熊谷組(1)〜数字に表れなくても「信義」が大切
(聞き手:大河原 克行=フリーライター)
準大手ゼネコンの熊谷組が、再生フェーズから発展フェーズへとギアをシフトしつつある。
熊谷組の経営はこの10年間、波乱万丈という形容詞が大げさでないほど、大きく揺れ動いた。1998年度に約2000億円の赤字を計上。2000年と2003年には、金融機関に、それぞれ4500億円、3000億円の金融支援を要請した。その後、不動産部門の分離、飛島建設との経営統合とその白紙撤回という迷走を続けた。
だが、そんな中でも、再生に向けた取り組みを着実に進めてきた。2005年度を最終年度とする中期経営計画は、その目標をほぼ達成できる見通しだ。今年4月に就任した大田弘社長の役割は、これまでの再建の取り組みをベースに、熊谷組の経営を発展フェーズにシフトさせることだ。
■どんな気持ちで社長に就任し、これまで事業に取り組んできましたか。熊谷組は、再建から発展へと経営のフェーズを変えようとしています。株価も上がってきました。
大田 熊谷組が扱う商品は建造物です。短くても20〜30年は使っていただくもので、1〜2年で評価されるものではありません。ですから、熊谷組の社長の評価も、すぐに結果が出るものではないとは思っています。株価が上がってきたことは大変ありがたいことですが、これに一喜一憂してはいけない、と思っています。

熊谷組 大田 弘社長
私は経営者として、「熊谷組の成長の指標は、数字よりもむしろ信頼である」と考えています。かつて、1兆円の売り上げ規模を誇っていたとき、熊谷組の成長の原動力はなんだったのか。熊谷組の実力によってお客様の信頼を得た結果だったのか。それとも、単に時代のフォローの風で伸びたのか。過去に、この点を見誤った時期があったと反省しています。
この10年間、熊谷組は大変厳しい道を歩んできました。その間、株価が10円を割ったとき、私は、訪問したお客さまに塩を撒かれたことがあります。ある取引先には「熊谷組さんは、現金取引じゃないと駄目ですよ」と言われた。あのときは、寂しかったですね。社員も大変苦しい思いをした。
しかし、この10年で得たものは大きい。うちの社員は、そんな中でも「ものをつくることが好きなんだ」ということを自覚し、熊谷組に残ることを選択した。かつては、ビッグ6の1社と言われ、1兆円の売上規模を誇っていた企業が、わずか2000億円台の売り上げに縮小してもです。
ですから私は、いまの熊谷組には、バブル期の熊谷組とは違うものが根付いていると思っています。
■それは何ですか。
大田 信義とか、大義とかというものです。指標にして、定量的に量れるものではありません。しかし、こうした空気が社内に自然と湧き出てきて、感じ取ることができるようになってきた。まだまだやるべきことはたくさんありますが、この点に関しては、以前とは大きく変化したと胸を張って言えます。
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