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入門「近自然学」〜豊かさと環境の両立は可能だ
プロフィール
新しい川づくり〜安全で自然豊かな川をつくる(1)

2004/12/07

 スイスやドイツで1970年代に始まった新しい川づくりの方法「近自然河川工法」(日本では「多自然型川づくり」)は、単に自然に配慮しただけのものではない。確かに、自然が豊かで気持の良い川が生まれる。それに加えて、安全性も従来の方法よりずっと高いことが、ヨーロッパで1999年と2002年に起きた大洪水の際に証明されている。

 従来の川づくりは、人命や財産の保護を偏重するあまり、他の要素をほとんど省みなかった。それにより、川とその周辺のエコロジー(動植物)、ランドシャフト(気持良さ)、環境負荷(エネルギー投入量、CO2排出量)、水質(浄化能力)などが犠牲になったと言えよう。

 その反省から、新しい川づくりが生まれた。

 「洪水安全性か河川環境か」という二者択一からの脱却、つまり「安全性と豊かな自然の両立」がその核心と言えよう。これを実現するためには、当然のことながら頭の切り替えが必要だ。

 洪水安全性とは、洪水が起きたときに水が堤防を乗り越えて溢れないことではなく、溢れた水によって 我々が被害(水害)を受けないことである。そう考えると、洪水安全性の確保のしかたは大きく変わるだろう。

 そして、川やその周辺に棲む動植物にすみかを提供し、また付近に住む住民にとっても気持の良い川を実現したい。それらを、それほど大きな環境負荷とコストをかけずに実現する。そのためにはいろいろな専門家が一緒になって計画・実行する、自然の力をうまく利用する、しかも長い時間をかけて折り合いをつけていく姿勢が大切だろう。

 公共投資が年々削減され、土木建設業界に冷たい嵐が吹き荒れる昨今、新しい川づくりの本質を理解できるかどうかは、関連する企業にとって死活問題と言えよう。それは、単に川づくりの問題にとどまらず、企業の基本的な体質改善に深くかかわっているテーマだからだ。しかし同時に、これが大きなビジネス・チャンスでもあることも認識したい。

 新しい川づくりでは、以下の点について、順に述べていく。

1.世界中で洪水による被害が増えている
2.川の安全性をどう考えるか
3.大きな被害を受けないようにする
4.形を求めない
5.自然の力を借りる
6.時間経過に配慮する:川はうつろいゆく物
7.環境負荷とコストを低減する
8.ランドシャフトに配慮する:気持良い川をつくる
9.親水性と子どもたちの冒険の重要さ
10.「土木+生態+景観」などのチームワーク

1.世界中で洪水による被害が増えている

洪水による被災者の増加(出典:世界災害報告 1999年版)


 世界中で洪水による被害が急激に増えている。なぜだろう?

 第1の原因は、開発・建設・森林伐採などによる地表の改変、そして、地球温暖化により「自然の水循環」が阻害されていることだ。自然の水循環とは、以下のようなサイクルのことを言う。まず、太陽熱によって海面が温められ、水蒸気が上空に上って雲になる。次に、これが雨となって山に降り、一部は地下へ浸透して地下水となる。他の一部は川となって海へ戻る。

 第2の原因は、人口増加と経済の低迷により、多くの人々が洪水が起こる危険地帯に住むようになったことだろう。

 原因が分かれば、洪水の被害を減らすための抜本的な対策が自ずから知れよう。対策の第1は水循環の健全化である。そのためには、雨水が地表を流れて一気に川に流れ出ないように、森林の質と量を確保したり、むやみに建物や道路で地表を覆わないことなどが考えられる。大型台風やハリケーンの頻発など、地球温暖化を原因とする気象の不安定化を防ぐために、CO2排出量の地道な削減も重要であろう。

 二つ目の抜本的な対策は、洪水危険地帯にできるだけ住まないことである。そのためには、社会の利益のために、個人の自由をある程度制限する覚悟が必要かもしれない。自分が洪水危険地帯に住んでいることを事前に知ることも、大きな被害を避けるためにとても重要だ。そのためには洪水の危険性などを図示したハザードマップの公開が望まれる。

洪水の危険性(水深と頻度)を明示したハザードマップ
(資料提供:チューリッヒ州建設局)

2.川の安全性をどう考えるか

 川づくりにおいて、安全性の確保は最優先事項と言えよう。自然豊かな川が実現しても、多くの人命や財産が失われるようでは受け入れがたいではないか。

 しかしながら、川の安全性とは何だろう?

