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入門「近自然学」〜豊かさと環境の両立は可能だ
プロフィール
バイオマス(生物資源)って何だろう?(1)〜日本にもあるエネルギーと資源の宝庫「ビオトープ」

2005/02/03

 「日本はエネルギーも資源もない」と言われている。だが、それは正しくない。確かに、石油も地下資源もないのは事実だろう。しかし、日本にも別の形のエネルギーと資源が豊富にあるのだ。それは「太陽エネルギー」であり、「バイオマス(生物資源)」である。我々日本人は、自らが持たないエネルギーと資源で勝負をしていると言えないだろうか?

 「エネルギーがない」、「資源がない」と嘆く前に、我々自身が持っているエネルギーと資源を再認識し有効利用したい。特にバイオマスは、再生エネルギー群の中で唯一の資源(固形物)でもある。

 太陽エネルギーを資源化(有機物化)してくれる場が「ビオトープ」、そこで資源化されたものが「バイオマス」だ。バイオマスは太陽エネルギーによってどんどん生産され、エネルギーであると同時に資源でもある。CO2、化学物質、放射線。環境にかかるどの負荷も小さなエネルギー/資源なので、徹底利用したい。

 そのためには、バイオマスを生産する場である「ビオトープ」を正しく理解することと、バイオマスを利用する産業である「農林水産業」が石油依存から脱却することが重要になるだろう。そしてそれは、「衣・食・住・エネルギー・水」という我々の生活に欠かせない要素を見直すことでもある。

 「バイオマスって何だろう?」では、以下のテーマを取り上げていく。
  1. 「バイオマス」と「ビオトープ」
  2. 日本にはエネルギーも資源もないのか?
  3. 日本はバイオマスを有効利用しているか?
  4. バイオマスの正しい利用法

1.「バイオマス」と「ビオトープ」

 「バイオマス」って何だろう?

 バイオは「生物」、マスは「塊」、「生物の塊」のことだ。つまり、植物と動物を合わせた「生物資源」のことを意味する。植物は、太陽エネルギーを受けて光合成(大気中のCO2などから有機物を合成する)をし成長する。だから、太陽エネルギーが蓄積した「塊」と見ることができる。それを食べて成長する草食動物も、さらにそれを食べる肉食動物も、同様に太陽エネルギーの「塊」ということになる。

 ミクロのバクテリアも、チョウやミツバチも、道端の草も、水田のイネも、森の木々も、野山を駆け回るイノシシも、大洋を泳ぐマグロも、そして我々自身もバイオマスなのだ。

 これらのバイオマスは、再生エネルギー群の中で唯一の資源(塊)である。

 では、「ビオトープ」とは何か?

 ギリシャ語でビオスは「生物」、トポスは「場所」を意味する。この合成語であるドイツ語のビオトープは「生物のいる場所」のことだ。つまり、動植物が棲む場所であり、「バイオマスのある場所」、「バイオマスを生産する場所」である。環境負荷のない「天然の化学プラント」と言い換えることもできるだろう。化学プラントと聞くと、石油 化学プラントを思い浮かべるかもしれない。だがビオトープは、自然の素材を元に、太陽エネルギーによって、化学的なエネルギーと資源(有機物)を生産してくれるのである。これを有効利用しない手はないではないか。

 湿地も、干潟(ひがた)も、川や湖も、海洋も、土壌も、田畑も、森林も、都市や道路でさえも、なんらかの生物が棲んでいるのでビオトープだと言える。そして、すべてのビオトープは、「水と空気」という環境要素と「太陽エネルギー」によってつながっているのである。

 日本では、トンボ池やカエル池をビオトープだと思っている人が多い。それは間違いではないにしても、ビオトープのほんの一部でしかない。ビオトープの概念はもっともっと広いのだ。

2.日本にはエネルギーも資源もないのか?

 「日本にはエネルギーも資源もない」と多くの人が思っている。本当だろうか? 確かに、石油エネルギーや地下資源は乏しい。しかし、別の形のエネルギーと資源がある。それも豊富に。

 それが、「太陽エネルギー」であり、太陽エネルギーがビオトープで形を変えて資源化した「バイオマス」である。

 我々日本人は日本にない石油エネルギーと地下資源にこだわり、日本に豊富にあるエネルギーと資源には見向きもしていない…と言えないだろうか? もしそうなら、それはいろいろな意味で得策とは言えないだろう。

 日本に豊富にある「バイオマス」を徹底利用することにより、
  • 環境負荷を減らし
  • 枯渇資源を温存し
  • 海外への依存から脱却し
  • 国内の雇用を促進する

 ことができるのである。これこそ、豊かさと環境を両立させる環境共生共存の決め手と言えるのではないか。

3.日本はバイオマスを有効利用しているか?

