このユニットの中心のコア地区に、集配センターと郵便局を兼ねた鉄道の駅を置き、長距離の移動や物流の拠点とする。この集配センターから各家庭や商店への輸送には、環境負荷の小さな小型トラックを使う。こうすることにより、トラックの走行距離をずっと短くすることが可能となる。
従来のゾーニングでは、住居地区、工業地区、商業地区といった機能別の地区割りをした。ある地区は住宅街、ある地区はオフィス街、ある地区は商店街、といったやり方だ。このやり方だと、毎朝同時刻に、しかも同じ方向に、大勢の人たちが自宅から仕事場へ移動する。夕方はその逆方向だ。それがラッシュアワーや交通渋滞の大きな原因となる。これは大きな環境負荷であると同時に、住民にとっても大変な苦痛である。
日々の人の移動を抑えるためには、「職・住・商・食・学・緑・育・医・遊などの近在」が有効である。特に職・住の近接が決め手となろう。そのためには、従来の住居地区、工業地区、商業地区といった地区割りのゾーニングを、様々な要素が混在する新しいゾーニングに改める必要がある。
多くの住民がオフィスから徒歩5分ほどの場所に住むなら、人々の日々の移動距離が激減すると共に、その移動方向がバラバラになり、ラッシュや渋滞は解消する。これをバックアップするために、オフィスから1km以内に住む人に対して、国や都道府県などの地方自治体が家賃の10%を援助するなどの環境貢献プレミアム(環境貢献を促進するため、環境貢献者に対して提供する心理的・物理的バックアップのこと。報奨金、奨励金、補助金、ラベリング、名前公表などの形を取る)を出しても、経済的に十分にペイするだろう。 新しいゾーニングにより、従来の地区の性格を尊重しながらも、住居、オフィス、商店、学校、レストラン、緑地などがすべて近くにある、全く新しいまちに生まれ変わる。どこへでも歩いて行け、自転車を使えばさらに時間を短縮できる。このユニット内では住民は皆顔見知りとなり、「我がまち」という意識も高まるに違いない。それは住民がまちを良くしていこうというエネルギーになるはずだ。
この新しいゾーニングを実現しているまち、チューリッヒ市内のウェスト地区を紹介しよう(上の写真)。右側の建物が道路からの防音壁を兼ねるオフィス棟で、オフィス、商店、レストラン、会議室などがある。左側が住居棟で、住居のほか、保育所もある。この二つの建物は歩道橋によって結ばれ、自宅のドアを出て数分でオフィスやお店に行ける。住居棟の裏側はリマット川の緑地だ。
「市街地の集中と高密度化」により、平面の面積は小さくなる。それにより生まれた空間は「緑地」としたい。そうすることにより、都市にさまざまなメリットをもたらすだろう。
多くの住民が緑地のそばに住みたいし、窓外に木々の見えるオフィスで仕事をしたい。これは自然な欲求だろう。だから、緑地周辺の不動産価値が上がる。皆が少しずつ土地を供出して緑地空間を作っても、経済的にペイすると言われる。都市内の緑地に川やせせらぎが流れるなら、その価値はさらに倍増すると言えよう。読者の皆さんも、そういう場所がお好きなのではないか?
「道づくり」の章で、ランドシャフトについてお話しした。良いランドシャフトとは極限すれば「気持良い」ことである。これは何も「道づくり」だけのことではない。「まちづくり」にも「川づくり」などにも当てはまる重要な概念と言えよう。
など、挙げていけばきりがない。規則で縛るのは窮屈だと感じるかもしれない。しかし、その結果として、美しく気持良く住みやすいまちが維持されていることは認めざるを得ないのではないか。要は、どちらを採るか、選択の問題であろう。
■いい記事です。コンパクトシティーは重要な概念で、一般の人にも理解していただきたい項目です。
一点、指摘があります。小見出しに「7.ランドシャフト(気持良さ)は住民の共有財産」とあります。ランドシャフトは「景観」のことで、「気持ち良さ」ではありません。
(vu)
■日本で実現するには何が必要で何が課題だと思いますか?
