「本格的な修復作業に取り組まなければ、フィルムが危うい」−−。フィルムで撮影された作品の修復の必要性を初めて知ったのは、1999年に開催された円谷プロダクションと松下電器産業の提携に関する記者会見だった。
「ウルトラシリーズも最初に製作されてから40年近くなろうとしています。デジタル技術を活用し、本格的にフィルムの修復作業に取り組まなければなりません」。記者会見の際に出たこの発言を聞いて、フィルム修復の必要性というものが強く心に刻みつけられた。
しかし、「デジタル技術を使ってフィルムを修復する」とはどういうことなのか、その時点では分かっていなかった。「一度、きちんと取材してみたい」という思いがわいた。
その思いをもとに、今回、円谷プロダクション、松下電器産業をはじめ、映像のデジタル修復にかかわる人々の取材をした。
残念ながら、日本で戦前に作られたフィルムの多くが失われ、目にすることができなくなっている。つまり、我々日本人は貴重な文化財を損失してしまったのだ。戦前の映画というと、もはや観る価値がないと思う人がいるかもしれないが、決してそんなことはない。例えば、名作として誉れ高い米国映画「風と共に去りぬ」は戦前に作られた作品である。失われた日本映画の中にも、名作と呼ばれた作品は少なくない。
この連載の中で紹介した、小津安二郎監督作品「和製喧嘩友達」のように、現代になって作品が蘇ることは奇跡と言える。「もう観ることができない」という事態を防ぐためには、映像の作り手が、新しい映像を製作することと併せて、「どう映像を残していくのか」を考慮していくべきだろう。
●奥が深いアナログ技術、進展するデジタル技術
連載の取材を続ける中で、「フィルムはいまだに優れたメディアだ」という意見が多かったことには、正直なところ驚いた。アナログ技術は奥が深く、現時点ではデジタルより優れている部分も多いという事実だ。
「アナログよりもデジタルの方が優れている」と我々は短絡的に考えがちである。しかし、デジタル技術を活用しながらも、「やはりフィルムはすごい」という発言を何人もの専門家から耳にした。デジタル放送がスタートするなど、今日、アナログからデジタルへの切り替えが進んでいる中、フィルムというメディアの持つ奥行きの深さを痛感することになった。
ただ、デジタル技術の進展はたゆみなく続いている。デジタルメディアがフィルムと同等の情報量を持つ時代になったとき、改めて「フィルムをデジタルで修復する」ことの意味が問い直されるのではないかと思う。
フィルムを修復する作業は、フィルムをクリーニングすることからスタートする。ついてしまった傷は、部分的であれば、ソフトを使って自動的に消すことができる。だが、細かい部分となると、手で傷を消す作業がいまだに不可欠である。修復作業とは根気のいる作業であり、コストを考えても、簡単な作業ではないという事実を、この連載によって少しでも理解していただけたらありがたいと思う。
今までお読みいただいてありがとうございました。
(三浦 優子)