ビオトープは、大人や子供たちが自然を感じ、生き物に触れ、その素晴らしさ、大切さ、はかなさなどを知る貴重な機会を与えてくれる。しかし、思い入れの強さがアダとなるのか、「好み」の生き物や人間に直接役に立つ生き物を安易に放つ行為が目に付く。
外国や日本の他の場所に棲む生き物を入手し、生き物が自力で移動できる距離をはるかに越えた場所に、人間が放してしまう。それにより、生き物の数が増えたように見えるかもしれない。だが、それは一時的なものに過ぎない。このような行為を繰り返すと、時間とともにどのビオトープも同じ種の生物だらけの状態となる。結果として、その地域にしかいなかった固有の生き物、目立たない小さな生き物やありふれた身近な生き物が、姿を消してしまう危険性がある。
最近では、北米原産のブラックバスが大きな問題になっている。日本の湖や池に放たれたために、多数の専門家が「日本固有の水棲生物の多くが激減している」と指摘している。釣りなどを通じて自然を愛でようとする行為が、逆に地域の自然を破壊する行為につながっては、何にもならない。
また、汚れた水の浄化を期待して、「ホテイアオイ」を池や川に入れている事例を多く見る。ホテイアオイは、金魚鉢用にどこででも購入できる水草だ。熱帯アメリカ原産で、「世界の外来侵入種ワースト100」に選定されるほど、生態系に大きな影響を及ぼす危険な外来種だ。
人間が管理していた場所から、管理の届かない場所に生き物たちが持ち出されたり、生き物たちが自力で移動してしまったりする(移出という)と、長い時間をかけて安定した生態系が乱され、質を落としてしまう危険性が高い。外に持ち出されないよう、事前に目を光らすことが重要だ。
最近は、シュロガヤツリとかケナフによって水質を浄化する方法もある。だが、外来種に水質を浄化させるという点では、ホテイアオイと同じだ。ビオトープが元々持っている水質自己浄化能力を高める努力が正当だろう。
自力で移動できない距離にいる生き物は、生物学的には別の集団となる。人間の目には同じ仲間に見えても、遺伝子レベルでは異なる。同じ種だからといって、別の場所に棲んでいるものを放すと、そこに元から生息しているものとの交雑が生まれる可能性が高くなる。
それにより、「遺伝子汚染」という新たな問題を引き起こす。遺伝子汚染は、生物がその地域に適応するために培った生き残りに必要な機能を喪失させることが少なくない。そうすると、生態系内に病気が蔓延(まんえん)したりする。ちょっとした環境の変化に耐えられず、貴重な種が絶滅する危険性も大きくなってしまうのだ。
安易に持ち込んだ生き物が、別の場所に移動して広がることで、我々が自然から受ける恩恵が小さくなってしまう可能性は決して小さくない。それ自体は有益な生き物であったとしても、別の場所で広がる危険性の問題は無視できない。壊れかけた生態系を元に戻すために、多くの労力と時間、そして多額の費用がかかることは、各所で実証済み。事前の注意が得策と言えよう。
これ以上生態系を壊さないためにも、それぞれの地域の自然の成り立ちと現状をまず理解したい。今まで何気なく見ていた生き物が、実は、日本中いや世界中を探しても、その地域にしかいない貴重なものだったことに気がつくかもしれない。その地域にしかいない生き物は、その地域でしか保全できないのだ。
だからこそ、その地域にしかいない種が安定して生息できるようにすることが大事だ。そのためには、次に述べるビオトープのネットワーク化が効果的であろう。生き物が自らの力で移動してくるのを、みんなで楽しみにしながら「待つ」ことも大切ではなかろうか。
我々が今生活している場所は、かつては、森や氾濫原など自然の場所だったところであろう。しかし今は、開発を免れたわずかな場所が、小さな憩いの森として孤立した姿をとどめているに過ぎない。生き物たちが自力で移動し、かつ安定的に生息できるようにするには、どうしたらよいだろうか?