(匿名:25歳:情報システム関連)
■=筆者からのレス=
(vu)さんのコメントに
「いい記事です。」
どうもありがとうございます。連載を続ける力が湧いてきます。
「コンパクトシティーは重要な概念で、一般の人にも理解していただきたい項目です。」 全くその通りですね。まちの規模はヨーロッパでは重要な視点になっています。しかし、どういうわけか、日本では尊重されません。環境負荷ばかりではなく、住民の暮らしよさを重視するなら、今一度見直したいポイントです。
「小見出しに『7.ランドシャフト(気持良さ)は住民の共有財産』とあります。ランドシャフトは『景観』のことで、『気持ち良さ』ではありません。」
的確なご指摘、どうもありがとうございました。確かに不正確な表現でした。
詳しくは、拙著「近自然学」をお読みいただきたいのですが、簡単にご説明します。
日本ではドイツ語の「ランドシャフト」を「景観」と公式に訳しました。ところが、最近、これだけでは本来の意味を表現し切れないという指摘が強くなり、現在「景域、風景、風土、情景…」など、分野によって様々な日本語を当てています。類似の言葉に、英語の「ランドスケープ」があります。これは原生自然の残るアメリカで発達した、都市景観を中心テーマとした表現のようです。
スイス・ドイツでも「ランドシャフト」の明確な定義は難しく、市民と専門家の間ではその理解が大きく異なります。また、専門家の間でも、定義がどんどんドリフトしています。私のお伝えしているのは、その中で最先端の概念と言えましょう。それは、「五感と心で認識するものの総体」というものです。そこでは、ランドシャフトは見た目だけではなく、せせらぎの音や小鳥のさえずり、若葉の匂い、落葉を踏みしめる感触、そして感動など、五感のすべてと心の動きを総合的にとらえようとします。
人間(動物も)の五感は危険を察知するセンサーとして発達しました。「気に障る、不快」など五感に違和感があるものは、そこに危険が潜んでいることを直感的に察知していると言えます。反対に、「気持良い、心地よい、快い」など五感に違和感のないものは、生き延びるの害がないと、本能的に感じていると言えましょう。これが、「ランドシャフト(気持良さ)」とした理由の一つ。
もう一つは、スイス・ドイツにおけるコンセンサスである「ランドシャフトは共有財産」という概念です。これは「なんびとも他人に不快感を与える権利はない」と換言できます。つまり、「気持良い、心地よい、快い」ことが共有財産と言えます。
説明不足でしたが、そんな思いを込めた小タイトルでした。ご理解いただき、ご容赦いただければと思います。
(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)
■「歩くスピードなど、自然が与えた我々人間の肉体的・感覚的な条件にフィットしたコンパクトなまち』という一節に、とてもひかれました。
美しく気持良く住みやすいまちが創られるために、また、維持するために、私たちはどういった社会資本ストックを望むのか…。考えさせられました。
多くの方が緑地のそばに住むことのできる都市の実現を願うばかりです。しかし、財政難に苦しむ地方自治体では、社会資本整備への投資金額が限られ、投資収益率に対する要求なども、より高くなっていることと存じます。
「国や都道府県などの地方自治体が家賃の10%を援助するなどの環境貢献プレミアムを出しても、 経済的に十分にペイするだろう」とのことですが、ペイするためにはどうしたらいいのか、下記3点について、お考えをお聞かせいただけないでしょうか?