 バイオマスは太陽エネルギーが形を変えて固形の有機物として貯蓄されたものだ。すぐには消えてしまわないので、とても利用しやすいと言えよう。

 日本はそのバイオマスを有効利用しているのだろうか?

 まず、「林」から見てみよう。

図1 日本国内の森林
日本国内で毎年成長する森林の総量の3分の1に満たない量しか利用されていない。

 日本は森林国と言われ、国土の3分の2(66%)が森林で覆われている。その木々の成長量は毎年約7000万m3に達すると試算されている。しかし、実際に利用される量は約1900万m3で、その3分の1にもにも満たない。残りの3分の2は逃がしていることになる。

 では、日本は木材を必要としていないのか?

 実は日本は、世界一の木材輸入国なのだ。しかも、その輸入量は約5000万m3に達し、偶然なのか、日本国内で逃がしている量にほぼ匹敵する。ただし、これは単純にバイオマスの量の話である。国内需要を国内の生産で賄うには、実際には、リユースを含めた使い方が重要となる。

 輸入する木材は、産地においては、太陽エネルギーが蓄積したクリーンな資源だ。しかし、それを日本など遠方へ輸送すると、船やトラックなどに石油エネルギーを使うので、とたんに環境負荷が大きくなってしまう。また、動植物の宝庫と言われる熱帯雨林(ジャングル)をはじめとした天然林に大きなダメージを与える大規模な伐採方法も大きな問題だ。熱帯雨林の乱伐は想像以上に進んでおり、このままでは西暦2040年ごろには地球上から熱帯雨林が完全に消滅してしまう勢いだ。

 最近はロシアのタイガなど北方林の乱伐も指摘されている。そして、その木材の行き先は日本である。熱帯雨林やタイガなどの天然林の消失速度は,1秒間にテニスコート20面分に相当するという試算もある。

 アジア地域の熱帯雨林で伐採される木々の約60%が日本向けと言われる。日本人は、知らないうちにこの熱帯雨林の消滅に加担しているわけだ。そのことが世界中から批判されると、今度は、ロシアなどの北方林を伐採した材木が日本に大量に運ばれるようになった。北方林の成長は遅いので、その伐採は成長の速い熱帯林以上に地球環境に与えるインパクトが大きいだろう。

 さらには、国内の雇用を減らすなど経済的デメリットも指摘できよう。1960年の木材輸入の自由化以後、国内の木材生産量は3分の1に、林業就業者は6分の1に減少した。

図2 熱帯雨林の消滅
現在の伐採速度のままいけば、西暦2040年ころには、地球上からジャングルが完全に消滅する。伐採速度を落としても、消滅時期が先へ延びるだけで、ジャングルを復活させることは難しい。

 では、「農」はどうであろうか?

 農業は「太陽の恵みで食料や衣料を生産する」のが基本だ。しかし、現状は石油依存と言ってよいだろう。農業の集約化(エネルギーや資本を、特定の狭い場所に集中的に投入することによって生産性を上げようとするやり方)がその原因だ。狭い農地面積で多くの農産物を得るべく生産性の向上を目指す農業の集約化とは、石油エネルギーの大量投入を意味する。太陽エネルギーは分散したエネルギーなので、農業を太陽エネルギーだけで行う限り、集約化しても生産性の向上はなく、広い農地を確保しなければならない。

 化学肥料や農薬は当然のことながら石油製品だ。大型化の一途をたどるトラクター類も、その製造と使用に石油エネルギーを使う。また、季節外れの農産物を喜ぶ消費者の嗜好(しこう)も、ハウスの暖房や遠距離輸送などに石油エネルギーが必要とする。さらには、大量の食料の輸入も、その梱包や輸送に多くの石油エネルギーを使うことになる。

図3 先進国の食料自給率
先進国は食料の自給率を上げようと努力している様子がうかがえる。その中で、日本は例外的に自給率を大きく落としてきた。

 日本の食料自給率はとても低い。しかし、筆者は石油や資本の大量投入(集約化)によって食料自給率を上げることを勧めようというのではない。現状でも、日本の農業は石油依存の傾向を強めているからである。むしろ、農業に最適の土地を放棄したり、他の目的に転用していること、さらには、農業が大きな収入の得られる魅力的な職業ではない現状に対して警鐘を鳴らしておきたい。

 農林水産業は「衣・食・住・エネルギー・水」にかかわる産業で、国の基盤とも言えよう。気象異変や武力紛争といった有事に備える意味からも、食料などを海外に依存することは、いま一度の見直しが必要なのではないだろうか?