 多くの人は「洪水が起きたときに、堤防から水が溢れないこと」と答えるだろう。しかし、それは正しくない。水が100%溢れない川はない。どんなに大きな堤防を造っても、溢れる確率が落ちるだけで、いつか溢れる可能性があることに変わりはない。そして、極端なことを言えば、それは明日かもしれない。

 つまり、水が堤防から一滴も溢れないように努力することは、大変なコストと環境負荷(エネルギー投入量)が必要であるにもかかわらず、成功の望みがないのである。破堤などいったん事が起きると、多くの人命や財産が失われる危険性が大きい。

 また大きな堤防による川づくりは、川やその周辺に棲む動植物から、かけがえのない生息空間を奪うなど大きな侵害をもたらす。さらに、大きな堤防で隔離された川は、たたずまいが画一的で醜悪になるため、親近感がとても持てなくなる。どうやらこのやり方は、いろいろな不都合をもたらすようだ。

 我々が欲しいのは洪水時に水が堤防を乗り越えないことではなく、それによって大きな被害(水害)が起きないことだ。「人命が失われないなら、20年に1度、足が少し濡れるくらいのことはかまわない」とする人は多いだろう。多額の財産を失わないならば、50年に1度、ある道路が1日不通になって少々回り道するくらいは、受け入れることができるのではないだろうか?

数カ月間続いた大洪水を観光に利用するスイス人。
右の並木の向こう側にライン河が流れる
(スイス、シュタイン・アム・ライン、1999年)

3.大きな被害を受けないようにする

 大きな被害を受けないようにするためには、どうすればよいのか?

 理想は洪水の危険地帯に住まないことだろう。日本の現状はそれを許さない場合が多いかもしれない。しかし、方策がないのかと言えば、そんなことはない。
 その答えの一つが、「守るべきものの価値に見合った対策をする」ことだ。堤防の高さを周囲の状況によって場所ごとに変えるのである。つまり、1本の堤防によってどこもかしこも一律に守る従来のやり方をやめるのである。


 物の価値とは単に金額のことだけではない。我々にとってかけがえのないものと、それ程ではないものがあるはずだ。その意味で、人命は最も価値が高く、林はそれほどでもない。元々、氾濫原にある林は、定期的に水に浸かる方が生態的にも望ましいとさえ言える。

 そこで、洪水時に、被害の少なそうな場所から順番に水を溢れさせることが人為的にできるなら、かけがえのない人命や貴重な財産への被害を最小限に抑えることができるだろう。しかも、それがエコロジーにも寄与し、さらに従来よりずっと少ない環境負荷(エネルギー投入)とコストで実現できるのならば、素晴しいことではないか。

対象別保護目標計画図(資料提供:スイス・ウーリ州建設局)
多くの人命と財産が集中した赤い部分を効率よく守るために、段階的に冠水させるのが合理的と考えている

 洪水のシナリオの一例を示そう。

 洪水が来ると、まず遊水地などへ水が溢れる。5年に1度の確率で起きる小さな洪水では、氾濫原にある林へ水が溢れる。20年以上の確率で起きる中位の洪水なら、農地へも水が溢れる。50年確率以上の大きな洪水の場合は、道路へも水が溢れる。そして、さらに大きな100年確率以上の洪水では、最後の最後に人命財産の密集地帯へも水が溢れる。

 しかし、水が人命財産の密集地に溢れるときには、あちこちに水が溢れた後なので、水位はずっと低くなり、被害は極めて小さなものですむだろう。この仕組みは、超大型の洪水が来ても、うまく機能することがヨーロッパで証明されている。と言うより、超大型の洪水に対しては、これ以外の妙案はないと断言してもよいだろう。

 こんな合理的な手段を使わない手はない。この実現を阻むのは、(極言すれば)縦割り行政だけなのかもしれない。ただし、具体的な形は現場の条件によって様々に変わる可能性がある。形を固定して考えるのは禁物だ。

(山脇 正俊=近自然学研究家)