ビオトープ同士がネットワークされると、それぞれのビオトープが元気になる。植物や昆虫、鳥などの動物たちが姿をみせるようになり、子供たちも生き物に引き付けられて寄ってくる。生き物とのさまざまな体験に、子供たちの目は生き生きと輝き、元気な声が聞こえてくることだろう。
子供たちを追うように、大人たちも姿を見せるようになる。そして、新たなコミュニケーションが生まれるに違いない。かつての殺伐とした都市空間が、生き物たちも棲める、住民の心も安まる、潤いある都市空間へと変貌するだろう。そんな緑豊かな街に住みたい人は多いはずだ。生き物が棲みやすい環境とは、実は、人間も住みやすい環境と言えそうだ。
貴重なビオトープを次世代に残そうとする活動が日本各地で始まっている。大人と子供との新たな交流も生まれている。ビオトープのネットワークは人のネットワークとなり、世代を超えたつながりにもなっていくことだろう。
ビオトープは生き物の生息場所であるだけでなく、我々に都合のよい多くの機能を持ち合わせている。水を地面に蓄えたり、酸素をつくり出したり。だから、できるだけ長く存続させる方が、我々が得られる恩恵も多くなる。世代を超えてより多くの人に受け入れられるようにするためには、五感に障ることのない「気持ち良い」場であることが望ましい。
先人たちは、日本を物質的に豊かにしてくれた。今度は私たちが、経済を維持しながら、同時に自然を豊かにしていく番だ。自然をよく知っている人たちは、幸いなことにまだ健在だ。しかしながら、自然と賢く付き合うための「知恵」を聞き出すチャンスは限られている。出会いの機会を大切にしたい。
窓から見える風景が、遠くの山や海へつながっていることを、思い描いてみてください。身近な地域の自然を感じることが、素晴しい地球や明るい未来をつくる第一歩となることでしょう。そのための重要なキーワード、それが「ビオトープ」です!
■害虫や害獣、害のある植物(?)などとの共存という問題は、どのように解決するべきなのでしょうか? 外来種というより既に存在するもの。例えば、野ネズミ、カラスなど。
(山内:49歳:名古屋コミュニケーションアート専門学校非常勤講師)
■とても興味深い内容でした。生き物が自力で移動できる距離をはるかに越えた場所に、容易にたどり着くことができるようになった私たち。そんな私たちが、それぞれの足元で、どのようなビオトープを創造すべきなのか、わくわくしながら読み進みました。
ビオトープでは、生態系の多様性が高いほど生産性も高く、かつ安定的という関係が成り立つと理解してよろしいでしょうか?
そうだとしたら、それは、ビオトープから多様な機能を引き出したり、長期的な視野を持ってビオトープを維持しようとする人間の能力の豊かさ(“幅”と表現した方がよいのかも)が試されるような気がしました。
窓から見える何気ない風景は、私たちがどんなふうに暮らしたいのか、どんな未来を次世代につないでゆきたいのか…そんな問いかけもしてくれるのですね。
大切なことを気付かせていただき、明るい未来を想像することができました。
(レラ:40歳:農業 北海道温暖化防止推進委員)
■土地土地の生物はどうだったのか、地域の自然はどうあるのがよいのかを考えることだと思っています。ビオトープを次世代に残す活動は、たとえ華やかでなくとも、未来につなげることを目標として続けることだと思います。連載に期待しています。
(笠松 久雄:堺市西支所)
■今まで理解しにくかったビオトープの重要性と外来種の危険性などについて、大変分かりやすく解説していただきました。どうもありがとうございました。
また、理想のビオトープについても解説していただきました。
「・物質、水、空気の循環
・活力のある生態系
・ネットワーク
・自立性
・バイオマスの恵み
・自然災害から住民を守る
・素晴らしいランドシャフト(景観など)」
生き物が棲んでいれば何でもビオトープだということです。そうなると地球もビオトープですね。上の七つのポイントはビオトープのためのものですが、そのまま地球にも当てはまるような気がします。「地球ビオトープ」とでも言いましょうか。具体的な表現は記事の中にはないものの、もしかしたら、そこまで視野に入れたお話だったのかもしれません。
長谷川さんはその点、いかがお考えでしょうか?
