このページの本文へ
ここから本文です

クレイ・ジャパン・インク(3)〜「クレイ復活にチャレンジしよう」の一言に意を決した

2005年7月1日

(聞き手:大河原 克行=フリーライター)

クレイ・ジャパン・インクで中野体制が始動してから半年が経過した。失墜したクレイのブランド力復活に向けて、中野社長は積極果敢な取り組みを見せる。だが、中野氏はなぜ、社長となり「クレイ復活」という厳しい道に取り組もうとしたのか。

■なぜ、クレイ・ジャパンの社長になったのですか。

中野 守氏/クレイ・ジャパン・インク社長

中野 かつて勤めていた日本ディジタル イクイップメント(買収により、現在は日本ヒューレット・パッカード)では、ALPHAという名称のワークステーションを担当していました。だから当時は、クレイが推進していたベクトル型スーパーコンピュータを滅ぼす役割を担っていたとも言えます(笑)。

その私が、なぜクレイに来たのか。それにはいくつかの理由があります。一つは、いつかは社長という仕事をやってみたいと思っていたこと。また、DECやヒューレット・パッカードのような複合体の企業よりも、クレイのような特定分野に特化した専門性のある企業の方が自分を試せるのではないか、と考えたこと。

それと、最も熱心に誘ってくれたのがクレイでした。外資系企業にいると、様々なオファーがあります。正直なところ、最も条件が悪かったのがクレイでしたよ(笑)。私自身も、クレイの話題を聞いたことがなかったし、市場でぶつかることもない。むしろ、倒産したのではないかとさえ思っていた。

■では、なぜ引き受けたのですか。

中野 クレイの米国本社のプレジデントは、ピーター・ウンガロといいます。彼は私と同年代で、IBMで「BlueGene」のプロジェクトをバイスプレジデントとして担当していた人物です。彼と、毎月のように会っていたんです。私が米国にいることを知ると、どこにいるんだ、飯でも食おう、ということになる。話していると、「じゃあ一緒にやってみるか」という気になってくるんですよ。気が合ったんですね。そんなふうに何度か話しているうちに、彼がこう言うんです。「クレイは、いま、底だ。これを復活させることに一緒にチャレシジしようじゃないか」。この一言を聞いたときに、社長就任を決めました。

next: 日本法人社長として、どんなミッションを…

(全 3 ページ中 1 ページ目を表示)

記事検索 オプション

日経BP社の書籍購入や雑誌の定期購読は、便利な日経BP書店で。オンラインで24時間承っています。

ご案内 nikkei BPnetでは、Internet Explorer 6以降、 Safari 2以降、Opera 8以降、Netscape 8.1以降またはHTML 4.01/CSS level 1, 2をサポートしたWebブラウザでの閲覧をお勧めしております。このメッセージが表示されているサポート外のブラウザをご利用の方も、できる限り本文を読めるように配慮していますが、表示される画面デザインや動作が異なったり、画面が乱れたりする場合があります。あらかじめご了承ください。

本文へ戻る