4.バイオマスの正しい利用法

 バイオマスはエネルギーであり資源でもある。これを単に熱量(カロリー)で表現することは、その本来の価値の半分しか評価しないことを意味する。特に、バイオマスは再生エネルギー群の中で唯一の資源であるので、なおさらだ。国内のバイオマスを資源として利用すれば、石油消費量を削減できる。したがって脱石油に貢献できるのである。

 「太陽エネルギーによって成長するタダの動植物を、人間の労働で捉えて利用する」のがバイオマス利用の基本だ。この基本を守れば、日本国内で産出しない石油エネルギーや地下資源への極端な依存から脱却(軽減)するとともに、環境負荷を低め、国内の雇用を促進するという経済的なメリットを得ることができる。

 バイオマスの資源としての利用とはどんなものか?

図4 バイオマスの利用法
大きな物から小さな物へ、途中何度もリユース(再使用)を繰り返すのがよい。

 例えば、国内で生産された木材で家を建て、家具や道具を作り、紙を作る、という利用法が考えられる。柱材などの大きな木材は、家の建て替えなどの際に、できるだけリユース(再使用)する。1回リユースすれば、国内の木材生産量が2倍に、2回リユースすれば、国内の木材生産量が3倍になったのとほとんど同じことになる。

 大きなままで利用できなくなった材は、次第に小さな目的に使う。そして、最後の最後にコンポスト(堆肥)や燃料として利用したい。なぜなら、コンポストや燃料として利用してしまうと、もうリユースもリサイクルも不可能だからである。

 もちろん、落葉、樹皮、枝、端材などは最初からコンポストや燃料として利用してよい。また、山村など十分なバイオマスが周辺にあるなら、より大きな材もコンポストや燃料として利用してかまわない。それにより脱石油に貢献することができる。

 一方、衣料は、バイオマスの資源としての利用ということができる。ここでも、リユース(再使用)を徹底したい。

 いずれのバイオマスも最後はエネルギーとして利用(食べる、燃やす、コンポスト化など)したい。バイオマスは、植物が大気中や地中のCO2などを光合成によって有機物に合成したものだ。有機物を食べたり燃やしたりして出るエネルギーは太陽エネルギーと言える。また分解の際にCO2は再び大気中へ戻る。しかし、このCO2の循環は時間的なサイクルが短いので、大気の組成を大きく変えることはなく、大気中にCO2が蓄積することもない。毎年の生産量の範囲内であればほとんど永久に利用し続けることができる。「持続利用」と言えるだろう。

 さらに、CO2ばかりではなく、環境負荷の高い化学物質の生成や放射線の生成といった環境負荷がほとんどない点も強調しておきたい。


 「バイオマス」については、これ以後、近自然学にも造詣が深い3人の執筆者にバトンタッチしたい。いずれも生物学/生態学の分野の専門家だ。

 次回の「ビオトープ」の章で登場するのは長谷川明子氏。名古屋大学に勤務。多くの専門学校の講師も勤め、様々な委員会にも参加されている。また、市民団体「ビオトープを考える会」の会長でもあり、日本におけるビオトープの最前線におられる。

 後述する中島氏との共著、「ビオトープ 環境復元と自然再生を成功させる101ガイド 図解エコロジー(誠文堂新光社)」は、この分野では希有のベストセラーとなっている。一読をお薦めしたい。

 彼女の動植物や人間を見守る目はとても温かく、その「ビオトープ論」を知れば、動植物と人間の新しい関係に気付かされることだろう。

 次の「農」の章を担当するのは、光井淳之氏。農林水産省の外郭団体に勤められている。千葉大学の講師をされていたこともある。新しい農業のあり方を考え提案することがライフワーク。専門知識を生かした市民活動にも積極的で、現場の経験も豊かだ。たぐいまれな知識と論理的思考法から何が生まれるのか楽しみである。

 そして最後に「林」について書かれるのが中島敦司氏。和歌山大学の教員で、森林生態学や地球温暖化などに関する気鋭の研究者である。多くの委員会や市民活動をこなされるばかりか、筆者も参加しているネット会議「近自然の広場」のオーナーでもある。豊かな洞察力と感性を兼備され、近自然学や環境共生共存に関する舌鋒は鋭い。氏の幅広い研究テーマの一つが森林であり、おそらく、今までとは異なる新しい視点から森林を語ってくれるに違いない。

(山脇 正俊=近自然学研究家)

=読者からのコメント=

■バイオマスは自然に対する負荷が少なく、自然環境を利用できることから、その有効利用が望まれている資源です。ですが、留意しなければならない点があると思います。

 まず、有効なバイオマス資源を自然界で利用する場合、特定の生物を必要以上に大繁殖させてはならないということ。食物連鎖の輪を崩し、他の生物がすめない環境を生み出す。その結果、生かそうとしたバイオマス資源も死滅してしまうことになります。

 人間は自らが想像しているほど頭のいい生物ではありませんから、やりすぎが懸念されます。

 もう一つは、本当に有効な量の資源を取り出すことができるのか?という問題です。トータルとしてエネルギー収支はもちろんのこと、自然界のバランスを保ちながら、できるだけの量を取り出さなければなりません。しかしながら、有効な資源を少量しか得られない可能性があります。自然界のバランスの中でやりくりすると、それほど大きな量を得ることはできないと思います。補助としての利用になるのではないでしょうか?