(1)ハード面の対応
(2)ソフト面の対応
(3)制度面の対応
よろしくお願い申し上げます。
(rera:40歳:農業)
■いつも大変参考になっています。
今回のコンパクトな都市の話は期待通りの内容でした。しかし、多少気になるところがあります。
「このユニットの中心のコア地区に、集配センターと郵便局を兼ねた鉄道の駅を置き、長距離の移動や物流の拠点とする。この集配センターから各家庭や商店への輸送には、環境負荷の小さな小型トラックを使う。」
とのことです。物流の拠点と施設はある程度広大な面積を必要とするでしょうから、土地を効率よく利用する必要のあるユニットのコアには置かず、むしろユニットのエッジ部で幹線道路沿いの場所に置くべきではないでしょうか。
幹線道路もコアからはずしたいところですが、鉄道を地下鉄で建設する場合は、必然的に広い道路の地下になってしまいますね。
また、物流の拠点をコアからはずすことで、人の流れと貨物の流れを分離することもできます。
ほかのユニットからこの集配センターへの輸送は鉄道を想定しているのかもしれません。しかし、鉄道は小単位の貨物輸送は不得意なので、大都市周辺部の1カ所に設けた貨物駅に集約される傾向にあり、この流れは変えられないでしょう。
この貨物駅からユニットのエッジ部の物流拠点に大〜中型トラックで輸送し、物流拠点から小〜超小型トラックで配送、というのが現実的でしょう。
(我々は何処へ行くのか)
■今回も考えさせられる記事でした。ありがとうございました。私が思うに、緑地というのは、そのもの自体の効果もあるのですが、あるユニットが発する環境負荷が隣のユニットにまで波及することを防ぐ緩衝帯としての重要な機能もあると思います。
特に、市街地と郊外の間に緑地があれば、市街地からの騒音、見た目、匂い、高い気温…様々なものを緑地が吸収してくれます。そういう緩衝効果も、緑地の効果に挙げることができると思います。
ところで、ランドシャフト(気持ち良さ)ではなく、「気持ちの良いランドシャフト(景観、風景、情景)は共有財産」とされればよいと思います。
(あなぐま君)
=筆者からのレス=
(rera:40歳:農業)さんのコメントに
「『歩くスピードなど、自然が与えた我々人間の肉体的・感覚的な条件にフィットしたコンパクトなまち』という一節に、とてもひかれました」。
コメント、どうもありがとうございました。
日本の大都市の肥大化は限界を越えましたね。都市の肥大化にはほとんどメリットを見出せません。そこで「近自然学」の登場となります。これは、環境負荷を低減する手法が、そのまま我々の精神的、物質的豊かさにも貢献するというものです。つまり、住みやすい、気持ちの良いまちを取り戻そうというわけです。
「多くの方が緑地のそばに住むことのできる都市の実現を願うばかりです。しかし、財政難に苦しむ地方自治体では、社会資本整備への投資金額が限られ、投資収益率に対する要求なども、より高くなっていることと存じます」。
その通りだと思います。
でも、都市の緑地化には、大きな公共投資が必要であるとは限りませんよ。例えば、スイス・チューリッヒ市は、かつての工場地区を再開発する際に、新しいユニットを丸ごとつくってしまう形で進めています。当然、緑地もそのプランの中に含まれます。この再開発は、許認可権を持つチューリッヒ市が全体の計画をつくり、土地所有者や投資家、住民と一緒に実行しています。つまりここに大きな税金の投入はないのです。
日本でも大きな再開発の話を聞きます。しかし残念ながら、市町村が介入する余地がないようですね。
「ペイするためにはどうしたらいいのか、下記3点について、お考えをお聞かせいただけないでしょうか?
