「豊かな生活」を実直に提案し続けたからこそ、ジャパネットは世間に受け入れられて来たのだろう。では、自らの会社が「豊か」になる方向性をどう考えているのか。高田の答えは常に恬淡としている。
——株式公開の目標は?
「その気持ちは僕の中にはない。公開すれば株主のためにということを考えなければならず、責任のあり方が違ってくる。それは自分が望む生き方ではなく、僕自身が支えられない」
——でも、企業体としては成長を志向すべきでは?
「ベンチャー企業が大きくなろうとするのは立派なことだと思うけれど、僕の考えとは全然違う。個人としては、そこまで自分の人生でやりたくない」
——都会に本社を移転させることは?
「それで5000万円のコスト増になるんだったら、そのお金で社員旅行をして皆で楽しんだ方がいいですよ」
取材の終わりに、どうしても聞きたかった質問を高田に投げ掛けた。
——個人としての、高田さんの目標は何なのですか?
高田は、笑いながらこう答えた。
「僕も含めて、周りの皆がハッピーになる。それでいいんじゃない?」
そこには会社という組織を徹底的に共同体としてとらえ、家族として共に歩んでいこうという頑強な意志があるように思えた。
それは、90年代以降の苛烈なグローバリゼーションに洗われる以前、古き良き時代に日本企業が目指した理想形でもあったのではないか。
同級生の吉永は、高田を「天性の商売人だと思う」と評する。商売人としての才能、誰にも真似できないトークでモノを売りまくる卓越した才能。
しかし、高田はその才能を、米国的な企業拡大に結び付けようとはしていない。むしろ“職人技”として割り切り、家族と社員、そして顧客の豊かな生活のために捧げようとしている。そんな高田の思いは、彼の風貌にある種の清々(すがすが)しさを与えているようにも思える。
高田はひょっとしたら、自分が「年商700億の企業経営者」であることを、憎んでいるのかもしれない。(文中敬称略)

高田 明 Akira TAKATA
1948年長崎県平戸市生まれ。71年大阪経済大学経済学部卒業後、阪村機械製作所に入社。74年父親が経営する「カメラのたかた」入社。86年に独立して株式会社たかたを設立、社長に就任。90年に始めたラジオショッピングをきっかけに通販に力を注ぐ。99年ジャパネットたかたに社名変更
取材・文◎佐々木俊尚
写真◎的野弘路
※この記事は日経ベンチャー2005年1月号に掲載されたものです。その時点での取材内容となります。
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