ハリウッドを落とした石川流交渉術
(取材・文=梶山 寿子)
『攻殻機動隊2』の製作に向け、石川光久が本格的に動き始めたのは2000年の春頃だ。「それだけ石川が本気なら、付き合うよ」と、押井監督から承諾も得た。原作者の士郎正宗にも快諾してもらった。
第一の難関は、前作の権利を持つバンダイビジュアル、講談社、MANGA ENTERTAINMENTの3社に納得してもらうことである。
今回はハリウッドと直接組むことを前提としている。I.Gが主導権を握って海外と交渉を進めるためには、前作に出資した3社には、はずれてもらわねばならない。
「常識はずれのことをやっているから、その交渉がたいへんで…。気持ちよくはずれてもらうためには、ぺこぺこするしかない。半年がかりだったけど、許可をくれた人たちには感謝してる。そういう意味じゃ、日本の社会も変わったよね」
体当たりでメジャー・スタジオに乗り込む
なんとか第一関門を突破した石川は、出来上がった脚本を持って、翌01年の2月から、押井守監督と共にハリウッドに乗り込んだ。
出版社やメーカーの下請け的存在であった制作スタジオが、単独ハリウッドに乗り込んで、契約を結ぼうというのである。前例もなければ、ノウハウもない。あるのは度胸のみ。とにかく体当たり。その過程がすべて財産になると腹をくくった。
狙いを定めたのは、ワーナー、FOX、ドリームワークス(*注)の三つのメジャー・スタジオだ。組むなら大手、自分たちの弱さを補完するためにも、どれだけ強いところと組めるかが映画の成否を決めると考えたのだ。
唯一の武器は、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』という作品の知名度と、押井監督が手がける続編への期待だけ。日本で考える以上に、ハリウッドではこの作品に対する評価が高かったのである。
*注:2005年12月11日、米パラマウント・ピクチャーズはドリームワークスを買収すると発表した。
ハリウッドとの直接交渉は前代未聞
押井監督がそのときの様子を語る。
「石川と二人でFOX、ワーナー、ドリームワークスと回ったんだけど、どこへ行っても向こうのトップが会ってくれるんだよ。これは勉強になったね。作品のおかげでI.Gの名前が通っているのと、(石川)社長が直に来ているから。そうでなきゃ、野球帽かぶって、アロハシャツ着て、リュック背負った変な日本人がふらっと来たって、守衛も通してくれないよ(笑)」
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