(龍馬くん)
■待ったなしの状況で、すぐにでもとりかかるべき問題です。そのためには自主性だけに頼らず、教育、PR、法律、罰則の強化、もうけ(またはお得感)が必要だと思います。
(椿森:36歳:主婦)
■戸田川緑地で市民が植樹をして、2〜3年でビオトープとなる森ができていく…。市街地のちょっとした空き地でもビオトープができるのですね。身近なところに鳥や昆虫などが集まってきて、子どもたちの「センスオブワンダー」を喚起できるなら、おかしな事件が起きるような社会にはならないのではないでしょうか。生き物とのつながりを持つ生活を大切にしたいですね。
(子育て中のおやじ:45歳:建設業系)
■ブラックバスが在来種に対して非常に脅威であるのは事実です。かといって、日本の湖沼河川における在来種減少の主要因のごとく語られるのは、疑問を感じます。
当たり前ながら、外来種といえども、移植された先の環境に適応できなければ繁殖できません。私の知る限り、ブラックバスは決して汚染などに強くなく、繁殖環境も選びます。適応力が高いわけではないようです。むしろ、鮒や鯉の方が圧倒的に強い。
私は、魚の適応力の高低ではなく、現在の日本の湖沼の環境が、在来種よりブラックバスに有利な状況にあることが定着した要因ではないかと考えています。
例えば、鮒などは、岸辺の浅瀬で、かつ水草の多い、底が泥のところに産卵します。逆に、こういうところには、ブラックバスは産卵しないし卵も孵(かえ)らないそうです。しかし、現在の湖沼の多くが、岸辺は護岸工事で埋め立てられ、泥底や水草はなくなっています。こうしたことが在来種を危機に陥れ、ブラックバスの繁殖に有利な環境となっている原因ではないでしょうか?
河口湖や芦ノ湖、霞ヶ浦などでは、ブラックバスやニジマスなどの外来種と、鯉、鮒、ウグイなどの在来種が共生しています。決してほかの魚を根絶やしにしてしまうわけではない。
もちろん、絶対数の少ない希少種に関しては、相当なプレッシャーになるとは思います。ただ、環境の変化が個々の種にどういう影響を与えるか考え、その上で、魚種の性質を勘案して影響を考えないといけないと思います。そうでないと、外来種は根絶やしにしたけれども、結局、日本の湖沼には錦鯉しかいなくなった…ということも起こりうると考えています。
錦鯉をむやみに放すことと、ブラックバスを放すことに本質的な違いはないでしょう。だったら、ブラックバスを飼う湖沼というのがあってもいいはずです。
レジャー産業のためにブラックバスの外来種指定を外そうとした釣具業界も問題です。ですが、環境の変化という問題を無視して、すべての原因を外来種に押し付けるような論議もどうかと思います。
このコラムがそうだとは言いません。いずれにせよ、もう少し総合的な視点で冷静に議論をしていただきたいと思います。
(OMA同盟参上:40歳:エンジニア)
■=筆者からのレス=
山内さんへ
ご質問いただき、ありがとうございました。
害があるからといって、すべて薬剤で駆除または捕殺するというのではなく、害のある生き物も含め、折り合いをつけて付き合っていくことが重要だと思います。
そのために、
(1)「害(問題)」とは何なのか?
(2)その原因
の2点をまず把握することです。
森に入るときには、長袖・長ズボンを着用するなどの基本的な防御をするだけで、不快感が随分と緩和されます。また蜂などは黒色を襲う性質があるため、黒い色の服を着用しないなど、害のある生き物の行動特性をよく知ることが大切でしょう。
私たちが何気なくしていることが、問題の原因になる場合もあります。「かわいい」と思って餌を与えることで鳩を増やしたり、ゴミを昼間出すことでカラスの餌場にしてしまったりする。また、空き缶など、ちょっとした水が溜まる場所から蚊などが発生します。ゴミの不法投棄をさせないよう森を管理することで、美しく気持ちよい環境を維持することが可能になることでしょう。
また、雑草を「野草」ととらえる場所があってもよいかと思います。野草も日本の気候にあった魅力ある植物であり、子どもたちをはじめとする次世代への貴重な財産です。しかし、農地など「生産」をしている場においては、雑草の駆除が必要な場合もあります。なので、生産場なのかそうでないのか、その場所をどのようにとらえていくが考えることが重要だと思います。
