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入門「近自然学」〜豊かさと環境の両立は可能だ
プロフィール
新しい川づくり〜安全で自然豊かな川をつくる(2)

2004/12/21

4.形を求めない

 川の形は「地質+気象+文化」で決まると言われる。人間が影響を与えない原始河川の形は、「地質と気象」で決まる。エコロジーもこの二つで決まる。川の周辺に人が住みつくと、当然その影響を受ける。人間が川を利用したり改変したりするからだ。そしてそれは、人々の考え方や、生活や法律などの影響を受ける。それが「文化」である。

 「太陽エネルギーへの転換を考える」の章でもお話したように、我々日本人には「形や技」にこだわり偏重する性癖があるようだ。表面的な緑化や意味のない石積みが至る所に見られるのが、その証だ。新しい川づくりにおいて、この性癖は核心を外す危険性に結び付く。我々は、新しい川づくりにおいて、瀕死の者(川)にお化粧をしたり、きれいな着物を着せたいというのではない。川そのものを、再び健康な状態に戻したいのだ。

 新しい川づくりにおける「形」とは、川の「ダイナミクス(浸食・堆積・洪水のこと)」が造る結果」と考えたい。ダイナミクス自体は目に見えない。しかし、それが造る「形」は見える。従って、「形」はダイナミクスを計る物差しと言える。新しい川づくりにおいて、我々は、どんな川にしたいかというイメージ(概念図)は描くが、工事によってそのような形に造形することはしない。川が自ら、時間をかけて次第にそのような形になっていくように、条件を整えるだけである。

5.自然の力を借りる

 従来の固い護岸と大きな堤防による川づくりは、「人間がすべてをやる」方法と言えよう。それゆえに、大規模な工事が必要となり、エネルギー投入量が大きくなる。加えて、コストも高い。新しい川づくりにおいても、従来と同様に人間がすべてをやると、同じ問題を抱え込む。しかも失敗のリスクが大きい。自然は、我々の思い通りには動かないからである。

 この問題を解決する方法がある。それは「自然の力を借りる」ことだ。

 川には、ある場所を削り(浸食)、ある場所に土砂をため(堆積)、そして洪水を起こしたりする力がある。これらのダイナミクスは、自然の力つまり太陽エネルギーの形が変わったものと言える。さらに、川の「活力」、「元気さ」と言い換えることもできるだろう。

図1 フロー:川の持つ活力が、川を変転させいつも若々しく保つ。川づくりにおいては、その活力を利用するのがうまいやり方と言える

 川が元気で自然なダイナミクスがあると、自分でその形を整える。つまり、瀬、淵、洲、蛇行など、その川本来の形が時間とともに整っていく。そして、それぞれの場の条件にふさわしい草木が育ち動物たちが棲みつく。住民や野生動物たちが川面へ降りることも容易(親水性が高い)になるだろう。そんな川は、我々に気持良い空間(良いランドシャフト)を提供してくれる。

 さらに、そのような川は汚れを浄化する能力(水質浄化能力、自浄力)も大きい。つまり、新しい川づくりは、川や自然が自分で実行する行為であり、そのすべての大元がダイナミクスなのだと言えよう。

 そして、このダイナミクスを利用するならば、少ないエネルギー投入量と低いコストで大きな成果が得られるのである。

 従来の川づくりは、洪水安全性を高めるために川のダイナミクスを抑えた。そのために川は元気さを失って瀕死の状態になってしまったと言える。確かにダイナミクスが大きすぎると元気がよすぎて暴れ者となる。これは我々にとって不都合だ。つまり、両者の中間にちょうどよい調和点があるのである。

図2 近自然化前のロイサッハ川(ドイツ・バイエルン州)
固く単調に改修された状態で、エコロジーや親水性や自浄能力の問題が残る。いっぽう洪水安全性も十分ではない

図3 近自然化後のロイサッハ川(ドイツ・バイエルン州)
洪水安全性を確保するために造り直された際に、ダイナミクスを少し取り戻した。この結果、素晴らしい川に蘇生した。堤防は、確実だが目立たないように、しかも人間の側へ少し引いて造られている