 その他いくつかのキーワードについてのご確認です。

「輸入する木材も、産地では太陽エネルギーが蓄積されたものだ。しかし、それを日本へ輸送すると石油エネルギーを使うので、環境負荷が大きい」。

 とあります。確かに輸送にかかる石油エネルギーは、輸入した場合の方が大きいでしょう。しかしその伐採にかかる人件費からその人件費が消費されるまでのトータルを考えると輸入したほうが消費エネルギーは少ないのではないでしょうか? 私には、それが「コスト」として表れているように思えます。

「いずれのバイオマスも最後はエネルギーとして利用(食べる、燃やす、コンポスト化など)したい。バイオマスは植物が大気中や地中のCO2などを光合成によって有機物に合成したものだ。有機物を食べたり燃やしたりして出るエネルギーは太陽エネルギーと言える。また分解の際にCO2は再び大気中へ戻る。しかし、このCO2の循環は時間的なサイクルが短いので、大気の組成を大きく変えず、大気中にCO2が蓄積することもない。毎年の生産量の範囲内であればほとんど永久に続けることができる『持続利用』と言えるだろう」。

 コンポスト化するのは賛成です。現在使用されている紙はもちろん、プラスチックなども含めて、燃やすことのできる廃棄物は、再利用せずに燃料として扱うのがよいと思われます。もともと燃えるものですし、回収なども含めると再利用には一次資源から製造するよりエネルギーが必要となりますから。毒物の蓄積などの懸念もありますので、燃やした方がよいでしょう。

 ただ、枯葉や自然に土へ還るものを燃料として使うのは問題があると思います。自然のサイクルを守る意味でもそのまま土へかえすほうがよいと思います。このような生活は石油消費生活を送る以前にやっていたことですから、自然のサイクル内でとどめることができるのではないでしょうか。

(masAki:27歳:IT関連)

■目から鱗が落ちる思いと、共感する気持ちで読ませていただきました。著書も読ませていただこうと思います。私も、当面する「食品と科学」への連載執筆に全力投球します。先生からいただいた知識や心が、紙面にも滲み出ると思います。

 土佐の坂本竜馬記念館は小生の心の宝物。サイクリング大好きロードレーサーで、マウンテンバイク計5台所持。自動車道より自転車道の建設を求める男。万年筆モンブラン大好き。武道は9歳から30歳半ばまで。鐘巻流抜刀術の手ほどきを中村圭吾先生から受けました。音楽大好き。趣味でも共通点が多く、勝手に親近感を持っています。ご活躍を!
(猫西一也(こにしかずや):80歳:食品衛生・安全研究者・食品安全ネットワーク会員)

■山脇さんがここで主張されている方向は妥当だと思います。そこで、なぜ妥当なはずの方向に世の中が進まないのか、考えてみました。そして、思い浮かんだ原因は日本の「賃金の高さ」でした。

「『太陽エネルギーによって成長するタダの動植物を、人間の労働で捉えて利用する』のがバイオマス利用の基本だ」と山脇さんは指摘されています。私も同感で、ご指摘のように多大な労働が必要なはずです。

 ところが、日本の労働賃金と物価の水準は高く、輸入国の労働賃金や石油利用のコストと比較して、現状では経済的に不利です。一般的に、同じ労働をするなら効率よく収入を得る、同じ収入や快適さを得るなら安くて楽な方を選択する、が大勢になってしまいます。これが、山脇さんが主張されている方向に進まないどころか、逆行している原因ではないでしょうか。

 もしそうだとすれば、日本の環境対策だけを考えると日本のデフレはいい傾向なのかも?しれませんね。
(fusa:40歳:製造業情報システム部門)

■masAki様にレスです。

「ただ、枯葉や自然に土へ還るものを燃料として使うのは問題があると思います。自然のサイクルを守る意味でもそのまま土へかえすほうがよいと思います。このような生活は石油消費生活を送る以前にやっていたことですから、自然のサイクル内でとどめることができるのではないでしょうか」。

 都市近郊の里山は、燃料革命以前、薪炭林として利用されておりました。枯れ枝や枯れ葉は、火のツキがよいので、焚き付けとして重宝されていました。特に松葉は最高の焚き付けでした。

 現在、里山はこういった利用がされないため、栄養分の集積が生じて富栄養化しており、植生遷移が始まっております。いわゆる「里山の藪化と常緑樹林化」です。

 このように、里山を常緑樹林化させてもよいとお考えでしたら、土に返すのもよいでしょう。しかし、武蔵野の風景に代表されるような落葉樹林を維持しようとすれば、枯れ葉などは里山から収奪するべきでしょう。