事例に挙げた「西の森づくり」において、植樹してから2年間は、苗木を野草が覆い尽くしていました。しかし3年を過ぎたころから、苗木が野草を追い越して大きくなり、4年目には、野草がすっかり減りました。
少し譲歩し、人間と生き物とのつながりを理解して行動すると、生き物との摩擦も減少すると思います。
人間にとって直接の害があると思われる生き物でも、地球を構成する必要な生き物であるに違いないことを忘れないで下さい。
(長谷川)
■=筆者からのレス=
レラさんへ
ご意見いただき、ありがとうございました。
「ビオトープでは、生態系の多様性が高いほど生産性も高く、かつ安定的という関係が成り立つと理解してよろしいのでしょうか?ビオトープから多様な機能を引き出したり、長期的な視野を持って維持しようとする人間の能力の豊かさ(“幅”と表現した方がよいのかも)が試されるような気がしました」。
レラさんのおっしゃるとおりですね。私たちの未来が、試されているのかもしれませんね。
一点だけ、誤解を生じないために、少し説明させて下さい。
砂漠は、非常に固有性の高い貴重なビオトープです。砂漠にしか生息していない生き物の未知なる可能性は計り知れません。しかし、この場所でお米や野菜などを栽培しても高い生産性を上げることはできません。
また、過剰な開墾、薪炭林の過剰伐採などによって砂漠化した場所を再生するには、長い時間がかかります。生産性を高めようと開発した結果、逆に生産性を落としてしまい、人すら住みにくい環境になってしまいます。生産性も上げ、かつ砂漠化させないような自然環境とのつきあい方が必要です。
まさにビオトープの多様な機能を引き出していく、理解していくことが重要なのでしょうね。
(長谷川)
■長谷川さん
外来種の問題、各所で指摘されていることですね。法律にまで発展しています。しかし、私は、近年の外来種への対応、少し速度が速すぎるような印象も持っています。また、多くの点で、見切り発車的な状態に陥っている気がしています。
もちろん駆除の緊急性が高いと言われている外来種は、やはり、在来種にとって驚異になることが多いでしょう。「緩やかに対応していると、何らかの対策が手遅れになる」という専門家の指摘も、根拠が明確でなくとも一理あるのだろうと思います。無視もできないでしょう。専門家の直感は、やはり正しいことが多いと思います。
では、どっちが良いか? すぐに答えは出ないでしょうが、くれぐれも手遅れにだけはなってほしくないものです。
どうなんですか? ブラックバスを含む外来種をはびこらせてしまうのは、環境条件の変化と均質化がかかわっていると思います。違いますか? 私も、OMA同盟参上さんの「ブラックバス(の繁殖)に有利な環境ができている」のご指摘の通りだと思います。魚類の専門家はどうのように見ているのでしょうか? ブラックバスを駆除したければ、ブラックバスの棲み難い環境になっていないと、駆除しても徒労に終わるだけではないかと思います。
最近ブラックバスは、川でもたくさん見られるようですね。川にせきを造ると、止水条件ができます。ブラックバスは止水条件が大好きなようですね。昔のように、欧米人に「滝」と比喩(やゆ)されるほどに流れが速く、水量も多い日本の河川ならば、ブラックバスも生き難いとの話を聞いたことがあります。流れの速い浅い瀬があれば、そこで移動をやめるとか…ブラックバス釣りをしている人たちの釣り場を見ていると、なるほどと思うことです。
とあるWeb掲示板で、次の事例を読みました。アメリカザリガニが、放棄水田を整備したビオトープの驚異になるということで、完全駆除を目指し、資金を投入。1日に数回、仕掛けてある罠を引き上げる作業をした。一時的に全滅のような状態になったものの、予算が切れて駆除をやめたら、その後の半年間で駆除の前以上に増えた、というものです。
在来種が大切だというなら、在来種が棲みやすく、外来種が棲み難い条件にしていかないと難しいでしょう。例えばブラックバスを全滅させることができても、違う種に置き変わるだけでしょうから。条件の均質化とは、こういうことを意味しているのだろうと思います。
私自身は、管理地内での外来種についてまでとやかく言い出すと、「お米すら問題だ」という極論もでてくるような気がします。問題は、管理地からの移出による、他所への「迷惑」ではないかと思います。いかがでしょうか?
