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康次郎氏は、これらの取得費用を支払うに当たって、一つの工夫を施した。手付金のみを支払い、残金は残したまま、利息を支払うことにしたのだ。例えば北白川邸は1万2000坪。坪単価8000円、総額9600万円の価値があった。これに対して、手付金500万円と中間金1000万円はすぐに支払ったものの、残金は支払い猶予金として支払わずに残し、年間1割の利息を支払うことにしたのだ。康次郎氏には、小さな資金で大量の土地を取得できるメリットがある。宮家にとっても、長期間にわたって生活の保障が確保できるというメリットがあった。

康次郎氏は、取得した宮家の屋敷や庭園を転売することなく、そのまま生かす道を選んだ。そして、庭園を利用してつくったのがホテルである。旧竹田宮邸には高輪プリンス、旧朝香宮邸には芝白金迎賓館、朝鮮李王家邸には赤坂プリンスを建設した。これらの土地が持つブランド力を最大限に利用するために、「プリンス」の名を冠したと言われている。

西武グループに対する康次郎氏の執着は強く、近親者たちには「竈(かまど)の灰まで堤家のもの」だと教えていたという。また康次郎氏自身の屋敷も会社名義にし、家の修理代、電気代、固定資産税、運転手、書生・女中の給与もすべて会社負担として節税・節約した。またグループ企業の資本は小額に押さえ、持ち株会社であるコクドを通して堤家が支配できる体制を作り上げた。コクドの株式は、堤家の名前が表に出ないよう、役員らの名義を使って保有した。その詳細なやり方については次回に譲る。

康次郎氏の節税策や資本政策は、当時は、西武グループという“家業”を守るための知恵だったのかもしれない。しかし康次郎氏が生きた時代と今とでは、時代背景が大きく変っている。コンプライアンスに対する考え方も全く違う。であるにもかかわらず「“家業”を守るための知恵」をそのまま放置し、経営の近代化を図らなかった後継者たちの責任は重い。無責任に放置された負の遺産が今、西武グループに重くのしかかっている。

次回は、1月27日(金)に公開する予定です。

松崎 隆司(まつざき・たかし)

経済ジャーナリスト

中央大学法学部を卒業後、経済誌の出版社に入社。経済誌の記者やM&A専門誌の編集長などを経て1999年独立。経営論から人事、M&Aなど経済全般について取材を進めている。

主な著書
「会社破綻の現場」(講談社)
「闘う経営者」(実業之日本社)
「商売のしくみとしきたり」(日本実業出版社)
「教養として知っておきたい『昭和』の名経営者」(三笠書房)

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