 ちなみに、マツに共生している松茸も、マツの落ち葉が余り多いと出にくくなります。さらに松林の落ち葉が増えすぎると、松枯れの要因にもなります。適度に落ち葉や枯れ枝を収奪すること(経済活動)により適正な管理をし、その恵みを人間は堪能していたはずです。ですが、ライフスタイルの変化と共に、経済活動ができなくなり、その分がコストとして跳ね返っているのが現状です。

 森林の維持に払っているコストは、実は税金を投入する公共事業のことなのです。
(シニカル:43歳:樹木医)

■=筆者からのレス=
(masAki:27歳:IT関連)さんのコメントに

「まず、有効なバイオマス資源を自然界で利用する場合、特定の生物を必要以上に大繁殖させてはならないということ。食物連鎖の輪を崩し、他の生物がすめない環境を生み出す。その結果、生かそうとしたバイオマス資源も死滅してしまうことになります」。

 同感です。

「特定の生物を必要以上に大繁殖」というのは、まさに機械化集約農業がそれに当たるのではないでしょうか。広大な農地に単一の品種だけを作付けし、化学肥料、農薬、大型機械などを投入して収穫量を増やすやり方です。masAkiさんが前回ご指摘された、太陽エネルギーの搾取と同様に、バイオマスの搾取もいけません。

「人間は自らが想像しているほど頭のいい生物ではありませんから、やりすぎが懸念されます」。

 十分あり得ますね。事前にしっかりした利用の理念・原則を打ち立てておく必要があるようです。

「もう一つは、本当に有効な量の資源を取り出すことができるのか?という問題です」。

 人類の必要としている資源をバイオマス(生物資源)だけで賄うことは、多分、無理でしょう。自然のバランスを大きく崩さない範囲で、どこまでバイオマスを獲得できるのかを試行錯誤していく姿勢を持つことが現実的ではないかと思います。その分だけ、枯渇資源である石油や地下資源を節約できると考えましょう。

「自然界のバランスの中でやりくりすると、それほど大きな量を得ることはできないと思います。補助としての利用になるのではないでしょうか?」

 そういう可能性も否定できません。特に、従来のやり方ではその可能性が高いです。バイオマスの有効利用で重要なのは、リユース(再使用)でしょう。形を変えずに何度も繰り返して使うことですね。エネルギーをほとんど使わない上、実質的な資源量を何倍にもできます。もちろん、これはバイオマスだけの話ではなく、石油や地下資源を起源とするものも同様ですね。

「しかしその伐採にかかる人件費からその人件費が消費されるまでのトータルを考えると輸入したほうが消費エネルギーは少ないのではないでしょうか? 私には、それが『コスト』として表れているように思えます」。

 おっしゃること、よく分かります。確かに、コストはどれだけのエネルギーを投入したかを通して環境負荷の目安になり得ます。ただし、それは条件が同じ場合の話です。

 ここで注意しなければならない二つのポイントがあります。一つは、現時点では環境負荷がタダであること。二つ目は、各国通貨の交換レートのマジックにより、各国での人件費が極端に異なることです。ですから、単純に「高コスト=高環境負荷」とは言い切れないようです。

「現在使用されている紙はもちろん、プラスチックなども含めて、燃やすことのできる廃棄物は、再利用せずに燃料として扱うのがよいと思われます。もともと燃えるものですし、回収なども含めると再利用には一次資源から製造するよりエネルギーが必要となりますから。毒物の蓄積などの懸念もありますので、燃やした方がよいでしょう」。

 masAkiさんのご意見に私も同感です。再生資源をリサイクル(資源の再生利用)するのは要注意です。何でもかんでもリサイクルすれば環境に貢献すると思うのは間違いですね。

 おっしゃるように、リサイクルには分別収集、施設建設を含めた加工過程などにかなりのエネルギーを使います。リサイクルは枯渇資源の温存が主眼であり、再生資源では、大きく省エネできる場合に限るのが原則でしょう。

「ただ、枯葉や自然に土へ還るものを燃料として使うのは問題があると思います。自然のサイクルを守る意味でもそのまま土へかえすほうがよいと思います」。

 これは重要なご指摘です。確かにバイオマスを人間が利用すると、自然界に影響を与えます。と言うより、人間が生きて活動すると、何をしても必ず自然界に影響を与えてしまいます。そこで、どんなやり方が我々の豊かさを実現するためによいのかを考えて判断することになります。

 その判断基準はどうしたらよいのか? 私は「持続するかどうか」に判断基準を置くことを提案します。つまり、あるビオトープからある量のバイオマスを持ち出して人間が利用する場合、そのビオトープが持続できるかどうかを見ることです。できればよし、できなければ持ち出し量が多過ぎると考えます。実際には量だけではなく、例えば伐採の仕方など質の問題もあります。