ただ、農地なんかと違って、湖や川は公共の場でもあります(たとえ限られた人たちの管理地だとしても)。「何でもかんでも、その限られた人たちの自由にしてしまってよい」と言ってしまうことは、公益機能という視点からは問題があるように思います。皆の財産なら、少なくとも、違う人の意見を盛り込む必要があるでしょう。
放流の問題で、OMA同盟参上さんはニシキゴイを話題に挙げられました。私も同感です。さらに、釣りということでは、アユの放流も本質的には同じなのかもしれない…と思うことすらあります。生態系における影響力の大きさは脇に置いてたとしても、行為の本質は同じでしょうね。
いずれにせよ、外来種の増殖は、国外からの外来種でも、国内の遠方からの外来種でも、放流や放逐が大きくかかわっていることには違いないでしょう。ですから、大丈夫だとか、大丈夫じゃないとか、いろいろな理由や証拠を示しすことは、もう、そろそろ、やめた方がよいのだと思います。批判している人も少なくないです。批判する人がいるということは、やはり何か、問題が含まれているのでしょうから。
ところで、ブラックバスって、おいしい魚ですよね。
そうそう、余談です。釣りのキャッチ&リリースについて、わが娘は「針で引っかけられて傷ついた状態で離してあげるってことだよね。これって、人を殴って傷つけておいて、自分でけがを治しなさいと言っていることと、どう違うの? 魚は痛くないのかな? 傷口からバイキンが入って病気にならないの?」と申しています。うーん、やっぱ、魚は痛くないんですか?
(あなぐま君)
■事例を交えて大変理解しやすい内容だと思います。ビオトープは日本では大変誤解されている言葉です。今回のコラムを読めば、その誤解が正される気がします。
一点、少々気になったのですが…。ビオトープの理想として、「活力ある生態系」と「生産されるバイオマスから、多くの恵みを我々が得ること」とあります。それぞれ単独では、その通りだと思います。しかし、ビオトープのバイオマスを多く利用すると、生態系にはダメージになるように思います。つまり、この2点は矛盾する項目なのではないかと思いますが、いかがですか?
それとも、ビオトープから我々が多くのバイオマスの恵みを得ても、生態系が活力を保てる方法がありますか?
(Tiger:環境関係)
■ビオトープの定義について再確認させていただきました。
そこで質問があります。
「ビオトープの進化」はあるのですか? あるとしたら、それは必然の進化として起こり得るものなのでしょうか?
(加藤 徳弥:39歳:旅行業)
■長谷川さまへ
レスをありがとうございました。
生き物の地域性や個別性、相互依存性などをきちんと考慮してビオトープに取り組まなくてはならないと理解できました。画一的であったり、偏重的な対応では、意図したこととは異なる結果を招いてしまうかもしれないのですね。
食べ物をはぐくむ自然環境の保全や、「どんなふうに食べるか」という社会環境。その両方をより心地良くしていく活動を重ねるために、バイオマス(生物資源)やビオトープを知ることは、とても有効だと感じています。今後も楽しみにしております。
(レラ:40歳:農業)
■=筆者からのレス=
笠松さまへ
心強いご意見ありがとうございました。
確かに、ビオトープを次世代に残す活動は、華やかではない地道な部分も多いでしょう。でも、その活動が、自然に溶け込み、人の心に溶け込んだとき、大きな成功となるはずです。深い喜びをもたらす息の長い活動になります。なので、肩に力を入れず、皆さんが楽しみながらできる活動になれば、きっと地域に根付いて、輪が広がっていくことと思います。応援しています。
(長谷川)
■=筆者からのレス=
龍馬さまへ
龍馬さんのおっしゃるとおり、地球そのものが一つのビオトープですね。地球再生にもこの7原則をあてはめることができますね。貴重なご意見ありがとうございました。
(長谷川)
■=筆者からのレス=
椿森さまへ
もうけ(お得感)って、我々のモティベーションを高めるためにとっても重要なことだと思います。ペナルティー(罰則)だけではなく、プレミアム(ご褒美)のあることが、やる気をさらに奮い立たせますよね。心強いご意見ありがとうございました。
(長谷川)
■=筆者からのレス=
子育て中のおやじさまへ
人間は、自然に触れることにより、幸せを感じることができるようになる。反対に、自然に触れないと、幸せを感じることができなくなってしまうとの報告があります。
我々人間も、動物として、身近に自然を感じられる場所を無意識に求めているようですね。近くにも素敵な場所はきっといっぱいあるはずです。親子の“センスオブワンダー”見つけてみてくださいね。