6.時間経過に配慮する:川は移ろいゆく物

 川づくりのすべてを竣工時に終えようとするのが従来のやり方だ。だから、造形、植栽など、人間がすべてをやる。

 いっぽう新しい川づくりでは、川の形が整うのを数年後に設定する。そうすると、工事や植栽の工数が劇的に減る。極端なことを言えば、「竣工は川づくりの始まりにすぎない。素晴らしい川が得られるのは、20年後の子どもたちである」くらいに考えたい。

図4 竣工直後のクレープスバッハ川(スイス・チューリッヒ州)
中央が川で向こう側は水質浄化を兼ねた洪水調節池。簡単な造形しかしないために、工事が少なくローコストだ。後の仕上げは、川と自然に任せる(写真提供:チューリッヒ州建設局クリスティアン・ゲルディ氏)

図5 竣工から2年たったクレープスバッハ川(スイス・チューリッヒ州)
スイスでは約2年で裸地がなくなり(植物の成長が速い日本では1年後の状態と言えよう)、河道が安定する(写真提供:チューリッヒ州建設局クリスティアン・ゲルディ氏)

 川の重要な特徴の一つは、絶えず移り変わることだ。固い護岸などで変わらない(変われない)ように固定してしまったら、もうそれは川とは呼べず、庭園か排水路でしかない。川の変転は川のダイナミクスがもたらすものだ。これは、変化する川にしか棲むことのできない多くの動植物にとってかけがえのない要素でもある。住民の安全性を脅かさない範囲で、できるだけ許容したい。

7.環境負荷とコストを低減する

 従来工法は、環境負荷について考慮することがあまりなかった。新しい川づくりでは、当然のことながら環境負荷の低減を目指す。そのためには、できるだけエネルギーと資源の投入量を減らしたい。具体的には、工事と資材を減らすことだ。

 人間がすべてを最後までやるなら、工事や資材の投入量が増えるのは必然である。だから、できるだけ自然の力(川の持つダイナミクスや植生の成長力など)を利用する。また、マニュアルに従ってどこもかしこも一律に工事するのではなく、どこに何が必要で何が不必要なのかを見極める。この点が、新しい川づくりにおいて重要なカギになるだろう。

8.ランドシャフトに配慮する:気持良い川をつくる

 従来の固い護岸と大きな堤防によって守られた川を、近代性や豊かさの象徴と見なすこともできよう。しかし、多くの住民はそれを悲しく思い(安全な生活のために致し方のないことだとは認めつつ)、昔の川のたたずまいを懐かしがる。美しいふるさとなど、心の原風景が壊されることは、我々人間にとって、とても重大な精神的ダメージなのだ。心の原風景が壊されると、その社会への帰属意識が薄れ、極端な場合は、生存意欲さえも失いかねないことが専門家により指摘されている。

 「ランドシャフト」を重視するとは、実はそういうことなのだ。素晴らしい川のランドシャフトは住民の共有財産であり、これを破壊する権利はだれにもない。住民の生命財産を守るための河川改修であっても、この点への配慮を忘れてはならないのではないか。

 スイスやドイツでの川づくり(道づくり、まちづくりも同様)では、必ず景観工学家がプロジェクトに加わる。 彼(彼女)の役目は、「気持の良い」環境を造ることだ。そしてそれは、我々の「心」を大切にすることなのである。

9.親水性と子どもたちの冒険の重要さ

 素晴らしい川に接したいと我々は願う。そんな住民や野生動物が水辺に近付けるかどうかが「親水性」だ。その基本はまず、近付きたいと思える、清い水の流れる気持の良い川の存在である。ドロドロの汚水が流れるコンクリートの排水路に階段を付けて、底まで降りれるようにしたものを「親水性」とは呼びたくない。

 「親水性」で忘れてならないのは「子どもたちの冒険」である。

 「子どもたちから冒険を奪ってはならない」とスイスやドイツの児童心理学者たちは言う。それは、冒険が、子どもたちの健全な心身の成長を助けるからだ。そして、子どもたちは本能的に冒険が好きである。川は、子どもたちにそんな冒険の機会を提供するものでありたい。