 ビオトープは自然のものだけとは限りません。近自然のものもあります。農地や植林された森林もビオトープですね。ここでも、持続できるかを判断基準にできますね。例えば、木質バイオマスの利用です。市街地では、枯葉をコンポストや燃料として積極的に利用します。その代わり、木々の伐採は控え目にします。逆に、森林では、葉・枝・樹皮などはチップ化して森へ戻し、材木だけを持ち出すのがよいでしょう。ボリュームが減り、輸送も楽になりますね。

 毎回、的確なご指摘どうもありがとうございます。刺激的なディスカッションができることに感謝しています。
(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)

■今回も興味を持って読みました。

 「日本の食料自給率はとても低い。しかし、筆者は石油や資本の大量投入(集約化)によって食料自給率を上げることを勧めようというのではない。現状でも日本の農業は石油依存の傾向を強めているからである。むしろ、農業に最適の土地を放棄したり、他の目的に転用していること、さらには、農業が大きな収入の得られる魅力的な職業ではない現状に対して警鐘を鳴らしておきたい」。

 その通りだと思います。農業に適した土地を工業団地にしてきたり(しかも企業を誘致できないまま荒廃させている)、一方でビオトープとしても価値が高いと思われる干潟を干拓して農地にしようとしたり(しかも耕作者のなり手がない)、といった日本の現実を見ると、やりきれない気分になります。

 「農林水産業は『衣・食・住・エネルギー・水』にかかわる産業で、国の基盤とも言えよう。気象異変や武力紛争といった有事に備える意味からも、食料などを海外に依存することは、いま一度の見直しが必要なのではないだろうか?」

 この部分についてはやや異論があります。気象異変に対しては、国内の生産だけに頼るより、多くの地域から輸入した方がリスク分散になります。気象異変ではないですが、米国のBSE発生に伴う吉野家の状況を見れば、供給を1国に依存することの危険性がよく分かります。

 武力紛争に関して。現在の状況を見る限り、局地的な武力紛争においては、紛争当事国以外の食糧危機は発生していません。これは供給国が限定される石油とは事情が異なっています。世界大戦になる場合や、自国が世界の大半を敵に回して戦ったり、そこまで行かなくても経済制裁を受けるなどの場合は話が別として、それ以前に、そうした事態を回避するよう努めるべきでしょう。

 とは言っても、農林水産業が国の基盤と言える産業であることに異存はありません。農業が活力を取り戻し、輸出入を相殺したネットのカロリーベースで自給率が高まることには賛成です。

 それには、ハウスなどを必要としないよう、なるべくその土地・気候に適した作物を効率よく栽培する。多様な食物を食べるために、国際間で輸出入し合う体制をつくる、がいいのではないでしょうか。季節はずれのものを食べたければ、南半球などから輸入する方が、暖房してハウス栽培するよりましでしょう。もちろん消費者の意識が変化して、地産地消が好まれるようになるなら、それは歓迎すべきことと思います。

 バイオマスの利用に関しては、本当にうまく機能する仕組みができるのか、疑問の点が多いように思われます。詳しくは次回以降を読みたいと思います。

 疑問の一つとしては、成長している森林とは、主にどこに存在しているものでしょうか? 山奥にあるものであれば、伐採や輸送するためのコストやエネルギー負荷が、結構かかるように思えるのですが。
(我々は何処へ行くのか)

■大変ためになりました。

 私は森林対応のリサイクル雑草防止シートを開発しています。道路、公園、屋上緑化などの用途に、植物由来樹脂と木粉の混合でカバープランツの下地に、と思っています。もっと木材のはけ口が必要です。

 日本の水資源を大切にしないと、いつ、米の輸入に対して「水代を払え」となるか。安全のためにも大切なことです。
(澤登丈夫:60歳:三菱化学MKV)


■=筆者からのレス=
(猫西一也(こにしかずや):80歳:食品衛生・安全研究者・食品安全ネットワーク会員)さんのコメントに

「目から鱗が落ちる思いと、共感する気持ちで読ませていただきました。著書も読ませていただこうと思います」。

 どうもありがとうございました。そう言っていただけると、勇気がわきます。

「私も、『食品と科学』の連載執筆に全力投球します。先生からいただいた知識や心が、紙面にも滲み出ると思います」。

 猫西さんは食品の安全の研究をされているんですね。最近はスローフードとのかかわりも増えており、私の大きな関心の一つになっています。猫西さんの連載が素晴らしいものになり、成功を収めることをお祈りします。

「土佐の坂本竜馬記念館は小生の心の宝物。サイクリング大好きロードレーサーで、マウンテンバイク計5台所持。自動車道より自転車道の建設を求める男。万年筆モンブラン大好き。武道は9歳から30歳半ばまで。鐘巻流抜刀術の手ほどきを中村圭吾先生から受けました。音楽大好き。趣味でも共通点が多く、勝手に親近感を持っています。ご活躍を!」

