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最も大変だったのは、レーザーの制御です。これには高い工作精度が必要になります。ところが、国内で入手できる工作機械では製造品の誤差が大きくて使い物にならなかった。国内の機械メーカーと個別交渉を重ねましたが、軒並み断られてしまいました。それだけの機械を作るのは手間がかかり過ぎる、とのことでした。やむなく、手間を惜しまない米国の軍需メーカーに製作してもらいました。特注品だけに数億円ものコストを要しました。

今でも主要パーツは内製している。写真はレーザーターンテーブルのエンジンとも言えるレーザーシステムを手作りで作っているところ。

こうして試行錯誤をしながらレーザーターンテーブルの改良を重ねていきました。その過程では電気系統の見直しや、欧米で需要の大きいSPレコードの再生にも対応させるなどの改善を加えました。どうにか満足できるレベルまで製品が仕上がったのは1996年のことです。1988年の記者発表から実に8年が経過していました。事業が損益分岐点に達したのは、それからさらに3年後の1999年です。

── レーザーターンテーブルは、今も1台ずつ手作りをしている。組み立ててからも微調整が必要になるため量産かきかないためだ。1日に1台、年間では200台を製造するのがやっとだという。昨今のアナログ盤のブームもあって、注文に生産が追いつかない状態がずっと続いている。──

諏訪 弘

1970年生まれ。広島県出身。大学卒業後、新聞社・出版社勤務などを経て、現在はフリーランスのライター・エディター兼カメラマン。PC・ビジネス系 をはじめ、エンタテインメントや書評関連などの仕事を多く手がける。

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