 子どものころから川や自然に接すると、その美しさや面白さと同時にその怖さも知る。それは自然や動植物に対する畏怖の念となるだろう。危険に対して敏感となり、さらに対処も速やかにできるようにもなる。また、危険への対処法を体得する過程で社会生活を学び、自分より経験豊富な家族や年長者への畏敬も育まれるに違いない。

 子どもたちが心身共に健康で強く成長することは、その「群れ」が健全で強くなることを意味する。「個」を偏重する子どもの過保護は、「群れ」を弱める。そして、それは最終的に「個」への不都合となって戻ってくる。弱い「群れ」はその存続さえ危ぶまれ、事実、多くの「群れ」が地上から消えていったことが分かっている。「群れ」の不都合は「個」の不利益だ。なぜなら、「群れ」は多くの「個」の集まりなのだから。

 子どもばかりか大人をも過保護にする日本の現状に、警鐘を鳴らしておきたい。

10.「土木+生態+景観」などのチームワーク

 スイス・チューリッヒ州やドイツ・バイエルン州で生まれた新しい川づくりは、両州で長い歴史を持ち、いまだに世界をリードしていると言えよう。このチューリッヒ州とバイエルン州では、プロジェクト・チームに「土木工学」、「生態学」、「景観工学(スイスやドイツの景観工学は、日本では土木工学・造園学・林学に分散している)」の専門家が、最低限加わらなければならないとしている。

 この両州が同じ結論に至ったのは偶然ではない。30年余りの新しい川づくりの試行錯誤の中で、そうすると素晴らしい川ができるという経験則なのだ。

 この3者にはそれぞれ異なる役割がある。

土木工学の専門家:住民の生命・財産の代弁者で、洪水安全性の確保に対する責任を持つ。川のダイナミクスと安全性との調和点をみつける。

生態学の専門家:動植物の代弁者で、エコシステムの健全化に対する責任を持つ。生態調査を実施し絶滅危惧種を発見したり、改善策を提案したりする。

景観工学の専門家:住民の心の代弁者で、素晴らしいランドシャフトや親水性の実現などに責任を持つ。何年後にどのような川になるのかというイメージを描くとともに、そのために今何をすべきか(または、しないでよいか)を提案する。

 この「少なくとも土木工学、生態学、景観工学の専門家がプロジェクトに加わらなければならない」という原則は、スイスやドイツでは「川づくり」ばかりではなく、「道づくり」や「まちづくり」など広範囲に適用されている。

図6 竣工から17年たったネフバッハ川(スイス・チューリッヒ州)
自然のせせらぎのように見えるが、実は、安全性確保のために最低限の対策がなされている。水の力と真っ向から戦うことなく、川のダイナミクスを大きく削ぐことなく、そのエネルギーの流れをうまくコントロールする。川と自然が自らをこのような形に仕上げた

(山脇 正俊=近自然学研究家)

=読者からのコメント=

■毎回、有益な情報をありがとうございます。

 日本でも植生が発達した河川が増えてきているようです。ところが、専門家たちが調べてみると、河川環境の中で面積的な減少が最も著しいのは「自然裸地」つまり川原だそうです。このため、川原に依存した生物種が激減しているという話しになります。

 スイスの写真を拝見したところ、小河川では植生が発達し、大きな川では川原も再生されているようですね。これは、水量と関係すると思うのですか、そうですか? そうだとすると、近自然化によって出来上がる「形」は川の置かれた状態によって変化することを意味するように思います。そうですか?

 一方、川原の減少は、ある種の自然が減少することを意味します。そこに植生が発達すると、何らかの自然が成立します。その自然を大切にしたいという市民も少なくなく、川原の再生を狙う行為が実施困難であるとも聞きます。スイスではいかがですか?

 なお、私は、河川における植生の発達は、水量の減少と、水質の富栄養化による植物の生育が旺盛になることで河道を連鎖的により安定させることだと思っています。これは、どうですか?

