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9月15日未明の電話から始まった 楽天野球団 広報部 下田優子氏

2005年10月5日

「忘れもしません。あれは去年の9月14日の深夜、といいますか15日の午前4時。役員から緊急の電話が入ったんです。それが始まりでした」。

2004年の秋、楽天グループの広報マネージャーだった下田優子氏は、突然の電話を受け、ただならぬ連絡だと即座に覚悟したという。

楽天野球団広報部の下田優子氏

「この会社に来てからの4年の月日で、私も多少のことでは驚かなくなっていたんです。やっぱりベンチャー企業なので、突発的な出来事が頻繁に起きます。広報という役割上、だれよりも早く最新情報を耳にして、対応を練る必要に迫られてきた。でも、今回の内容には私もビックリでした(笑)」。

明けて9月15日の日経新聞の朝刊には「楽天、プロ野球参入を表明」の記事が掲載される。この記事を見た関係各者から問い合わせの連絡が殺到することは明白だ。役員からの電話はこの対応を依頼する内容だった。

つまり、社内の最新事情に最も通じているはずの広報マネージャーとて、「参入」を知らされたのはこの時。報道当日の未明だったことになる。広報マネージャーという立場ゆえ、三木谷氏とともに出張に同行することもしばしば。事情を知らぬ者からは、「プロ野球参入を予兆させる言葉や行動が事前にあれば気づいたはずだ」と言われる。しかし、三木谷氏はそんな雰囲気をおくびにも出さなかった。それゆえ、早朝の電話を受けたときには驚いた。

ともあれ下田氏は、大あわてで六本木ヒルズのオフィスへ急行した。

「大忙しの日々があの電話で始まりました。まあ、それまでも十分すぎるくらい忙しかったんですが、せいぜいキャパシティの120%程度。それが、大げさな表現ではなく500%くらいの忙しさになってしまいました」。

微笑みながら振り返る下田氏だが、「500%」という表現がオーバーではない証拠に「たった1カ月で5キロ痩せました」という。

「もちろん、プロ野球参入の話題で広報部は対応に追われることになったわけですが、それまでの仕事もなくなったわけではありません。楽天グループの本業も忙しいし、三木谷は、Jリーグのヴィッセル神戸のオーナーでもある。それまでと同じように神戸で行われるサッカーの試合に同行したときでした。移動の車中で『下田さん、出身はどこだっけ?』と三木谷に何気なく聞かれたんです。その時点でうすうす気づいたんですが、翌日にはさっそく予感が現実になっちゃいました(笑)」。

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