、持続社会の実現を妨げていると読めました。正しいですか? もしそうなら、地下資源をすべてリサイクル(資源の再生利用)すれば問題解決となりますね? でも、本当でしょうか?
リサイクルには多くのエネルギーを必要とすることが分かっています。つまり、リサイクル量を増やすと、それだけ多くのエネルギーを使うことになります。ですから、リサイクル量は減らすのがよいのではないでしょうか?
(Potamos)
■農業って生活に密着しているので、とても興味を持っています。データに基づいた内容で、うなずいてしまいました。ありがとうございます。
「フードマイレージ」や「バーチャルウォーター」という言葉を、このごろよく耳にするようになりました。でも、この記事を読むまで、同じ基準で考えられているのだと思っていました! 指標としては分かりやすいけど、収量や技術力が違うから、数値をそのまま鵜呑みにするのはいけないんですね。「実際に与えている環境負荷はもっと大きい可能性がある」とは驚きでした。指標ってちゃんと意味を理解していないと怖いですね。数字だけが一人歩きしている感じがします。
だけど、スーパーなんかで、価格のところにフードマイレージが書かれてあると、同じ食べ物を購入するときの一つの目安になる感じがします。「ちょっとでも環境に配慮してものを買おう」という意識も高まるし、ちょっといいことしたかな〜♪なんていう楽しい気持ちにもなると思います。
…でも、外国の製品を買わなくなると、貿易摩擦を生み出しちゃうのかしら? 難しいですね。
(春風:主婦)
■フード・マイレッジのお話、面白かったです。
でも、これは輸出入のマイレッジだけですよね? 国内の輸送は含まれませんね?アメリカなど、本土だけで5000kmもあります。ハワイも入れると一体どれほどの距離があるのやら。これが加算されないのでは、アメリカのフード・マイレッジが低いのも、何やらインチキ臭いです。
光井さんもおっしゃるように、これも単なる一つの指標として見ればよいのでしょうか?
(長野のタイゴン:自由業)