警備は、顧客満足度向上の最前線 新球団に集まった異能たち(1)〜警備担当 小野寺 仁
楽天野球団のプロ野球参入決定は2004年11月2日のこと。楽天グループは喜びに沸いた。だが、そこから開幕まではわずか5カ月たらず。すべての準備をジェットコースターのようなスピードで整えねばならなかった。何はともあれ人が足りない。楽天本体からは、以前紹介した金田好生(よしお)氏など社内公募組がすぐに合流したが、その数はわずか3人。これで足りるはずはない。一刻も早く人材を獲得する必要があった。
11月の内に、楽天イーグルスは地元仙台で人材募集をかけた。まずは、コアメンバーとなってくれる20人を求めて募集を告知した。ところが驚いたことに、この募集枠に対して8000人もの人が応募した。実に400倍という競争率だ。
「あれだけ騒ぎになったし、日本中から注目されているのだから、かなりの応募数になるだろう」。採用に当たった金田氏や先遣隊メンバーらも覚悟はしていたと言う。しかし、これほどの数の人が殺到するとは、だれ一人予測していなかった。社内公募組は口々に、「驚いた」と当時を振り返る。
もちろん、これまでにも、既存球団を保有する企業が変更となるケースはたびたびあった。直近の例で言えば、福岡ダイエーホークスが福岡ソフトバンクホークスとなった。2002年には、横浜ベイスターズのオーナー会社がマルハから東京放送(TBS)に変更となっている。しかし、そうしたケースでは、以前から球団運営に携わってきたメンバーが残っている。当然、オーナーが変われば去る者もいるだろうが、すべての人員が入れ替わるわけではない。
ところが今回の楽天イーグルスのように新球団が参入するのは、1954年の高橋ユニオンズ以来、実に50年ぶりの出来事。オーナー会社変更のケースと違い、何もかもがゼロからのスタートなのだ。「プロ野球の世界で仕事がしたい」と志していた人たちにとっては、「自分たちのチームをゼロからつくっていける」という意味でも千載一遇のチャンスということになる。400倍という競争倍率は、そう考えれば当たり前の数字だったのかもしれない。
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