 奇遇です。そういうことがあるんですね。

 共生共存の志を同じくする、いろいろな分野の人たちがネットワークをつくって協力することが、人類に突きつけられた難問を解決するために重要だと思います。そんなわけで、いろいろご指導よろしくお願いします。
(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)

■=筆者からのレス=
(fusa:40歳:製造業情報システム部門)さんのコメントに

「山脇さんがここで主張されている方向は妥当だと思います。そこで、なぜ妥当なはずの方向に世の中が進まないのか、考えてみました。そして、思い浮かんだ原因は日本の『賃金の高さ』でした」。

 なるほど。その通りかもしれませんね。

「ところが、日本の労働賃金と物価の水準は高く、輸入国の労働賃金や石油利用のコストと比較して、現状では経済的に不利です」。

 現状ではそう見えます。

 しかし、それは目先の経済だとも言えます。その理由が二つあります。

 一つは、環境負荷がタダなので、いくら環境を壊してもコストが増えないこと。しかしそれは一時的なもので、長く広い視野で見れば、社会や地球全体としての出費が増えます。ですから、決して経済的ではありません。

 もう一つは、賃金のダンピングです。つまり、開発途上国において、劣悪な労働条件と過当競争を悪用して、賃金を埠頭に安くすることです。特に国際企業にこの傾向が強く、「現地住民と環境の搾取」と言われるゆえんです。こんなことが長続きするとは、とても思えません。

「一般的に、同じ労働をするなら効率よく収入を得る、同じ収入や快適さを得るなら安くて楽な方を選択する、が大勢になってしまいます。これが、山脇さんが主張されている方向に進まないどころか、逆行している原因ではないでしょうか」。

 その通りですね。しかし、その「安くて楽な方」を選択することにより、環境が壊れ、日本国内の雇用が減るので、最終的に、日本人は貧しくなりますよ。そうすると、我々は、素晴らしい自然と豊かさの両方を失ってしまいます。目先の利益に走ると、そうなる危険が大きいので、私は警鐘を鳴らしたいのです。

 近自然学は単に自然や動植物のことだけを考えているわけではありません。我々の豊かさ、健康、幸せ、そしてその持続をも考えます。だから、環境を壊してはダメなのですね。
(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)


■=筆者からのレス=
(シニカル:43歳:樹木医)さんのコメントに

「現在、里山はこういった利用がされないため、栄養分の集積が生じて富栄養化しており、植生遷移が始まっております。いわゆる『里山の藪化と常緑樹林化』です」。

 専門家としての適切なレス、どうもありがとうございました。おぼろに感じていたことをハッキリと説明していただきました。

「ちなみに、マツに共生している松茸も、マツの落ち葉があまりに多いと出にくくなります。さらに松林の落ち葉が増えすぎると、松枯れの要因にもなります。適度に落ち葉や枯れ枝を収奪すること(経済活動)によって適正な管理をし、その恵みを人間は堪能していたはずです」。

 なるほど、なるほど。適当な収奪が適正な管理になり、それが森の恵みを増やす条件だというお話、納得です。

「ですが、ライフスタイルの変化と共に、経済活動ができなくなり、その分がコストとして跳ね返っているのが現状です。森林の維持に払っているコストは、実は税金を投入する公共事業のことなのです」。

 収奪(経済活動)が維持管理を兼ねていたので、それをやめると、管理を単独でやらなければならなくなり、コストもかかる。このメカニズムのお話、とても腑(ふ)に落ちます。
(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)


■=筆者からのレス=
(我々は何処へ行くのか)さんのコメントに

 いつもコメント、ありがとうございます。

「農業に適した土地を工業団地にしてきたり(しかも企業を誘致できないまま荒廃させている)、一方でビオトープとして価値が高いと思われる干潟を干拓して農地にしようとしたり(しかも耕作者のなり手がない)、といった日本の現実を見ると、やりきれない気分になります」。

 全く同感です。

 行政は過去の失敗は潔く認めて、住民もそれを許す寛容さを示せば、新しい一歩を踏み出せると思うのですが。

「この部分についてはやや異論があります。気象異変に対しては、国内の生産だけに頼るより、多くの地域から輸入した方がリスク分散になります。気象異変ではないですが、米国のBSE発生に伴う吉野家の状況を見れば、供給を1国に依存することの危険性がよく分かります」。

 そうとも言えますね。と同時に、リスクの分散という面から、日本も食料生産に参加するのが重要です。その場合、日本の農業のあり方をもう一度見直す必要があります。

 人件費が高く土地が狭いという、ある意味、日本と似た状況にあるスイスでは、農業の大転換を実行中です。補助金などの操作により、従来の「農薬漬けの農業」はほとんど消滅し、有機と減農薬農業だけとなりました。

