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ビジュアル的要素は「経験の共有」を補完する

多くの経営者が、「ベテラン社員が持つ暗黙知をいかにして全員で共有するか」に心を悩ませているように感じます。

野中 暗黙知を共有するためには、そもそもそれが暗黙知であることに気づく感性が必要になる。ですから身もふたもない言い方になりますが、社員全員・部門全員で暗黙知を共有することは不可能です。少数の「手本」となるキーパーソンを選んで伝えていくしかない。

例えばトヨタ自動車。同社の生産管理システムとして有名な「カンバン方式」は、かつて同社の副社長だった大野耐一氏(故人)が体系化したものです。彼はたくさんの暗黙知を持っていました。そして、それを伝える人をきちんと選んでいた。その大野氏の正統的な継承者こそ、現会長の張富士夫氏です。おそらく張氏も人を選んで自身の暗黙知を伝えていったでしょう。優秀なキーパーソンを選び、1人から2人、2人から4人と「スモールワールド」*3を活用して伝承の裾野を広げていく。質の高い暗黙知を継承するには、それしかないでしょう。つまり「暗黙知の共有」と口でいうのは簡単ですが、その実現のためには膨大な時間と手間がかかるのです。

そこで多くの企業はどうしているかというと、暗黙知のレベルを下げている。そうすることで1人でも多くの社員に理解させようとするわけです。ノウハウをドキュメント化して、ITツールで共有させたりとかね。しかしそれは、真の意味での共有ではないのです。繰り返しますが暗黙知とは頭で理解するものではなく、身体で覚えるものだからです。

この、身体による理解が非常に軽視されているように感じられてなりません。IT信仰の落とし穴と言うべきでしょうか。ITは形式知を伝えるには便利ですが、暗黙知は伝えにくいのです。

ただ、そこに行為の状況や文脈を入れ込んだり、ビジュアル的要素、特に動画や音声などが加わってくると事情は変わってきます。「見る」「聞く」は身体的な行為であり、言葉の裏にある繊細なニュアンスなども伝えられますから。その意味で、経験の共有体験を補完するものとしてビジュアル要素を使うことは積極的に考えていい。

昨今、企業でもビデオ会議システムのたぐいを積極的に導入しているという話を聞きます。このグローバル化の時代にあっては当然な流れでしょうね。私は以前、米国の大手パソコンメーカーが開発したシステムを見学したことがあります。映像の繊細さ、音声のクリアさに驚きました。画面の向うにいる相手の表情も細かく読み取れたし、声のニュアンスも明確に分かった。これは暗黙知を共有する上でも相当に有効な手段だなと思いました。

もちろん、こうした道具は、どれほど進歩したとしてもあくまで仮想的なもの。過信は禁物です。なにしろビデオ会議システムでは、会議が終わった後に握手して別れるなんて芸当は不可能ですから(笑)。

*3 スモールワールド:6人の共通の友人の連鎖で世界につながるネットワーク

諏訪 弘

1970年生まれ。広島県出身。大学卒業後、新聞社・出版社勤務などを経て、現在はフリーランスのライター・エディター兼カメラマン。PC・ビジネス系 をはじめ、エンタテインメントや書評関連などの仕事を多く手がける。

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