=読者からのコメント=

■ドイツのビオトープについての本で読んで以来、日本の治水工事にずっと反感を抱いてきました。

 莫大なお金をかけて、山を大きく崩し、コンクリートで川と山を覆い、大地の貯水力を生かそうとしない治水政策は、お金のムダと人間以外の生き物を尊重しない自然破壊だと感じています。今回紹介されている洪水対策は、とても理にかなっていて共感できました。ただし、ヨーロッパのように人間の住まない土地が多ければよいのですが、日本で全く同じように進めるのは難しいようにも思います。

 長期的には、人間の数を減らすコントロールや住む場所の制限が必要なのかもしれません。例えば、土砂崩れは起きるものとして、危ない場所には居住できないなど…。土砂崩れ対策にかける費用と、直接的に影響を受ける人々が支払う税金などを天秤にかけると、出費が多すぎるような気がするので。
(卯:35歳:IT関連)

■こんばんは。今回の記事の中で、どうもウマク理解できない、説明できないことがあります。

 日本では、都市の多くが、かつての氾濫原の上に成立しています。堤防の強化によって川幅を狭め、狭い土地を少しずつ増やしながら農地や都市を発展させてきました。

 このような背景を踏まえると、氾濫を容認することを最右翼に遊水機能を高める「これだ」という方法は見つかりにくいと感じています。もちろん農地や都市内にも川原、すなわち低外地内にも利用頻度の低い場所もあるでしょう。ただし、これらは例外であって、多くは所有者が明確なので、遊水地として使用されることに抵抗があるでしょう。

 佐賀県の松浦川などの事例があることはあります。しかし、まだまだ多いとは言えません。スイスでは、どのように住民の同意が得られたのでしょうか?
(あなぐま君)

=筆者からのレス=
(卯:35歳:IT関連)さんのコメントに

「ドイツのビオトープについての本で読んで以来、日本の治水工事にずっと反感を抱いてきました」。

 お気持ち、よく分かります。

「莫大なお金をかけて、山を大きく崩し、コンクリートで川と山を覆い、大地の貯水力を生かそうとしない治水政策は、お金のムダと人間以外の生き物を尊重しない自然破壊だと感じています」。

 今までの治水のやり方は、近代土木技術の成果です。この背景には、経済を最優先させ、人命・財産を守ることしか考える必要がなかった時代というものがありました。それを考えれば、単純に批判できるものではないようにも思います。

 過去を批判するだけではなく、その反省に立って新たなやり方を考え、実行するのが、今に生きる我々の使命ではないでしょうか。今回の連載が、そのためのディスカッションの叩き台になれば幸いです。

「今回紹介されている洪水対策は、とても理にかなっていて共感できました。ただし、ヨーロッパのように人間の住まない土地が多ければよいのですが、日本で全く同じように進めるのは難しいようにも思います」。

 これは日本の多くの方が抱かれる感想ではないかと思います。確かに、スイス・ドイツで実践されている形を、日本で同じように実現できるとは限りません。また、単純に同じ形を実現しようとするのも間違いです(詳しくは次回にお話します)。

 我々が学ぶべきは、ヨーロッパが持つ洪水対策に関しての思想・哲学・原則、つまり考え方です。かけがえのない住民の生命や貴重な財産の損失を最小限にするためにはどうしたらいいか。相対的に被害の少ないと思われる、林、農地、道路、グランド、公園などへの短時間の冠水は容認できるのではないか。つまり、堤防1本だけで守る従来のやり方を見直そうという提案です。

 治水が最も難しいと思われる市街地であっても、屋上、道路、公園、下水道などに一時的に雨水を貯めることが許されるなら、洪水対策はドラスティックに変わり得ます。つまり、問題は土地がないことや人口密度が高いことだけではないのです。

 この方法はメリットが大きいので、日本も遠からず導入するでしょう。記事の中でも書きましたが、これを阻むものは、「縦割り行政」です。それを変えるのは主権者であり、納税者である市民の声です。

「土砂崩れ対策にかける費用と、直接的に影響を受ける人々が支払う税金などを天秤にかけると、出費が多すぎるような気がするので」。

 全く同感です。

 多分これは「個人の自由と権利」の問題でしょう。民主主義では、「自由と権利」には、「責任と義務」が伴うことが基本原則です。

 民主主義の歴史の長いスイス・ドイツには、出費を含めた迷惑が社会(多くの人々)にかかるなら、「個人の自由と権利」を制限するというコンセンサスがあります。ある特定の人の自由と権利のために他の大勢が出費をしたり、生命の危険を冒して救助活動をしたりする可能性があるなら、それを「認めない」というのが市民の明確な選択です。

