「デルス・ウザーラ」の感覚はなぜ研ぎ澄まされたのか
この点について、ユニークで斬新な検証を行っているのが『ヒトデはクモよりなぜ強い』(オリ・ブラフマン他著/日経BP社)だ。
同書によると、クモは見た目どおりの動物であり、「体は体だし、頭は頭、足は足」である。それに対してヒトデは、「頭がないし、真ん中にある体が何かを命令するわけでもない。主な器官は、それぞれの腕の部分に複製されて広がっている。ヒトデを半分に切り離すと、驚くべきことが起きる。二つに割られて死ぬどころか、ヒトテが二つになる」そうである。
いささかグロテスクにいえば、クモは頭を切り取られれば生きていけないが、ヒトデはどこを切られても再生する。つまり、中央集権的なクモ型組織はトップが判断を誤れば組織全体がダメージを受けるが、分散的なヒトデ型組織なら誰が失敗しても大勢に影響はない。しかも、クモ型よりも大きな成果を残すことができる。組織といえばほぼ前者の姿が当たり前だっただけに、コペルニクス的な発想の転換を促しているわけだ。
その例として、同書では、およそ2世紀にわたってスペイン軍に抵抗し続けたアメリカ先住民のアパッチ族、前回も取り上げた「ウィキペディア」、それに前述の「AA」などを挙げている。
これらから私が連想するのは、『デルス・ウザーラ』だ。黒澤明監督による異色のロシア映画として有名だが、ベースはロシア軍人による実話である。彼がシベリアの奥地を探検する際、水先案内を頼んだのが現地先住民の猟師デルス・ウザーラだった。
デルス・ウザーラは、森のわずかな変化から、トラやクマが来る、天候が変わるといったさまざまな情報を察知することができる。誰に命令されることもない、あるいは誰に頼ることもできない“一匹狼”だからこそ、森の中で暮らすために必要十分な感覚が研ぎ澄まされているわけだ。
仮に彼のような人間が複数いたとしても、リーダーや役割分担を決める必要はないだろう。個々人が状況に応じてバラバラに判断しても、森から同じサインを読み取れば、結果的に同じ行動をとるからだ。これが、ヒトデ型組織の姿である。
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