 質問ばかりで恐縮ですが、よろしくお願いします。
(あなぐま君)

■私は田舎出身なので、東京に出てきたとき、川と川原が分断されていることに、川原がスポーツ公園として利用されていることに驚きました。川の元気さがあってこそ、川原が生きるんですね。元気な川と川原を応援したいです。

 この考え方は日本庭園の考え方に似ているなーと思って読んでいたところ。「これでは庭園や排水路である」という文章にあたってびっくりしました。庭園を排水路とくくられたのにはどんな意図があるのですか? 教えてください。
(acco:26歳:環境教育)

=筆者からのレス=
(あなぐま君)さんのコメントに

「毎回、有益な情報をありがとうございます」。

 こちらこそ、毎回のコメントや質問、深謝です。本文で言い足りなかったことをいろいろご説明できるよい機会ですし、私のモティベーションも上ります。

「日本でも植生が発達した河川が増えてきているようです。ところが、専門家たちが調べてみると、河川環境の中で面積的な減少が最も著しいのは『自然裸地』つまり川原だそうです。このため、川原に依存した生物種が激減しているという話しになります」。

 残念なことですが、全くその通りです。

 川原が消滅したのにはそれなりの原因があります。一つは「水力学的な問題」で、もう一つは川原を重視しなかったという「人間の認識の問題」です。

 水力学的には、普段、水の流れる「低水路」が水量に対して狭すぎるからです。場所がないという言い訳もあるのですが、それだけではありません。

 日本における多くの近自然化と称する現場が、従来のコンクリート護岸を石積み護岸に換えただけだったり、サカナに配慮したと称する木工沈床という伝統護岸法だったりします。しかし、これらは岸辺が浸食されることをいっさい許さない点ではコンクリート護岸と同じです。ですから、低水路は広がりません。従って、川原も生まれません。つまり、従来の「堤防+低水護岸」という基本コンセプトは変えていないのですね。

 スイス・ドイツの「近自然河川工法」や日本の「多自然型川づくり」は、そのやり方への反省から出発しています。しかし、残念ながら、日本ではいまだに「誤解」が大手を振って歩いている状況と言えましょう。

 昔の川には、特殊な例外(岩盤の露出してる場所などは渓谷となる)を除いて川原がありました。従来工法では、洪水安全性を確保するためにその川原を不要なものと判断して、川を排水路化(狭く。真直ぐ、平らにして洪水をサッと下流へ流す)する方向で改修してきました。コンクリートの三面張り(左右の岸と河床の三面がコンクリート)はその極端な例です。「人間の認識の問題」というのはそういう意味です。


「スイスの写真を拝見したところ、小河川では植生が発達し、大きな川では川原も再生されているようですね。これは、水量と関係すると思うのですか、そうですか?」

 そうとも言えます。

 これらを分かつものは川の持つ「ダイナミクス」です。川のダイナミクスとは活力・元気さのこと、具体的には「浸食」「堆積」「洪水」のことです。これが小さいと、ある時点で植生の成長が優り、形が固定されて緑化が進みます。それはそれできれいなのですが、植生がリセットされる撹乱(かくらん)は起こらなくなります。

 水量、それも洪水時の水量が大きければフラッシュ効果(洗い流す力)が大きくなり、植生がリセットされます。一般的に、小さな川はこのフラッシュ力が小さくなります。でも、急流河川のように、小さくてもフラッシュ力の大きな川も少数ですがあります。ただし、フラッシュ力が大きくてもコンクリートの三面張りのように固く護岸されていて浸食・堆積の余地がなければ、川原は生まれません。カーブの内側などに小さな洲ができる程度でしょうか。

「そうだとすると、近自然化によって出来上がる『形』は川の置かれた状態によって変化することを意味するように思います。そうですか?」

 その通りです。

 川の「形」は、「地質+気象+文化」の三つで決まるとお話しました。これは言い換えると、自然条件と人的条件によって決まるという意味です。

「一方、川原の減少は、ある種の自然が減少することを意味します。そこに植生が発達すると、何らかの自然が成立します。その自然を大切にしたいという市民も少なくなく、川原の再生を狙う行為が実施困難であるとも聞きます。スイスではいかがですか?」