「それには、ハウスなどを必要としないよう、なるべくその土地・気候に適した作物を効率よく栽培する。多様な食物を食べるために、国際間で輸出入し合う体制をつくる、がいいのではないでしょうか。季節はずれのものを食べたければ、南半球などから輸入する方が、暖房してハウス栽培するよりましでしょう」。

 季節外れの食材を求める気持ちも分からないではないのですが、それが本当に豊かさに貢献しているのかどうかは疑問です。旬の、しかもその土地にあった食材の美味しさを体験すれば、食がいかに幸せに貢献しているのかが実感できると思います。

「バイオマスの利用に関しては、本当にうまく機能する仕組みができるのか、疑問の点が多いように思われます。詳しくは次回以降を読みたいと思います」。

 はい。私もどんな記事が掲載されるのか、とても楽しみです。

「疑問の一つとしては、成長している森林とは、主にどこに存在しているものでしょうか? 山奥にあるものであれば、伐採や輸送するためのコストやエネルギー負荷が、結構かかるように思えるのですが」。

 日本の森林は植林されたものが大半のようです。つまり、そこの木々を伐採してビジネスにしようとしたものです。確かに利用不可能な山奥の森林もあるでしょう。

 本編にも書いたように、1960年の木材輸入の自由化以後、日本国内の木材生産量は3分の1に激減しました。ですから、環境貢献プレミウムを含めたやり方次第では、3倍に増えるくらいの可能性はあると思います。
(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)

■=筆者からのレス=
(澤登丈夫:60歳:三菱化学MKV)さんのコメントに

「大変ためになりました」。

 ありがとうございます。

「日本の水資源を大切にしないと、いつ、米の輸入に対して『水代を払え』となるか。安全のためにも大切なことです」。

 同感です。日本は世界一のバーチャル・ウォーター(仮想水)輸入国ですから、十分あり得るシナリオですね。
(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)

■山脇さんへ。

 こちらこそ私のような若輩者のつまらない質問に丁寧にお答えいただきありがとうございます。

 環境問題を語るプロの方がたの中には、無責任にリサイクルや発電システムについて語られ、「本当にそれが環境に良いことですか?」とたずねても根拠もなく「当たり前だ」とおっしゃられたり、回答が返ってこない場合が多いのです。その中で、まじめにお答えいただき、その根拠を示して説明いただける点に関して、正直ホッとしております。私自身の考え方とは相容れない部分もあります。ですが、地球という大きなものが相手ですから、答えが一つであるはずもなく、多種多様なやり方を模索し、できるだけよい議論と選択をしていきたいものですね。
(masAki:27歳:IT関連)

■シニカル様へ。

 確かにシニカル様のおっしゃるとおり、人間が自然のサイクルの中にいたときのことを思えば、有効に利用することがよいことだと思います。人間がその一部を利用することで森林によい影響を与えることもあるでしょう。

 私個人としてはシニカル様のような方が管理をし、うまく利用してほしいと思います。ほとんどの場合、人間は良くも悪くもやりすぎるため、余計な介入をして自然を壊すくらいなら、その成り行きを自然に委ねてしまったほうがよいのではないかと思っています。
(masAki:27歳:IT関連)

■=筆者からのレス=
(masAki:27歳:IT関連)さんのコメントに

「その中で、まじめにお答えいただき、その根拠を示して説明いただける点に関して、正直ホッとしております」。

 ありがとうございます。

 これは私のポリシーというより、性格だと思います。若い方々が必死になっているのを放ってはおけません。特に環境問題は、若い方々こそが「当事者」ですからね。

「私自身の考え方とは相容れない部分もあります。ですが、地球という大きなものが相手ですから、答えが一つであるはずもなく、多種多様なやり方を模索し、できるだけよい議論と選択をしていきたいものですね」。

 これは全く同感です。

 皆が同じ考えを持つ必要はありませんし、むしろその方が危険だと言えます。いろいろな考えを出し合ってディスカッションすることが大事です。その機会があることに、感謝したいですね。

(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)


山脇 正俊

近自然(工)学研究家
チューリッヒ州近自然工法アドバイザー
スイス連邦工科大学・チューリッヒ州立総合大学講師
北海道工業大学客員教授
電子メール:
masayama@aol.com
ホームページ:
http://members.aol.com/
masayama/

最新著書:
「近自然学」(2004年4月、山海堂より出版)
バックナンバー
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・バイオマス(生物資源)って何だろう?(4)〜日本の農業の現状と問題点

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■[2005/2/17]
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■[2005/2/3]
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■[2005/1/20]
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■[2004/11/2]
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■[2004/10/19]
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■[2004/10/5]
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■[2004/9/21]
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■[2004/9/7]
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