なぜ教員は忙しいのか?〜削られる「生徒と向き合う時間」
教育基本法の改正、学校でのいじめ問題、必修科目の未履修など教育に関わる課題や問題が連日のように報道されている。だが、その割には、教育現場で何が起きているのかがなかなか伝わってこない。そこで今回から短期集中連載として4回シリーズで学校の現場で何が起きているのかを、杉並区立和田中学校の藤原和博校長に寄稿していただいた。藤原校長は、リクルートの初代フェローから教育界に転身し、2003年、都内では義務教育初の民間人校長となった。

杉並区立和田中学校校長 藤原 和博氏
4回シリーズの最初は、まず「教員」という仕事の変質について述べることにしよう。教員集団によって構成される「学校」の役割の変質と言い換えてもよい。
本来、子どもは「家庭」「地域社会」「学校」が三位一体で育てるものだ。
家庭という社会、地域社会、学校という社会の3つの「社会」の中で子ども達はもまれ、社会化され、大人になることができる。ところが、「家庭」と「地域社会」は、その社会化機能を大幅に低下させることになった。
学校は、子どもを大人にするための社会化機能を担っていた他の2つの主体-「家庭」と「地域社会」-がともに機能不全を起こす中、本来それらが果たすべき役割をも抱え込まざるを得なくなったために、急速に機能低下した。
今日の学校がとかく批判されがちなのは、学校自身の内部要因よりむしろ、外部要因である「家庭」と「地域社会」とが変質していく中で、その波をまともにかぶったという意味合いが強いのだ。
なぜ家庭と地域社会が機能不全になったのか?
まず「家庭」を見てみよう。
家庭では、少子化と核家族化が同時に起こったことで、子どもは希少価値のある存在になり、子どものまま扱われる(多くは可愛がられる)期間が延びた。
兄弟姉妹が多ければ競争も交渉も葛藤もあり、もまれる可能性が高いが、1人や2人の子では難しい。農業社会や戦時中の社会では、子どもは早く一人前になり、働き手として、あるいは軍人として、大人になって貢献してほしいというのが親を含めた、大人の本音だった。ところが、豊かで平和な社会では子どもを大人にするための教育が行われにくくなる。放っておけば子どもは子どものまま、カラダだけ大人になってしまえる。
「お腹へってない?」と子どもを気遣い、おやつをレンジでチンする優しいママさん達には、それが子どもの社会化、つまり自分の子どもが大人になることを阻害しているという意識はないだろうけれど。
いっぽう、学校と家庭の間にあるはずの「地域社会」も機能不全に陥って久しい。「地域」と言った場合、町会や商店会のことを指す。その両者がほとんどの都市部で弱体化してしまった。
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