 川原にはおっしゃるような「エコロジー」へのメリットの他、素晴らしい川の「ランドシャフト」を実現し、住民や野生動物が水辺へ近付けるという「親水性」への貢献があります。可能性があるなら再生したい要素です。

 スイス・チューリッヒ州やドイツ・バイエルン州では、親水性の向上は主権者であり納税者である市民の強い要望であり、その実現は行政の使命とも言えます。事実、川原の再生された場所では、夏場の休日には多くの住民が集まり、日光浴や水遊びを楽しみます。また、野生動物の利用も確認されています。

 と同時に、おっしゃるように、川のダイナミクスは川を絶えず変転させますので、いったん成立したビオトープを壊します。それを守りたいという保護団体が法廷闘争に持ち込む例も過去にありました。しかし、それは川の健全な機能を理解していない結果とも言えますね。安定したビオトープと撹乱があるという川の性格は相容れないもので、もし、そのビオトープが生態学的に価値の高い物であるなら、移設などの手立てを検討するのがよいでしょう。ビオトープを維持するために健全な川の機能を殺すのは正しいやり方とは思えませんが、いかがでしょうか?

「なお、私は、河川における植生の発達は、水量の減少と、水質の富栄養化による植物の生育が旺盛になることで河道を連鎖的により安定させることだと思っています。これは、どうですか?」

 そのお考えは正しいと思います。

 さらに言えば、洪水によるフラッシュ効果の低下だと思います。特に、中小の洪水の減少が問題です。富栄養化による植生の成長力の速さと強さもあるでしょう。この点は専門の方にフォローをお願いしたいところです。
(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)


=筆者からのレス=
(acco:26歳:環境教育)さんのコメントに

「私は田舎出身なので、東京に出てきたとき、川と川原が分断されていることに、川原がスポーツ公園として利用されていることに驚きました。川の元気さがあってこそ、川原が生きるんですね。元気な川と川原を応援したいです」。

 全く同感です。

 私も田舎育ちなので、利用してない川や川原をムダな土地だと思う風潮に、個人的に強い違和感を覚えます。自然や近自然の川は、動植物ばかりではなく、我々の「心」にとっても大事な空間だと思います。

「この考え方は日本庭園の考え方に似ているなーと思って読んでいたところ。『これでは庭園や排水路である』という文章にあたってびっくりしました。庭園を排水路とくくられたのにはどんな意図があるのですか? 教えてください」。

 驚かせてしまったようで、申し訳ありませんでした。私は庭園と排水路が同じだと思っているわけではありません。誤解を招くような表現だったかもしれませんので、ご説明します。

 これは、川の持つ「ダイナミクス」のあるなしの問題です。川のダイナミクスとは、川の元気さのことです。川の元気さとは、その川が変転することです。それは、ある場所が「浸食」され、ある場所に「堆積」が起こることです。そしてそれは、「洪水」の時の増水で起きます。

 庭園には、「浸食」も「堆積」も「洪水」もありません。岸辺の浸食を許しませんし、堆積もダメ。ましてや洪水は来ません。水辺のすぐ横を散策したりするのですから、当然ですね。でも、それではダイナミクスの全くない水路であり、川とは呼べません。

 一方、排水路には、洪水が来るかもしれません。それを一気に下流へ流すために、狭く真直ぐで固く平らに造ります。コンクリート三面張りがその良い例です。つまり、「浸食・堆積」を許さないのです。これも実は、川にしかない、川の健全な機能を奪っており、極論すれば、川とは呼べないわけです。

 そんな意味で、「庭園か排水路だ」という表現になってしまいました。

(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)


山脇 正俊

近自然(工)学研究家
チューリッヒ州近自然工法アドバイザー
スイス連邦工科大学・チューリッヒ州立総合大学講師
北海道工業大学客員教授
電子メール:
masayama@aol.com
ホームページ:
http://members.aol.com/
masayama/

最新著書:
「近自然学」(2004年4月、山海堂より出版)
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