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■具体的な事例を挙げていただけませんか。

冨山 たとえばカネボウについて。10年前に不採算の繊維部門から撤退していたら、今回のような事態にはならなかった、と第三者が指摘するのは簡単だと思うんですよ。しかし、多くの人間が集っている以上、当然、さまざまな合理と情理の対立が企業にはあるわけです。カネボウにとっての繊維部門は創業時のメイン事業であり、60年前は今のトヨタ並みの花形部門でしたから。そこで撤退すべきだという合理性と、過去の成功体験や記憶、人間の感情などが複雑にからみ合う情理との葛藤が生まれる。

仮に、同期入社のエリートが10人で取締役会を構成していて、そのうち5人が繊維部門の担当役員だったとします。そこで繊維事業を撤退する決断ができますか?大激論になることは間違いないし、その決断を断行しようとすれば、繊維部門の役員仲間の怨みを買うことになる。だから役員同士が仲間思いの「いい人たち」であれはあるほど、その決断ができないわけです」

■それは地方企業でも同じ構造ですか。

冨山 地方企業のオーナーは、創業者の2代目か3代目で、育ちのいい人が多い。東京なら、慶應義塾大学や青山学院大学系の良家の子女が集まる学校出身者。地方にもそういう名門小・中学校はありますからね。一般社会からは隔離されたところで大学まで卒業してしまう。自然と、生まれも育ちも「いい人」が多くなります。

そんな経営者には3つの顔がある。1つは純然たる経営者の顔と、地元における友人としての顔、そして一族の総領としての顔です。ただ、純然たる経営者は頑張って演じている顔でしかなくて、後の2つは生身の本人に近い。しかも生身に近い2つの顔は、往々にして事業経営上はマイナスな影響を与えてしまいがちです。

■どういった面でマイナスなんですか。

冨山 たとえば、仕事上の取引先が幼なじみだったりすると、採算が取れないからという理由だけでは仕事上の関係を切れない。あるいは地元の青年会議所のメンバー同士だから、相見積もりさえ取れないとか、仕事もできない親戚がやたらと役員待遇でいるとかね。

そういった無駄が地方企業にはたくさんあります。そんな状況で、仮に幼馴染みの会社に「単価が高いから取り引きを止める」って言ってしまうと、その会社が潰れかねない。あるいは、そこで友人関係まで失ってしまうとすれば、「いい人」は決断できないわけですよ。反対に、そんな状況で合理的決断を下し、取引先を冷徹に取捨選択して、業績を回復させた経営者は、当然、地元では嫌われて遊んでくれる人がいなくなるんですけどね。

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