 同時に、少数の人たちのために多額の税金を支出することを認めないというコンセンサスもあります。どうしても対策を望むなら、「受益者負担原則」が適応され、その少数の人たちが(全額ではありませんが)分担金を支払わなければなりません。合理的なやり方だと思います。日本も次第にそういう方向へ進んで行くように思います。

(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)


=筆者からのレス=
(あなぐま君)さんのコメントに

「日本では、都市の多くが、かつての氾濫原の上に成立しています。堤防の強化によって川幅を狭め、狭い土地を少しずつ増やしながら農地や都市を発展させてきました」。

 その通りですね。

 大都市の住民は、自分たちが「川の中」に住んでいることをほとんど自覚していません。川はどんなに守っても溢れる可能性をゼロにはできないのですから、これは怖いことです。近自然学では「ハザードマップの公開」を提案しています。

 ハザードマップは、洪水の危険性だけではなく、地滑り、雪崩、高潮、火山噴火、地震など、考えられるすべてのリスクを地図上で色分けしたものです。そして、このハザードマップに基づいて、都市計画をやり直すようにします。つまり、危険度の少ない地域へ集中高密度化させていくわけです。

 住民は、自分がどんな場所に住んでいるのかをまず知ることが重要です。日本では土地の価格が下がるので不動産業者が猛反対をする例があるようですが、人命を軽視した暴挙だと思います。

「氾濫を容認することを最右翼に遊水機能を高める『これだ』という方法は見つかりにくいと感じています。もちろん農地や都市内にも川原、すなわち低外地内にも利用頻度の低い場所もあるでしょう。ただし、これらは例外であって、多くは所有者が明確なので、遊水地として使用されることに抵抗があるでしょう」。

 おっしゃることは分かります。

「個人の自由と権利」がとても強い日本では、難しい問題を含みます。「群れ(多くの個)」が不利益を被らないために、「個」の自由と権利を制限することもあり得るというコンセンサスが、日本では得られないのでしょうか? 私は得られると思います。少なくとも、次第に得られやすくなると思います。

 私が提唱するのは、本格的な遊水地というハッキリした施設ではありません。林、農地、道路、公園などを、人間がコントロールしながらじわじわと段階的に冠水させるのです。こうする方が人命の損失や被害総額が小さいからなんです。場合によっては、被害を受けた人に対して金銭的な補償をすることも可能です。そのお陰で被害を受けなかった人たちからの「お礼」と言えるかもしれません。この方が、大被害の復旧に比べれば、社会全体の出費はずっと少なくて済むでしょう。

「佐賀県の松浦川などの事例があることはあります。」

「アザメの瀬」ですね。日本ではあまり前例のない、興味深い事例だと思います。単に遊水地というだけではなく、川の営みをじっくり観察できる、またとないチャンスを提供していると思います。

「しかし、まだまだ多いとは言えません。スイスでは、どのように住民の同意が得られたのでしょうか?」。

 スイスは半直接民主制(議会と直接投票のコンビ)の政治制度を採用しています。連邦議会も含めて、議員は専門職ではありません。市民の直接投票で多くのことを決めます。

 今回ご紹介している新しい洪水対策も、1991年の国民投票で決まりました。その連邦水域保護法の中の条項に「洪水対策は、守るべき対象物の価値に見合ってなされなければならない」とあります。それが、最終的に大洪水が起きた場合の安全度を高め、エコロジーにもランドシャフトにも貢献し、しかも低コストだからです。

 スイス人は、現状の環境に対して危機感を抱いています。また、税金を「自分たちのお金だ」と強く意識してもいます。ですから、投票で賛意を得るためには、環境に配慮していること、そして安いことが重要な条件です。

(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)


山脇 正俊

近自然(工)学研究家
チューリッヒ州近自然工法アドバイザー
スイス連邦工科大学・チューリッヒ州立総合大学講師
北海道工業大学客員教授
電子メール:
masayama@aol.com
ホームページ:
http://members.aol.com/
masayama/

最新著書:
「近自然学」(2004年4月、山海堂より出版)
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