(長谷川)
■=筆者からのレス=
OMA同盟参上さまへ
ご意見ありがとうございました。在来種の減少は、外来種の問題だけではありません。OMA同盟参上さんのご指摘の通り、護岸工事、水質汚染なども原因となっていることは、ほぼ間違いないでしょう。ですから、その原因の一つだけを完璧に対処してもダメです。考えられるすべての問題に対して、ほどほどに対処する姿勢が大切だと思います。近自然学でいう「負荷は集中、対策は分散」の原則がここでも生きてきます。
「新しい川づくり」安全で自然豊かな川をつくる(2)の章にあるように、川の安全性を確保した上で、自然豊かな川づくりを実践することが重要でしょう。川の外形がよくなっても、そこを流れる水が汚れていては、そこにいる生き物は生息が難しいでしょう。根本から水を浄化していくこと、さらには、水を汚さないことの方が、対症療法よりずっと重要です。
また、水がいくらきれいになっても、そこに棲む生き物たちが、その地域本来のものでなければ問題です。国外からの外来種のみならず、同じ種であっても、ほかのエリアから持ち込まれることによって、遺伝子の多様性が低下します。この問題も、見逃せません。
OMA同盟参上さんが「錦鯉」の例を挙げられていたように、一つの種の「種苗放流」も問題です。卵や稚魚を大量に自然界に放流して漁獲高を上げる「栽培漁業」についても、生態系への影響が懸念されています。栽培漁業はサケ漁などで行われています。
とはいえ、生態系における影響がデータとして明確になったときは、低い多様性で生態系が安定した“手遅れの状態”となってしまう可能性もあります。データの集積ももちろん大切ですが、結果が出てからでは手遅れという事態を避ける対策も必要なのではないかと考えています。
我々は今、多くの問題を、多面的かつ「同時進行」的に解決していかなくていけません。そのために、広い視野を持ち、いろいろな意見を持つ多くの方々とディスカッションをする場が求められていると思います。
未来のあるべき姿(日本では、日本に本来いるべき生き物たちが安定して生息できること)が、ヴィジョンとして見えていることが重要だと感じています。
少なくとも、「今日の普通種 明日の絶滅危惧種」とならないようにしたいですね。
(長谷川)
■=筆者からのレス=
あなぐま君へ
外来種のご意見ありがとうございました。あなぐま君もおっしゃる通り、手遅れにならないようにしたいですね。
それと、ブラックバスは美味しいですよ! ムニエルとか、フライにすると美味! アメリカで、ブラックバスを「フライパンフィッシュ」と呼ぶだけのことはありますね。ただし、皮の部分を剥いで調理しないと美味しくないです。皮を剥がしてから調理してみてくださいね。
(長谷川)
■=筆者からのレス=
Tigerさま
ご意見ありがとうございました。「ビオトープのバイオマスを多く利用すると、生態系にはダメージになるのではないか?」とのご質問をいただきました。
その地域の生態系を理解せず過剰な生産を上げようとすると、当然、生態系にダメージを与えます。しかし、土地の持っている特性を生かしながら、生態系に過剰な負荷をかけず生産していくことができれば、持続的な生産を得ることができるのではないでしょうか。
ビオトープから多くの恵みを得て、かつ活力のある生態系を維持していく考え方については、次回からこのコーナーでお伝えします。引き続きお読みいただければ幸いです。
(長谷川)
■=筆者からのレス=
加藤さま
「『ビオトープの進化』はあるのでしょうか?」
斬新なご質問ありがとうございました。
地球は生きています。なので、当然その中にいる生き物は変化します。また、空気や土壌、水質も、地球の長い時間の中で変化しています。
ビオトープを構成する生き物たちは、長い時間をかけて進化してきました。また同時に退化したものもいます。ですから、ビオトープを構成しているものにも進化は起きていますし、退化もしています。
それらの進化や退化を、私たちの寿命の中で見ることは難しいでしょう。しかし、細かい変化を見ることはできます。更地から森ができていく変化の姿(遷移といいます)、倒木した後から生えてくる植物たち、新たにできた場所にやってくる動物たちの変化など、よく見れば、至る所で変化は身近に起きています。
ぜひ、そんな変化を見つけてみてくださいね。新たな発見にきっとワクワクするでしょう。
また、「必然の進化として起こり得るのか」とのご質問。