(1)ハード面の対応 (2)ソフト面の対応 (3)制度面の対応」
これは具体的な施策をお尋ねのことと思います。
しかし、ここでは原則論でしかお答えできません。それは、同じ原則でも、現場の条件により具体的な形や方策は千変万化するからです。「形や施策を固定しない」という姿勢が近自然学の基本ですので、ご理解いただきたいと思います。ある事例で大成功したからといって、同じ形(施策)をそのまま他に流用しても、悲惨な結果に終わることは想像に難くありません。近自然学の根底にあるのは、そうした失敗や弊害への反省です。
以下、税金からの出費は市民が払うものだという認識で、お話します。
職・住・商などが近接し、ラッシュや渋滞が解消して、エミッション(放出、発散)も減るとします。そうすれば、住民の精神的・肉体的負担が軽減し、生活の質がよくなります。病気が減って医療費への補助が減る。同時に、交通インフラや環境対策への出費も少なくなるに違いありません。
つまり、広い視野で見た場合、家賃の10%くらいは簡単に取り戻すことができると思います。
ご質問は、これをどう実現するのかというものでしたね。ここでは、以下の3点を挙げておきたいと思います。
・「不愉快な状況を我慢する必要はないんだ」という広報活動
・ユニットの実現、そして、環境負荷ペナルティーの導入
・環境貢献プレミアムの導入
(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)
=筆者からのレス=
(我々は何処へ行くのか)さんのコメントに
「いつも大変参考になっています。」
いつもコメントありがとうございます。
「物流の拠点と施設はある程度広大な面積を必要とするでしょうから、土地を効率よく利用する必要のあるユニットのコアには置かず、むしろユニットのエッジ部で幹線道路沿いの場所に置くべきではないでしょうか」。
ごもっともなご指摘です。
集配センターの規模に関しては、対象とする人口に依存します。現在にみられる巨大な規模は、大都市のユニット分割により、見直しを余儀なくされるでしょう。
幹線道路沿いに集配センターを置くのは、物流がトラック輸送に支えられているからですね。石油はあと40年で枯渇すると言われ、さらに環境負荷ペナルティーを付加されたガソリン価格は次第に上っていくことが予想されています。ですから今後は、集配センターの立地条件が大きく変わっていくでしょう。
「長距離の拠点間輸送」は鉄道(船舶も)の得意とするものであり、トラックは短距離の「ドア to ドア」の柔軟性が得意です。この鉄道とトラックの二つの輸送手段のメリットを生かし、デメリットを補い合う、新しい物流システムを構築しなければなりません。
「また、物流の拠点をコアからはずすことで、人の流れと貨物の流れを分離することもできます」。
なるほど、そういう考え方もありますね。これは私も考えませんでした。貨物駅をユニットのコアから分離しましょうか? その方が、カートレイン(マイカーやトラックを鉄道に乗せて輸送するもの)も、やりやすいかもしれません。とても良いアイディアだと思います。
「ほかのユニットからこの集配センターへの輸送は鉄道を想定しているのかもしれません。しかし、鉄道は小単位の貨物輸送は不得意なので、大都市周辺部の1カ所に設けた貨物駅に集約される傾向にあり、この流れは変えられないでしょう」。
確かにそのような流れがあります。しかし、1カ所に設けた貨物駅に輸送機能が集約する状態が将来にわたって続くには、ガソリン価格が現状のままであるという条件が付きます。それはあり得ないでしょう。それほど我々は寛容でも、無神経でも愚かでもありません。マイカー走行やトラック輸送に従事する人たちをバックアップするために、他の人たちが大きな出費や病気などを我慢することはそろそろ限界でしょう。
「この貨物駅からユニットのエッジ部の物流拠点に大〜中型トラックで輸送し、物流拠点から小〜超小型トラックで配送、というのが現実的でしょう」。
トラックの走行距離をできるだけ減らすために、集配センターはユニットごとに置くというアイディアを提案しました。過渡的に、いくつかのユニットを対象とした集中集配センターを使うことも考えられますね。
いろいろなアイディアをどうもありがとうございました。
(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)
=筆者からのレス=
(あなぐま君)さんのコメントに
「今回も考えさせられる記事でした。ありがとうございました。私が思うに、緑地というのは、そのもの自体の効果もあるのですが、あるユニットが発する環境負荷が隣のユニットにまで波及することを防ぐ緩衝帯としての重要な機能もあると思います」。
同感です。これはとても重要な視点だと思います。
「特に、市街地と郊外の間に緑地があれば、市街地からの騒音、見た目、匂い、高い気温…様々なものを緑地が吸収してくれます。そういう緩衝効果も、緑地の効果に挙げることができると思います」。
都市は自分のことばかり考えがちです。しかし周辺にかける迷惑を減らすことも考えないといけませんね。私もそこまでは考えていませんでしたので、ご指摘にハッとしました。
「ところで、ランドシャフト(気持ち良さ)ではなく、『気持ちの良いランドシャフト(景観、風景、情景)は共有財産』とされればよいと思います」。
このアイディアは素晴らしいものと思います。以前に(vu)さんのご指摘もありました。この提案を採用させていただきます。どうもありがとうございました。
(スイスの山脇:54歳:入門「近自然学」筆者)