進化は必然でもあり偶然でもあります。ですから、いろいろな要因が重なって起きていくものだと思います。しかし、必然であれ偶然であれ、温暖化問題など明らかに人間の過剰な力によって“地球第6回目”の生物大絶滅を引き起こす変化の道を、我々自身、喜んで選択するようなことはしたくないですね。
(長谷川)
■お答えありがとうございました。
私はガイア説を信じています。
ビオトープは人間がつくったものであっても、進化し、そのもの自体が生き物の集合体として生存する。そして周りの環境(自身のビオトープ以外)に順応していく、そう考えていきたいと思います。それは必然であり、偶然の中から起こり得るものなのかもしれません。
人類の未来永劫の繁栄を切望します。大いなる自然や素晴らしいガイアとともに…。
(加藤 徳弥:39歳:旅行業)
■ビオトープが、人の作ったトンボ池のようなものだけを指すのではないことは分かりました。他方で、ビオトープとは在来の野生生物の棲む場所という説明もされています(例えば環境省のホームページ「おしえてビオトープ」)。ところが、「地球上のあらゆるところがビオトープ」となると、これも間違いで、ハエやゴキブリ(彼らだって野生動物)しかいないゴミ集積場もビオトープということになります。
とすると、ビオトープという言葉を使って何を表そうとしているのだろうかという疑問もわきます。ドイツでビオトープという言葉がわざわざつくられたのにはそれなりの理由があったからだと思うのです。ビオトープという概念が自然環境の保全の「現場」でどのように使われているか、教えていただければ幸いです。
(天水樹)
■ビオトープや外来種問題について、大変分かりやすく解説いただきましてありがとうございました。今回、特に重点をおかれた「外来種問題」と「ビオトープネットワーク」については私にとっても大きな関心事です。
このようなことは、一緒に仕事をする周りの人々へは、まだまだうまく伝えることができていません。今回の話題は私にとってまさに渡りに舟で、一緒に業務をしている技術者にも一読を勧めました。
特に「外来種問題」は、起源が外来か在来(地域遺伝子レベル)かということに関係なく、様々な産地で栽培される樹木や種子を買って植樹したり吹付けしている造園や緑化にかかわる我々(生産者も含め)にとって影響が大きく、死活問題にさえなりかねません。
樹木を植える場所は、公園、道路、河川、学校、病院、工場、個人の庭…、と森林から農村、都市、海岸に至るまで全国各地にあるわけです。基本的にはこれらすべてが問題の対象になる可能性があるわけですよね?
当然ながら、問題は提供する側だけでなく、使用する側にも及びます。国や地方自治体から個人に至るまで、安い(強調)樹木や草花が求め続けられているのが現状です。まあ、需給関係からすれば、皆がそれを望まなければよいだけのことですが…。
これまでの背景や今の社会構造を考えても、克服しなければならない課題は山積みです。他人事では済まされない問題であることも認識しています。ビオトープネットワークのことを考えても、ヘタをすると外来種を蔓延(まんえん)させることにもなりかねませんから。
予防原則に従えば、対策としての最上位は「外来種を導入しない」ことになりましょう。しかし、現時点ではこれが最も困難です。今、私にできることは、せいぜい目指す方向を変えていくための準備を進めること程度です。
一部の?生態学の先生方は、既に外来種が定着した場合の対応は、「根絶すべし」とか、少なくとも「抑制すべし」と言われています。さてさて実際はどのように対応していけばよいのでしょうか? 「根絶」などと言われると、気持ちが引いてしまいそうです。
OMA同盟参上さんやあなぐまさんのコメントからは、
・「その地域の生物に合った環境条件の設定」
・「その環境条件の多様化」
・「他所への悪影響を防ぐための移出の防止」
というような、今後具体的な対策を考える上でとてもよいヒントをいただきました。ありがとうございました。
今のところ私の考えでは、
(1)地域の環境(自然環境+人々の生活や文化)と折り合いをつける方法を探していくこと
(2)地域の人々との接点を考え、つながりを広げていくこと
を念頭に置き、実践していこうと思います。そこでは、費用対効果も無視できないでしょう。企業に属する我々にとっては、損か得か?は常に要求される視点ですから。ちなみに損か得か?の見方(そうです。環境負荷がタダってやつです)がまたまた問題なのですけれど。
元々、植物でも動物でも、その地域の環境条件にあった生き物がそこに棲むのは自然現象として当たり前のことだったはずです。「外来種問題」などというと、とても難しく強張った印象を受けますが、本来はもっと単純なことのように思えます。その点はいかがでしょうか?
大切なことは「外来種問題ありき」(目的化)ではなく、本来人間が心の中で潜在的に望んでいる(実際はどうなのかな?)「気持ちよいと思う環境」を守り、取り戻したいという気持ちなのではないでしょうか? その方が、様々な人々から身近に感じてもらえるように思います。
そのためには「元々その地域にいなかった生き物とのかかわり方」も手段の一つとして考える必要があると思えば、特別のことではなくなる気がしてきました。
よって山脇さんが提唱する気持ちよい「ランドシャフト(五感+心)」の視点は、とてもフィットしています。
(ガンダモン:40歳:造園)
■=筆者からのレス=
天水樹さま
今回、皆様からたくさんのご意見をいただきました。その素晴らしい意見が、「読者からのコメント」のコーナーに掲載されました。またそればかりか、そこに天水樹さんからご意見が入っておりました。とてもうれしかったです。人から人へ、議論の環が広がっていくことが、まさにこの記事の中で実践されたと実感しております。
「29日目の恐怖」というお話があります。初日に池を見たら1枚のハスの葉っぱが浮いていました。2日目は2枚。3日目に4枚。4日目に8枚。28日目まで来たら、ハスがびっしりと、池の半分まで埋めています。実は、このハス。倍数ずつ増える植物だったのです!明日、この池はどうなっていると思いますか?
この“28日目”が現在の地球の状態なのではないでしょうか。明日、池全部が埋まらないようにハスを除去しよう!と行動する人も出てくるでしょう。また、池の中に居る生き物たちが葉をどけてくれるかもしれません。正しい知識と行動、自然の力が明るい未来をつくることにきっとつながるのだと思います。
「あと1日しかない」と諦めるより、「まだ1日ある」と未来への可能性につなげていけるように考えたいですね。地球が誕生して今日までを1年間に例えると、人類が誕生したのが大晦日の23時59分。そんな新参者の人類が、長く続いた地球環境と地球生態系を破壊してよいものだろうか…?という疑問がわきます。
(長谷川)
■=筆者からのレス=
ガンダモンさんへ
現場から見たシビアなご意見をいただき、ありがとうございました。
ビジネスのために、現場で仕方なく外来種を使ってしまうつらさ、お察しいたします。そんなつらい仕事、楽しくないですよね。造園業界に限らず、「自然に悪いことをしながら仕事している」という罪悪感を持ってする仕事は、意欲や喜びも失せますよね。
最近では、公共事業でも在来植栽を行う事例を見かけるようになりました。地域の農家に在来植物を育ててもらい、それを事業で使っていくのです。そのような地域のことは、地元の業者にしか対応できないことも多いのです。
とはいえ、活動は始まったばかりです。おかしいと感じ続ければ、いつか正しい方向に向かうチャンスも生まれるでしょう。
子どもたちに誇れるようになることで、ますます働く意欲も高まり、同時により良い環境にもなっていきます。気持ちのよい仕事をしていけるといいですね。
(長谷川)
■=筆者からのレス=
読者の皆さまへ
読んでいただくだけでなく、たくさんのコメントまでいだたきありがとうございました。
素敵な未来をつくるのは、未来の人たちだけではありません。今を生きている私たちが、どう行動するかが未来をつくっていくのです。
この掲載をきっかけに、環境に対して興味を持っていただけましたら幸いです。
山脇 正俊氏のコラムに突如お邪魔したにもかかわらず、読者の皆さまに快く受け入れていただき感謝しております。またこのような機会を与えて下さいました山脇氏及び日経BP社にお礼を申し上げます。
また、いつかどこかで皆さまにお会いできる日を楽しみに致しております。
(長谷川)